第3話 初恋

 ミナトは何かを逡巡していたようだったが、心が定まったのか、レオンハルトをまっすぐに見て口を開いた。


「あのさ……エレナと出会ったのもそのぐらいだよね?」


 ミナトの顔は少し暗い。

 かつて疑った彼女とレオンハルトの関係に、再び疑いが出てきたのだ。

 過去の事は気にしないと心に決めていたはずが、やはりどこかで黒い鎌首をもたげてくる。

 そんな自分に、ミナトは自己嫌悪を感じていた。


 彼女の言葉に対し、レオンハルトは小さく頷いて再び語り始める。


「彼女とはリーマン先生の元に到着した時に出会った。

 そもそもが取次をしたのが彼女だった訳だから、当然ではある。

 しかし、俺からすれば衝撃だった。

 なにせ自分と同じぐらいの年頃の少女が、自分と同程度の知性を持っていたんだからな。

 それまで自分に関係していた悪童どもは、そんな知性など微塵もなかった。

 自分と同じぐらいの少しませた少女たちも碌な知性はなく、俺に対しては無視を決め込むか、変な気位を出して唾を吐きかけるかだった。」


 レオンハルトは小さくため息をついて、また一枚、クッキーをかじる。


「だから衝撃だった。

 自分に好意を持って接してくる知性的な少女が、この世に存在するのは到底信じられなかった。

 初めの内、俺はかなり警戒したよ。

 なにか裏を持って近づいているんじゃないかと疑って接していた。」


「哀しいな……。

 あの村での生活は、そこまで君を荒ませていたか……。」


 ギルベルトが小さな声でボソリと言った。

 隣のミナトも、哀しそうな表情でレオンハルトの顔を見つめている。


「彼女もその辺りはちゃんと考えていたようでね。

 決して不必要な接触はしなかった。

 それにリーマン先生も、俺と彼女が必要以上に接触するのを好ましく思ってなかったようなんだよ。」


「どういうこと?」


 ミナトが重い声で尋ねた。

 レオンハルトはそんな彼女の顔を見て、小さく苦笑しつつ答える。


「どうもな……リーマン先生は、俺の正体に気付いていたように思えるんだ。

 なにせ初対面で開口一番、『君の父親はなんと言うのかね?』と尋ねてきた。

 まるで何か、返ってくる答えを心待ちにしていたような雰囲気があった。

 それに対して、自分は怒りを隠すことができないまま『知りません。』と答えたんだよ。

 その返答を受けた先生は、明らかに落胆していた。

 親友であるギルベルト・カーライルの遺児がやってきたと、そう信じていたとしか思えない質問だったからな。」


 ギルベルトの瞳は暗いままだ。

 自らの背負っている十字架の重さが、少しずつ大きくなっている。

 そんな感覚が、彼の回路の中を駆け巡った。


「その直感があったからだろう。

 もし勘が当たっていたとすれば、俺とエレナは従姉弟同士になる。

 必要以上に仲が良くなってしまっては、きっと良い結果にならないと心配していたのは間違いない。」


 そこへギルベルトがそっと声を発した。


「そうか……エレナ君の出生については、あいつも関係していた……。」


「ああ……しかし、だからこそ逆に俺たちは親密になっていった。

 先生の目を盗んで、二人きりで魔法の練習をしたりもした。

 ままごとで将来を誓い合ったりもした。

 やはり……あれは初恋だったのかもしれないな。」


「悔しいな……。」


 不意にミナトが口を挟むようにつぶやいた。

 うつむいた彼女の顔から表情は見て取れない。

 それでも、声音には明らかな苛立ちがある。


 レオンハルトは紅茶を一口啜ると、すっと窓の外へ視線を動かし、つぶやくように口を開いた。


「思い出の話だ。

 気にするようなことじゃない。」

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