第3話『理想郷』
ロアは恥ずかし気に俯いていた。先ほどまでのネガティブな印象はうけない。愛らしいとさえ思える。
彼の目じりは赤らんでいた。
「如何すればいい?」
「……?」
「俺はどうするのが正解だ?」
縋るようにロアはヴィクトリアに訊いた。
「好きにしたらいいんじゃないかな?」
あっけらかんとヴィクトリアは言う。
「俺は真面目に聞いているんだが……」
「私も真面目に言っているよ。何が正解かなんて私は分からない。きっと他の誰も知らないだろうし、答えは後からついて来るものだと思うよ?」
「……」
今日は彼女の思わぬ側面をよく見る。ロアの知る彼女は何時も笑顔で、悪く言えば子供っぽい印象だった。今の彼女は賢人然とした印象を受ける。
「キミの好きなようにすれば好い。全力で全霊で取り組んで……、失敗するにせよ成功するにせよそれはキミにとって、とっておきの〝大切〟になるはずだよ」
「全力で……」
生まれてこの方「剣」以外に全霊を注いだことがあるだろうか? 全力で人とさけてきた。衝突しないように、自分を殺してきた。変わるならきっと、今なんだ。大きな何かが欲しい。誰にでも誇れるものが。父の名誉ではなく。自身の……。
「御前試合で勝つよ……!」
「それがやりたいこと?」
「分からない。でもきっと俺が通らないといけないもの」
「そっかだったら――がんばれ」
二人の間にささやかな微笑が生まれる。優しくて尊い時間。暗闇が晴れて、黎明を迎えても心の温もりは続いていた。
――王都中心に在る円形状の造形物。
コロシアムのような形状のその建物では燃え立つような歓呼が震えていた。
御前試合。
それが今日開催される。客は満員だった。皆が立ち上がり熱狂している。
『遂にこの日が来た――‼』
実況席の男が巻き舌で叫ぶ。
『待ちに待った今日この日を実況するのは何と‼ この私! レジス・ジョォォォカァァ―ッッ⁉』
レジスの自己紹介に呼応して観客席からも轟と歓声が上がった。
『そして⁉ 解説は皆さんご存知! 英雄の中の英雄‼ 選り抜きの英傑……‼ 『勇者』ナハト・ムジィィィクゥウウウ――……⁉』
爆と先ほどよりも大きく歓声が上がる。熱が帯びるほどの歓声だ。
『ナハト様、何か一言お願いします!』
『え? 一言……? そうだなぁ、オレの息子が出るからよろしくな⁉』
『声援頂きました‼』
万雷の拍手が轟く。拍手未だ鳴りやまぬ中、レジスが御前試合の説明を始める。
『早速ですが! 今回の御前試合……‼ そのルールを説明していきます』
『――まず今回のゲーム名から! 名を〝ユートポス〟』
期待に胸膨らませ観客たちは急かす。
『皆様の憤懣判ります! しかし私も実況けん司会という立場ですのでどーかご理解を! ……今回のルールはごくごく単純。パズルのピースを集め、目的の場所へ向かう……! 舞台は王国随一の魔法士たちが造った仮想空間‼』
観客からそんな事も出来るのかと驚きの声が上がる。各国代表からもだ。御前試合の狙いの一つとしてこれがある。即ち自国の戦力と技術力の誇示。「魔王」を討ち果たし、世界の中心となった「アイネ王国」にはバランサーとしての役目がある。各国列強を歯牙にもかけない圧倒的戦力だ。
『〝ウートポス〟と呼ばれるモノリスを四つ確保し、〝ユートポス〟の座標手に入れパスコードを入力すること! これにより
ナハトから疑問の声が上がった。
『〝ユートポス〟を手に入れても勝ちじゃないのか?』
『いい質問です! 流石は〝勇者〟‼ はいそうなのです! このゲーム変わった特徴があります! それは
『じゃあ、勝利条件は何なんだ?』
『〝ポイント〟の合計値によって決まります!』
『〝ポイント〟?』
『はい! 〝ポイント〟は様々な状況で手に入ります。〝プレイヤー〟……即ち〝敵〟を斃すことで〝一ポイント〟、〝
『詰まり戦力的に劣っていても勝ち筋はいくらでもあると。好いね面白い! 特に〝ユートポス〟と〝生き残りポイント〟が秀逸だ! 戦術の幅が異次元だぜ⁉』
『〝勇者〟の太鼓判を戴いたところで続けていきます! 〝プレイヤー〟は一から四名で構成された〝隊〟を作ります! 〝隊〟内のメンバーを撃破しても
言い終わるとレジスはマイクを持ち上げて喉が張り裂けんばかりに吼えた。
『というわけで長ったらしいルール説明は終わり‼ 〝プレイヤー〟達は既に〝
――うおおおおおおお‼
レジスの叫びに合わせて万雷の歓声が再びコロシアム内を満たした!
