第29話エミリア、城下町のお祭りを見に行く


 私がアカデミーを卒業して公爵家に戻ってからしばらくは、お母様も私の結婚相手探しを中断していた。それはアレクと私が付き合っていると勘違いしたままだったからだが、アレクと私の付き合いが終わったと知るや、カーティスを再び推しまくってきた。


 何年もの攻防の末、カーティスと私を結婚させるのは諦めたようだが、未だに『まだ間に合うわ、20代と30代では子供を産む大変さが天と地の様に違うと言うもの。今ならまだ間に合うのよ』と言い続けている。


 パーティーやお茶会などの社交活動をほとんどしない私に対して、最近はビジネスにかこつけて私が年頃の男性と接触するように、お母様は仕向けて来た。商用で夜会に呼ばれていくと必ず独身の男性がいて私のエスコート役を買って出たり、領地の査察に出掛けても関係のない家の子息が現地の案内のおまけに付いてきたりしていた。


 

 ルーカスとイライザが公爵家騎士団に入団したその後だが、ルーカスは私付きの護衛騎士に抜擢された。団長の令息だからだとか、私とアカデミーで親しかったからだとか、周囲に色々取り沙汰されたとイライザが教えてくれた。だが決め手は剣の腕だというのが事実らしい。


 新入り騎士は入団後すぐに先輩騎士と一本勝負の立ち合いをするのが恒例だが、ルーカスは20人とやって全勝したらしいのだ。


「ルーカスが強いのは知ってましたけど、あそこまでとは思いませんでした。本来は5人と勝負で、私は2勝3敗です。先輩たちは5人全員が負けてしまったので、見物していた騎士が次々とルーカスに挑んでいったんです」


 イライザは当日の様子と、2勝しかできなかった事を悔しそうに語ったが、何よりも残念に思うのは私の護衛騎士に選ばれなかった事だと言った。


「ルーカスが文句なしに強いので、ルーカスが選ばれるのは当然かもしれません。でも実戦経験が少ないルーカスと組ませるのはベテランでなくてはいけないだなんて・・」


 しょげているイライザを元気づけたくて、私は今日の護衛にイライザを加えて欲しいと団長に要請した。


 今日は王太子殿下に3人目の王女が誕生した祝賀パーティーなのだ。女性の騎士は珍しいし華やかさもあっていいから、と私は理由付けた。


 イライザは王宮に入るのはまだ2回目だそうで、少し緊張した様子が見られる。女性の騎士が珍しく、注目を浴びていたので余計かもしれない。本来なら当主のお母様が来るべきなのだが、これもやはり私が次期当主となる人物である事、独身である事を周囲にアピールせしめんとするお母様の術策なのだ。


 公爵家の一人娘に群がる貴族は多い。特に、いい相手に恵まれず持て余している次男三男がいる家にとって、婿を迎えたい公爵家は絶好の獲物だ。もしくは金持ちの公爵家と親しくしてその恩恵に少しでもあずかろうというハイエナ精神の輩だろうか。次から次へと私に挨拶という媚を売りに来る貴族に辟易していた居た時だった。


「やあエミリア!」


 アレクだった。どうやら私が周囲との交流に疲れ果てているのを見て助けに来てくれたらしい。


「ルーカスとイライザ! 久しぶりだね、騎士団の制服がよく似合ってるよ二人とも」


 アレクは私を広間の端のソファ席まで連れ出してくれた。


「助かったわ。もう次から次へと挨拶が途切れなくて困っていたのよ」

「そうだろうと思ったよ。それにしてもこうして4人でいるとアカデミー時代に戻ったみたいだね」


「今回はエミリア様を助けてくれたので、感謝いたしますわ。モーガン卿」

「ははは、僕はイライザには嫌われてると思っていたよ」


「そうですわ。私からエミリア様を奪おうとなさるんですから」

「いや、正直だね。でもそれは失敗したんだから、もう無罪放免してくれ」


「僕はまだモーガン卿がエミリア様に好意を持っていると考えていました」


 ずっと黙っていたルーカスが初めて口を開いた。ルーカスの表情は硬い。今やアレクより高くなった身長で見下ろすようにアレクをじっと見ている。


 アレクも真顔でルーカスを見上げたが、すぐ笑みを浮かべて頭を振った。


「僕はこの間婚約したんだ、今日もその人と一緒に来てる。そういう事だからもう行くよ。それとエミリア、この間の投資の件は上からのOKが出そうだ。その時にまた!」


 アレクが立ち去るとイライザはまじまじとルーカスの顔を覗き込んだ。


「そんな怖い顔のルーカスは初めて見たわ。どうしちゃったのよ」

「どうもしない。僕らは今仕事中だよイライザ」


 何か、ルーカスは虫の居所が悪いのかしら。私もこういった社交界は苦手だし、ルーカスも騒がしいパーティーは好まないのかもしれない。それなら早く引き上げるに越したことは無いわね。


 王女ご誕生のお祝いの贈り物はもう済んだ。王太子殿下にもご挨拶したし、帰ってもいいわね。


 馬車で城下町に通りかかると、町でも王女ご誕生を祝うお祭りが開催されていた。道端では大道芸人が曲芸を披露し、楽隊が音楽を奏でている。


「賑やかですね」


 外を見ているルーカスは楽しそうにそう言った。こういう賑やかなのは私も好きだわ。気取った王宮のパーティーよりずっと気楽でいい。


「ちょっと降りてみましょうか」

「かなり混雑しています、大丈夫でしょうか」


 御者に馬車を止めるよう合図しようとしたが、イライザが外を覗き込みながら不安そうに言った。


「優秀な若い騎士が二人もついているんだもの、問題ないわ」


 お祭りの賑わいは思った以上の混雑を招いている。子供の頃にも一度、城下町のお祭りに来たことがあるが、アンの手を放してしまい迷子になってひどく叱られたわね。お祭りに来たのはあれ以来だ。


「向こうの、ボールを使って芸をしているのを見てみたいわ」


 その大道芸人の方へ向かおうとするのだが、ほんの何メートルかの距離なのになかなか前に進まない。人の波に飲まれてイライザはどんどん離れていく。


「イライザ、そっちじゃないわ・・」


 イライザを追いかけようとした所へ、こちらに向かってきた男性と私はぶつかってしまった。よろける私をルーカスが抱きとめた。


「エミリア様、イライザは自力で戻ってこられるでしょう。どうか僕から離れないで下さい」


 私の肩をしっかり抱いたルーカスは、私の瞳を覗き込みながら真剣な目をして言った。ルーカスの淡い緑色の瞳が私の瞳を捕える。


 ドキン! うっ。


 えっ、ドキンですって?!。私の目の前にいるのはルーカスじゃないのに、どうして? 混乱して立ち尽くす私はルーカスから目を離す事が出来ない。だがルーカスは私の手をしっかりと握って、目的へ向けて歩き出した。


「この手を離してはダメですよ」


 いつもと変わらない爽やかな笑顔に戻ったルーカスに、私は急に自分が恥ずかしくなって目をそらしてしまった。


 もう周囲の喧騒は聞こえない。聞こえるのは耳元でうるさく脈打つ心臓の音だけだった。

 


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