第20話『数えろ』

 広間の空気に混じる険の気配。

 肺臓を刺激し、一般人なら失神させるほどの緊張を有す。

 その中に在って、平然としているもの三名。

 グリンガルド。

 ロア。

 黒髪に包まれた異形の怪物。

「凄いだろ~そいつ黒髪鬼っていうんだよ?」

「……自慢か? 止せよちっぽけに見えるぞ?」

「ちっぽけな人間には十分だろう?」

「お前も人間だろうに」

「一緒にするなよ」

「照れるなよ思春期か? あれかな、私は特別な人間ですってやつ? 恥ずかしいからやめろよな」

「アハハ。違うね! 私から人類が始まるのよ! ――というわけで死んで、人類未満の猿が」

 瞬後に訪れる黒髪の暴威をロアは飛び退くことで回避。だが黒髪はロアを追って中空を踊る。

「上へ逃げたって黒髪鬼の髪はどこまでも追いかける~!」

「……」

 迫る髪を「噓来雷」を纏わせた剣で切り捨てる。髪の質は間違いなく女のものであるが、その感触は鉄以上。柔軟な鋼鉄といった印象だ。

「だが鉄の性質があるワケでは無い」

 黒雷は依然としてロアの制御下にある。全く髪に靡いてはいない。

 浮気性の黒雷も如何やら黒髪にはようが無いらしい。

「……!」

 髪を焼き尽くす勢いで放電する。

「知らなかったか⁉ 雷に髪を中てると痛むんだぜ……⁉」

 黒髪の暴威をさらに上回る黒雷の暴威でもって凌駕する。

 中空を彷徨う黒髪は消し飛び、其のまま黒髪鬼本体へ。

 黒髪鬼は黒髪の防御を展開する。

お嬢さんフロイライン、せっかくの奇麗な髪を粗末に扱ったらだめだぜ――?」

「……っ⁉」

 防御を破り斬り裂く。黒髪の中から現れる素顔。

 血の気のない、稚い少女が現れる。

「いけずな男性ヒト、死んだ後でも私を燃え上がらせるなんて」

「満足いただけたなら、よかったよ……眠ってくれ」

「そうね。少し眠いわ。気を付けて見知らぬ殿方。あの女は卑劣よ?」

「男は皆卑劣さ」

「あら酷い人ね」

 くすりと笑う黒髪鬼。その笑顔は砂となって散った。砂……少女だったモノその残滓を握りしめる。出会った事も無い少女、ロアにはきっと悼む権利すらない。だが、怒る権利くらいならあるだろう。無いならば買い占めよう。

 そしてこの世の何よりも怒ろう。

 この不条理に。

 この理不尽に。

 この悪意に――‼

「終わったかしら~?」

「……ああ、そしてお前も終わる時だ」

「違うわここから始まるの。本当よ、本当よ、噓じゃないわ」

「それをウソにするために、俺がいる」

 どれだけの者がこの怪物に泣かされたろう。どれだけ傷つけられたろう。やるせない。

「言っておくけど、私も充分に泣いたわ」

「……、その分だけ今笑っているわけか」

「~そうよ!」

「どれだけの者たちを踏みしめた」

「知らないわ~憶えてないし、興味もない」

 犠牲者がどれ程に上るか、概要しか知らぬロアには計り知れない。

 だがグリンガルドは違う。

 彼女は自らの手で殺戮を愉しんだ。

 もう……引き返せる一歩を超えている。

 ロアは彼女が元からこのような残虐な性格だったとは思っていない。

 彼女に変化をもたらしたことは間違いない。

 環境や人間、そして魔を操る何者か。

「……、グリンガルドお前をそれ程変えたモノは何だ? 怒りか? 復讐か?」

「変えた、ね。可笑しなことを言うね。私の事なんて露ほども知らない余所者が」

「ああ知らない、知らないが。人間は簡単にそうも変容しない」

 グリンガルドがそれもそうかくすりと笑う。

「いいわ語ってあげる。あの方のことを……!」

「……」

「あの方は〝死せる太陽ほし〟! 〝妖の満月〟!〝空を覆う天蓋〟! この世の逸脱者にして、弱者の極北‼」

 彼女は急に陶酔したように語り始める。その変わりように驚くロア。

「すべてを救済するが尊き救世主にして求道者……‼」

「……」

「その名を――〝覚者〟」




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る