彼の声に呼応するように、コロシアムの中心に映像が映し出される。最初に映りこんだのはロアだった。その後、次々と〝プレイヤー〟が映し出された。最後に各〝プレイヤー〟の位置情報が映し出される。〝プレイヤー〟たちが凄まじい速度で仮想空間を動いていた。陣地確保のためだ。
『ロアは中心からやや上方か……位置が悪いな』
『と、いいますと?』
『単純な話、どこに行っても敵がいる。しかもアイツは一人だしな、同期の中でもかなり優秀な部類だろうが、早計だったんじゃねぇか? 浮いた駒は駆られるぞ……‼』
『おっと⁉ 優勝候補のロア・ムジークいきなりのピンチか⁉』
映し出された映像にはロアが接敵する様子がとられている。
新緑の森。自体があり、実感が伴っている。ニオイや虫や動物の存在感さえ再現されている。ロアは驚愕していた。何という完成度か。何という卓抜した魔法技術‼ ただ人数を集めれば再現できるなどという稚気なモノではない! 『魔女の弟子』たる彼だからこそ、この仮想空間を造った魔法士の技量に感嘆していた。
――それ故に初動が遅れた。
移動が遅れ、捕捉されてしまった。眼の前の男に。
否……それだけではない、今現在相対す敵の其の速力が尋常ではないのだ。オオカミのような男は、好戦的な笑みを浮かべていた。
「…………っ⁉」
瞬後、男の持つダガーナイフが右頬を上方にスライドする。ロアが咄嗟に常態を逸らして躱したことによって、薄皮一枚斬られただけに収まる。つー。右頬が縦に赤らみ、血が流れる。ロアは雑に拭うと拳を構えた。
「躱したか……中々やるじゃねぇの。だがそれは
ロアの思考は廻る。まずこの人物が誰だったか。それが分からぬ自分に呆れた。どれだけ避けてきたらこんなにも歪になるんだ。同じ「学園」の出身だ。「学園」は大きくない各国要人や、稀なる才を持つ者のみが入学するためだ。精々が百人余り。当然みな顔見知りだろう。自分だってあったことが――。
「――――っ」
「やりあってる時に脇見か……⁉ 嘗めてるだろテメェ‼」
一気に懐に入りこまれる。右手からさしこまれるダガーナイフに対して、ロアは左手で男の右腕を絡めるように逸らして、カウンターの右拳を叩きこむ。
「ぐぁ……っ」
彼我の距離が僅かに開く。
「別に……お前を侮ってるわけじゃない。俊敏なお前に対して、俺の長剣では鈍重に過ぎる。お前の超インファイトに振り回されるのがオチだ。為ら拳でやる」
「……はッ。わかってるじゃねぇか! だからこそ解せね。さっきテメェは明らかに腑抜けていた! あれは何だ……‼」
「お前のコトと自分のことを考えていた」
「ああ⁉」
「俺はお前のことを知らない、お前の言動や思惟からは俺を知っているのは分かるだが、俺は知らない」
「――やっぱりお前、嘗めてるってことでいいよな⁉」
男が突っ込んでくる、矢張その速力目を見張るものがある。
「なら教えてやるよ! 俺はオオカミだ‼ テメェを食い殺すなあ⁉」
「そうか、〝オオカミ〟か。良かったよろしく!」
「ちげぇ⁉」
思わず足を止める男。青筋を立てて指差して怒鳴る。
「そうじゃねぇだろ! なんでそれが名前になる⁉」
「違うの……?」
「違うわ! そんな名前の奴いねぇだろ⁉」
「じゃあお前の名前は何?」
「……、テメェなんかに名乗るか!」
口調は怒っているし、実際呼気からも怒りを感じるが、ナイフ捌きは巧みであった。速くしなやかで、鋭い。そして――。
「いい勘してる……!」
「何笑ってやがんだ!」
