第10話『雷鳴纏いて』

「――なんだ」

 ロアは突如空中に放り出された。

 ヴィクトリアとの別れを済ませて、異空間に飛んだ彼は形容し難い力に引っ張られた。そして、今――空中に居る。

 眼下の森を見る。異様な気配と異形の怪物と見たところただの少女。さらに、虹色の空。そして空の中心――!

 なんだあれは! 変化している! 物質から、幻想へ。

「それも気にかかるが!」

 先に対処すべきは、眼下の少女だ。

 少女は怪物に襲われている様だ。為らば次に移す行動は決まっていた。

「敵は――お前だな……!」

 手に持つ刀を斜に構えて、空を蹴って降下する。

 回転を交えて雷を纏う。

「――〝鳴神落とし〟」

 雷霆の速度でロアは降下する。空をぶち破り、音を置き去りにして怪物の頸を落とす。バイオレットの血がふきあがる。

「――あなたは」

「……俺は、ロア・ムジーク」

 金髪の少女を見下ろして、静かに告げた。彼女の姿は酷い有様だった。服はボロボロ、元は美しかったであろう金髪は、血濡れになっている。

 対するロアも連戦に次ぐ連戦でボロボロだ。ロアは堪え切れず膝を付いた。

「聞かせろここはどこだ?」

「え? ここは妖精の森だよ?」

「……っ⁉」

 妖精の森と言えばアルプ大陸――‼

 どれだけの距離を飛んだんだ。

 外津海さえこえて、異大陸へ来たというのか? 有り得ない。

「如何して空から落ちてきたの――?」

「此方が訊きたいぐらいだよ」

 状況は分からんが。かなり切迫しているのだろう。何かが起きている。それは分かるが……。

「異様な森の気配……、異形の怪物……何が起きている? 此処は賢者マーリンが鎮護する妖精の森だろう――? 如何してこれ程までに乱れている?」

 アンナの息が詰まった。

 瞳からぽろぽろ涙を流した。

「お師様は……死にました」

「……っ⁉」

 想定しうる最悪のケース。虹色の空は賢者を殺したものによる魔法か――!

「……、賢者マーリンが弟子をとっていたとは、初耳だ」

「わたしは拾い子だから……、知られていないと思う」

「あの六賢人の一人であるマーリンが――?」

 何もない拾い子などを育てたというのか? 有り得ない。「魔女」曰く、「彼は気真面目過ぎた」。

 ――彼は堅固に頑迷に、ただ使命を全うしたという。それ以外をしなかった。

 ……「――オルテンシアは何時も泣いていたよ」

「……今はいい、其れよりも今起こっていることを教えろ」

 少女は初めてあった男に、縋る思いで話した。その内容は壮絶で、数多の世界と悲劇を「見た」ロアですら眉を顰めた。

 一言で表すならば矢張り「地獄」だろう。

 思っていた以上に緊迫している。ロアは空を見上げた。不気味に虹色に変色した空。さっき空で見た光景も――。

「――拙いな」

 正しく世界の危機だ。妖精の森は世界を支える六柱が一つ。それが痴れ者によって好きに使われている。その結果が与える世界への影響は分からない。それどころか――賢者マーリンの死亡。これが一番まずい。「六賢人」の一角が落ちた。その事実は戦乱をうむ――!

「嗚呼……また悲劇が起こる」

 嘆くようにロアは呟いた。

 ――悲劇の螺旋が廻る、回る。



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