第44話エミリア、お気に入りのガゼボに行く
「はぁはぁ・・エミリア様。こちらにいらしてたんですね」
「そんなに急いでどうしたの?」
「ジェーンがネックレスを見たってイライザが教えてくれて、それにカーティス副団長もだって聞いて・・」
息を切らしながら必死に話すルーカスだが、内容が取り留めがなくて何を言いたいのか分からない。
「落ち着いてルーカス。ここに座ったらいいわ、あいにく飲み物は用意してないけど」
「だ、大丈夫です」
呼吸が落ち着くのを見ていたが、待っていられないとばかりにルーカスはすぐ話し出した。
「ジェーンは新人のメイドです、素晴らしい真珠が付いたネックレスだったってイライザに話に来てました。とても興奮していて」
私はすぐに先ほどのメイドを思い出した。アレクが贈ってくれたネックレスを目ざとく見ていた子ね。
「イライザはモーガン卿がとうとうエミリア様に求婚したに違いないって。それに少し前にカーティス副団長も公爵様ご夫妻の前で正式にエミリア様に求婚されたとも」
まったくイライザの情報網と勘の良さには脱帽ね。騎士にならずに社交界に出ていたら、お母様顔負けの情報通になっていたのじゃないかしら。私は仕方なく事実を認めた。
アレクもカーティスも私に求婚したと聞いたルーカスの顔に、怒りとも不快とも取れるような表情が浮かんだ。自分の事を好きだと言った私が二人に求婚された事が気に入らないのだろうか? そう思うと私の中にも苛立ちが芽生えた。そもそも私の気持ちに返事すらくれなかったのはルーカスの方だわ。
「確かに二人に求婚されたわ。でもルーカスにはどうでもいい事でしょう?」
「僕は・・僕はエミリア様に謝らなくてはいけません。以前お茶の席で、前世の記憶の全てを覚えている訳ではないといいましたが、あれは嘘でした。忘れている事もありますが、エミリア様が寄せてくれた好意の事は忘れられるはずがありません」
覚えていないと嘘をつくくらいに迷惑だったという事なのね。
「本当の事を言ってくれてありがとうルーカス。あの時は私も舞い上がっていて子供じみた事を言ったわ。今でも好きだなんて言われて、迷惑だったでしょう。あの事は忘れてちょうだい」
「そうじゃないんです、迷惑だなんて思ってません。僕こそあの時は稚拙な態度を取りました。エミリア様は僕ではなく、前世のルーカスをまだ好きなんだと気付いて動揺したんです」
私の中に戸惑いが生じ始めた。それは今のルーカスが私に好意があると受け取っていいのだろうか?
「でもルーカスはルーカスでしょう?」
「そうです、前世の記憶はあります。でも僕はあのルーカス本人ではありません。今のこの僕を好きになって欲しいと‥そう思ってしまったんです」
考えるよりも体が先に反応する、心臓がドキドキと大きく脈打ち始めた。じゃあやっぱりルーカスも私を・・。
「だけど魔物退治に駆り出され、お側を離れてよく分かりました。それでもいいと、僕の中に前のルーカスを見ていても、それでもいい。僕は副団長にもモーガン卿にもエミリア様を渡したくありません」
備え付けのテーブルを挟んで、ルーカスは真っすぐに私を見ながら訴える。彼の目を見ていると、その気持ちは本物だと思えた。歓喜に胸はますます高鳴るが、30歳を目前にした冷静なエミリア・ゴールドスタインが私の肩にそっと触れる。
子供の私を拒絶したルーカスの気持ちが、今になってやっと分かったわ。
「ルーカス、私はあなたより8つも年上なの。ルーカスにはもっと今の自分に合った人がいるはずよ」
「僕はエミリア様が好きです、年の差なんて僅かじゃないですか!」
普段はあまり感情を表に出さないルーカスが激高している。そういえばアレクが屋敷に来た時も不機嫌そうにはしていた気がするわ。でも私はルーカスの感情の波に流されない様に落ち着こう。
「ルーカスなら分かるはずよ、あなたの為を思って私がこう言っているって。私も立場が逆転してようやく、あの時のルーカスの気持ちを理解したわ」
「くっ」
こんないい方は卑怯かもしれない。でもこれがルーカスには一番有効だと、私は分かっている。
「身近にだってあなたを思ってくれている人がいるでしょう? 年も近いし、結婚して家族を儲けて幸せになれるのよ」
「そんな人はいません!」
「でも彼女は‥ノーマはあなたに好意を持っているでしょう? 二人が一緒に居るのを見て、私も気づいたの。私とルーカスとでは釣り合わないって」
ノーマでも私の知らない誰かでも同じ事。ルーカスは年の近い人と結婚して子供を儲け、幸せな家庭を築くべきよ。前世では戦いに明け暮れて、家庭を持つ暇もなかったと聞く。せっかく生まれ変わったんだもの、前世で得られなかった幸せを求めなければ勿体ないわ。さあ、もうこれだけ言えば分かってくれるわね。
私は立ち上がり、ガゼボの階段を下りる。
「ノーマの気持ちに僕は応えられません。僕はノーマをそんな風に思えない」
「どちらにしても、騎士団を辞めて‥もう私の元から離れて」
「僕を追い出してあの二人のどちらかと結婚するんですか? 望んでもいないのに?」
ルーカスの暗い声が追いかけて来た。
「どうして望んでいないって思うの? 二人とも、ルーカスよりは私にふさわしいと思うわ。そうよ、今のルーカスなんて私は嫌いよ!」
背後にルーカスの気配がした。でも私は頑なに、前方で揺れている白樺の枝だけを凝視する。
「僕を見て下さい、僕を嫌いだと言いながらどうしてそんな顔をするんです」
今私は、一体どんな顔をしているのだろう? 苦しくて苦しくて胸が押しつぶされそうで、今にも嗚咽が漏れそうな顔だろうか。
ルーカスの腕が私を振り向かせた。その顔を見てはいけない、木漏れ日に透けた緑の瞳を覗き込んではいけない。言ったばかりの言葉が嘘だとばれてしまうから。
「なぜこんなにあなたの近くに生まれ変わったか、私には分かります。死に際に私は神に願ったんです、エミリア様、あなたの幸せを。エミリア様の幸せには私が必要なんです。だからこんな形で生まれ変わったんだ」
とうとうこぼれ落ちてしまった私の涙を指で拭いながら、ルーカスが言った言葉は確信に満ちていた。
「それに前世の私は原因不明の病に侵されていました。エミリア様が成人されるまで生きていられなかったかもしれない。もし結ばれたとしても一緒にいられる時間はごく僅かしかなかったでしょう」
夕闇の中でルーカスは優しく微笑んでいる。その暖かい笑みを見ると、私は応じてしまいたくなった。彼が求めるなら、と。
「神の粋な計らいを無下にしないで下さい。どうか僕を選んで・・」
ルーカスの手が私の頬に触れた時、屋敷の方角からランプの揺れる光が現れた。
「エミリア様、夕食のお時間が過ぎております。お迎えに上がりました」
エレンが心配そうにランプを掲げて私を覗き込んだ。
「手間をかけてごめんなさいね、エレン。ちょっと話し込んでしまって。行きましょう、ルーカス」
掲げたランプをすぐ下げたのは、エレンが私の泣き顔に気づいたからだろうか。でもエレンは何も言わなかった。
辺りはすっかり暗くなっている。虫達が騒がしく競い鳴く庭を抜けて、私達は屋敷に戻った。
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