男の勘は鋭く、ロアが攻めてほしくない瞬間を、狙いすまして攻撃してくる。ロアは男の猛攻に耐え兼ねて、僅かに体感が崩れる。それを男は見逃さない、足払いをし、さらにダガーナイフによる追撃、それにより完全に態勢を崩してしまう。地面に転がり込む。
「……っ」
常態を戻そうとするよりも速く、崩れたまま転がって男のナイフを躱していた。躱す最中に砂を拝借、男の顔めがけて投げつける。
「テメェ⁉」
目つぶしを食らって猛攻が途絶えた男に素早く常態を戻したロアが背負い投げを決める。
「ぐは……っ⁉」
〝投げ〟による脊椎への衝撃で男は動けなくなる。
「さっさとやれよ」
〝プレイヤー〟の敗北は意識の喪失で判定される。男は肝汗をかなり流しているが、まだ意識ははっきりしている。
「その前に、お前の名前が知りたい」
「……また……それかよ。なんなんだよお前は……! そんだけ恵まれたモンに囲まれて! 不幸顔しやがって! うぜえんだよ……莫迦が」
「本当にその通りだ。自分が捨ててきたものに気づて、打ちのめされている。今、俺はそれを拾いなおさなくちゃいけない。皆がどれだけ遠くこの瞳に映っても」
ヴィクトリアに諭され、自身の愚かさに目が向いて初めての慚愧を知った。二か月ほど前の夜から、ずっと知らぬ感情に打ちひしがれてる。
でも……。
「……知ってしまったら、もう止められない。手を伸ばせばそこに在るのに、諦めるなんてできない。教えてくれ……〝オオカミ〟お前の名前を」
「……だからそれは名前じゃねぇ。……ウォルフ」
「……ウォルフ」
「性はない、ただのウォルフだ」
ウォルフは目を細めて名乗った。彼の瞳からしても今のロアはあまりに稚い。それが哀れに思えた。ただそれだけ。痛みによる感傷。それだけ……。それに自分は負けたのだ。為らば勝者の要求に応えるのは当然だ。
「強かっただろ俺は」
「――ああ、強かったよウォルフ本当に一歩違えば負けていた」
「……だ……ろうよ。次は……負けねぇ」
ウォルフは意識を手放した。瞬後、光に包まれ姿が消える。医務室に転送されたのだ。ロアは息を吐いた。
「――――――ッ⁉」
――と、同時にロアの側頭部を透明な何かが打ち据えた。
――コロシアム・実況席。時は僅かにさかのぼる。
『決まったアアァァア⁉』
レジスの声がコロシアム内を盛り上げる。仮想空間内初めての戦闘というコトもあり、かなり盛り上がっていた。
『流石優勝候補〝勇者の息子〟ロアムジークだ! あの〝特待生〟ウォルフをいとも容易く倒して見せたぞ⁉』
『実際地力の差が出たな。ウォルフの得意を押し付けられての勝利だ、是は誇れるもんだぜ実際』
ナハトは目を細めて映像を見ていた。ロアの接敵を皮切りに、仮想空間内では各所戦闘が始まっていた。〝モノリス〟を賭けた攻防だ。人数は順調に減っている。だが動きが遅い。
『おっとおおおお⁉ いきなりロアが吹っ飛んだ‼』
『狙撃だな。しかし遠い、どれだけの距離を超えたんだ?』
ロアが狙撃される映像が流された。すぐさま映像が切り替わる。狙撃した人物たちが映し出された。
『狙撃したのはクリストフ率いるガルド〝隊〟だ! 驚くべきは距離‼ 何と彼が狙撃した地点からロアの地点は大凡五キロ弱! ありえない何だコイツはああああ⁉』
クリストフたちがいるのはロアのいる場所から南西の仮想空間内の端であった。
『あいつの狙撃魔法ほとんどオリジナルだな。距離を飛ばすためにある程度、連射性が皆無だが、このお距離を狙えるのは脅威以外の何物でもない』
『オリジナルですか?』
