第2話エミリア、命拾いする
でもあたしの背中に触れたのは一人の執事の腕だった。今度は執事に抱えられたあたしは、その顔を見て落胆した。
「ルーカス‥あ、あんたなの!」
「はい。私でございます」
ああダメだわ。あたしはここで死ぬんだわ。いや正確にはコカトリスに連れ去られ、コカトリスのヒナに生きたまま食われて死ぬんだわ。
いや! そんなのいや! あたしはまだ7歳なのよ! みんなからお人形の様に可愛いと言われ、お金持ちで輝かしい未来が待っているあたしが、どうしてそんな死に方をしなきゃいけないの! それに今年の誕生日には特大ケーキを2段にしてもらう約束なのに!
「あんたじゃダメよ! あんたみたいなおじいちゃんに何が出来るっていうのよ!」
ルーカスは半年前に公爵家に来たばかりの執事見習いだ。もう60歳を過ぎているのにまだ見習い! すごく背は高いけど、左足が少し不自由で片足を引きずって歩く。白髪交じりの頭に左頬には醜い傷跡まである。
ルーカスはあたしを左脇に抱えながら、コカトリスと目を合わせない様にじりじりと後退している。コカトリスと視線が合うと石化される事をちゃんと知ってるようね。そこは褒めてあげるわ。
コカトリスはまずこちらに向かって羽ばたきを開始した。暴風で吹き飛ばされそうになるが、ルーカスは近くにあったテントの骨組みを地面に突き刺してそれを支えにした。
息も出来ないような風が巻き起こる中、ルーカスは右腕を骨組みに回して体を支えつつ、ズボンのベルトを外して左腕とあたしを巻いて固定した。これで吹き飛ばされてもあたしはルーカスから離れないという訳ね。
ルーカスが暴風に耐えているのを見て、コカトリスも羽ばたき作戦は諦めたようだ。今度は旋回しながら何度も爪で襲ってくる。
テントの骨組みを抜いてそれで応戦するルーカス。だが所詮ただの骨組みだ。すぐ折れて使い物にならなくなってしまった。
「ちょっと! 折れちゃったじゃないのよ!」
「はは、そうですな」
「笑ってる場合じゃないわっ」
そこへ、やっと先ほどの護衛騎士がヨロヨロとおぼつかない足取りながらも追い付いてきた。それを見たルーカスが大声を張り上げた。
「剣を! 早く!」
初老の執事に剣を要求された護衛騎士は、一瞬呆気にとられたがすぐ気を取り直し、背中の痛みに顔を歪めながら白髪交じりの執事に向かって剣を投げた。剣はあたしの目の前の地面にぶっすりと突き刺さった。
「ひぁっ」
へ、変な声が出たわね。でも仕方ないでしょ、目の前に血が付いたギラギラ光る剣が飛んできたんだから!
ルーカスはその重たそうな剣を片手で軽々と地面から抜き取ると胸の辺りに真っすぐ構えた。そしてそのまま目を閉じて大きく深呼吸した。
な、何を余裕ぶってるの! もうコカトリスはこちらに狙いを定めて突っ込んでこようとしてるじゃない。
あたしは思わず目を閉じた。と、まぶたの裏が急に明るくなった。目を閉じていても眩しく感じるほどだ。
再び開けたあたしの目に飛び込んできたのは、青白い光を纏って輝く剣だった。光の帯がらせん状に剣を囲んでチカチカと輝いている。
「きれい・・」
おもわず呟いたあたしの声を合図のように、ルーカスは少しだけ左足を後ろに引き、その光る剣を大きく振りかぶった。
ド――ンと周囲の空気が震えるような爆音が響き、剣から放たれた雷撃がコカトリスの頭を貫いた。やった!
だが息絶えたコカトリスはそのまま軌道を変えずにあたし達の方へ落ちてくる。と、ルーカスの腕でふさがれ、今度は目の前が真っ暗になった。そしてすぐズザザザザザ―という、大きなものを引きずるような轟音が響いた。同時に「ぐっ」というルーカスのくぐもった声も聞こえてきた。
落下してくるコカトリスからあたしを庇ったルーカスが、そっと腕を開けてあたしの顔を覗き込んだ。
「もう大丈夫ですよ」
ルーカスはくくっていたベルトを外し、あたしを地面に座らせた。そして巨大なコカトリスが倒れ、もうもうと砂ぼこりを上げている
「副団長殿、大丈夫ですか?」
「それほど深い傷ではないと思います。それよりあなたは一体・・」
ルーカスは副団長の質問には答えず、自分の上着を脱いで副団長の背中にそっと掛けてあげた。そして肩を貸して副団長を立たせ、あたしの傍まで連れてきた。
「お嬢様、最後までお守りできず申し訳ございませんでした。ですがご無事で本当に良かった」副団長は跪いて頭を下げた。
「あたしは平気、運が良かったみたいだわ。あんたは大丈夫なの?」
「はい、こんなのはかすり傷です」そう言った副団長の顔色は優れず、とてもかすり傷とは思えない。
あたしは散らかった周囲を見渡し、倒れていない水差しを持ってきて副団長に水を飲ませた。副団長はあたしの行動に少し驚いたが、礼を言って水を飲んだ。あたしだって助けてくれた人にこれ位はするわ!
ところでルーカスは何をしているの? 脅威は去ったとはいえ、早くあたしを安全な屋敷内に連れて行くべきじゃないのかしら?!
そのルーカスは地面に横たわっているコカトリスの死体の口をこじ開け、剣でその鋭い牙をえぐり取っていた。
あたしはスタスタと歩いてその傍へ行った。「あんた何してんの?」
「コカトリスに石化させられた人は、この牙の中にある液体をかける事で元に戻すことが出来ます」
「へえ~、よく知ってるのね‥って、あんた怪我してるじゃない」
ルーカスの左腕には深い切り傷が出来ていて血が流れ出している。きっとあたしをコカトリスから庇った時に出来たのね。
「それよりお嬢様はこれが怖くないのですか?」
「こんなのただの死体じゃない。死体になった魔獣なんて少しも怖くないわ!」
「あっはっはっは、流石ですな!」
だけどそこはやはり7歳の子供だった。
あたしはその日の夜から三日三晩、熱にうなされ魔獣に襲われる悪夢を見た。
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