『ああ。〝狙撃魔法〟ってのはいくつかあるんだが、大抵三つの要素で作られている。威力・連射・狙い。クリストフの場合狙いと連射のリソース全部威力に絞ってんだろ。普通ならまともに飛ばないし、そもそも反動が凄まじいからまともに撃てない。あの魔法を支援ありきとはいえ魔杖でやるのは変態だな』
専用の魔法具であるならばわかる。しかし一般的な魔杖ならば魔力の伝導率が高いだけだ。より遠くへ飛ばす事しか考えていない。
『……だが、あの精度だ。素晴らしいな。ミソはクリストフのほか三名だ。一人が数秘術による標的の捕捉。一人が狙撃手及び居場所の隠匿。最後の一人が狙撃手と観測手の思考を繋げてるんだろ。それによってミリ単位の連携を可能にしている。即席のチームじゃねぇ。幼馴染とかそんな感じだろうな』
画面はロアに変わっていた。ロアはほぼ無傷であり、すぐさま木陰に隠れた。
『魔法に対して防御を固めてたか徹底している』
嬉しそうにナハトが言った。
――仮想空間内・ロア。
ウォルフの転送を見届けた後襲った衝撃に、一瞬の当惑を晒してしまう。
「…………!」
しかし、半瞬後にはすぐさま精神状態を立て直し、木陰に身を潜める。
ロアは次に今の攻撃が毒などを含んでいないかを検証した。魔法による微光が輝く。結果は陰性。ロアの知識を搔い潜るほどの毒を発見・開発していない限り毒の線は薄い。現実的に考えて、魔女の弟子を上回るほどの毒を一学生が編み出せるはずもない。除外していい事項だ。ロアは安堵の息を吐いた。良かった本当に、防御魔法『テレスの聖域』を突破するほどの威力が無くて。
「……しかし、気配がない。何処から撃たれた……?」
撃たれた今でもざっとした方角以外判然としない。どれだけの距離を……。
「……!」
不可視の銃弾がロアのやや右を撃ち抜いた。拳大よりも一回り小さい程度のくぼみができる。
曲射? 移動しながらの銃撃? 否有り得ない。ロアの感知圏内の外からの射撃。それをこの制度で撃ってきている。曲射はともかく、移動は断じてあり得ない。狙撃がその後二度行われた。
「しかし、まるで
狙撃で身動きが取れないロアは二つの選択肢を迫られる。単純に背を向けて逃げるか、大まかな方角しか解らない敵に向かうか――ロアは南西……狙撃手を仕留める為に動き出した。
――仮想空間内・クリストフ。
「向かってくるのか」
クリストフは腰を下ろし、片膝を上げた態勢で左目を瞑り、右手に握っり、左手を支えにして魔杖を構える。
「想定内だ」
クリストフは観測手であるリサの魔法数秘術で得た予測をもとに狙撃する。
「〝千里の果て・見晴るかす眼・白銀の弾丸〟」
魔法には詠唱が必要だ。火をおこすのに燃料が必要なように。氷を作るのに水が必要なように魔法の発現には詠唱が必要なのだ。故に、魔法士は持続時間の長い魔法を重用する。魔弾を放つ魔法ならば、回数制限を設けることで次の魔法の間を埋める。身体強化ならば魔力・体力続く限り。しかし、クリストフの『千里の魔弾』は一度の狙撃で魔法が終了する。故に、彼は一撃一撃詠唱を唱えなければならない。
連射性を無くし、放つ魔弾は透徹と澄み渡るほど高い純度の魔力そのもの。更に狙撃におけるターゲットの観測と襲撃は魔法のサポート外。それをチームメイトの魔法で埋める。
一人が『姿隠し』の魔法で〝隊〟の隠匿、一人が『数秘術』の行使によるターゲットの予測・弾道予測を行い、最後の一人が『以心伝心』の魔法で言葉なく疎通。幼馴染である彼らだからこそできる、最適解な連携である。
「……来るなら来い。其処も俺の狩場だぞ……‼」
クリストフが放った魔弾が、ロアとの半ばの距離で魔法によって生み出され、空中にちりばめられた〝鏡面〟に着弾。魔弾が〝鏡面〟に吸い込まれ瞬後、〝鏡面〟が消失する。同時に軌道が変わった魔弾が射出された。ロアは魔弾が迫っているのを鋭敏に知覚。抜剣し、十時の方角から入ってくる魔弾をそのまま斬り裂いた。
「……驚いた。魔弾を斬るなんて……」
何と言う離れ業か。卓抜した剣技――‼
「兄とはまた正々堂々やりたいが、飽く迄俺たちの目的は勝利に他ならない。悪いが漁夫の利を得させてもらうぞ?」
ロアの動きが唐突に止まる。それはクリストフが仕込んだ罠。ロアの進行方向には、〝
――仮想空間内・ロア。
「「ロア……⁉」」
突如として現れたロアに二つの〝隊〟の動きが止まる。二つの〝隊〟は〝モノリス〟――宙に浮く六面体を境に睨みあっている。まだどちらも〝モノリス〟を所有していないらしい。〝隊〟の人数は同数。にらみ合いになるのも必然。だが、ここでロアという異物が紛れ込んだ。状況が動いてしまう。狙いは当然浮いた駒――ロアに向く。
「……!」
「悪いが狩らせてもらうぞ? ポイントが欲しいんでね」
「余り先走らないでください! 彼を狙うのは私たちも同様です」
瞬時にロアは六名を同時に相手しなければならなくなった。退くという選択肢はなかった。此処で尻尾を巻いて逃げても狙撃手の影がチラつくだけだ。ならここを突破、狙撃手を撃破して〝モノリス〟も奪う――‼
「来い……‼」
「……っ!」
最初に突貫してきたのは男だ。力強い剣ではあったが、ロアは剣の腹で男の剣を滑らして地面に誘導する。態勢が崩れたところを狙い……。
「させません!」
「ちっ」
「お前に助けられるなんてな!」
追いついた女がロアの首を狙って来る。ロアは男への追撃を諦め半歩後ろに下がることで女の斬閃を躱す。しかし、距離が開いたことで、男と女の〝隊〟の魔法士が魔法を向けてくる。炎と突風の魔法だった。
「……?」
しかし、炎が風に流され風が炎に曲げられる。魔法はあらぬ方向に飛んで行った。何やら言いあいが始まっていたが、ロアは無視して後衛を潰しに行った。前衛二人は自分たちの魔法で分断され動けない。
「クソ邪魔なんだよ!」
「あなた達のせいでしょ⁉」
「お前らのせいだろ!」
「喧嘩してないで戻ってこい!」
「そうです!」
喧嘩が始まりそうになった時、自分たちの〝隊〟から𠮟責が飛ぶ。顔を見合わせてから決意、多少のダメージを覚悟して炎の中に突っ込む。ロアは既に後衛に迫っていた。
「……!」
「来ないでください⁉」
女魔法士の悲鳴を無視して剣を振るう寸前で、ロアは態勢を大きく崩して仰け反った。瞬後、ロアの胸部があった場所を魔弾が通過する。そのままバク転の要領で後ろに下がる。後ろに前衛、前に後衛。ちぐはぐだが、挟撃の形になった。
「やり難い……!」
眼前の二つの〝隊〟は大したことは無い。所詮は呉越同舟、一過性の共闘。連携なぞないに等しい。それでなくても地力で優っている。問題は狙撃手だ。二〝隊〟の隙を埋め、剰えこちらの首を狙っている。依然として狙撃手への警戒を高め続けている。それに意識を取られて、眼前の敵への注意が散漫となっている。
その上での挟撃――!
「賭けに出るか……」
魔法士二人が攻撃魔法の詠唱を開始し、さらに後ろの回復士が回復魔法の詠唱を唱え始めた。当然それを見逃すロアではなく、詠唱を潰しに向かう。向かう先に魔弾が飛来する。たたらを踏むようにロアは足を制止した。追いつく前衛二人、同時に回復魔法が二人を癒した。
「いきます‼」
「食らいやがれ!」
女の刺突を頭を振って躱し、男が上段からの剣を振って来た。一気に懐に踏み込み、中段蹴りをくらわして吹っ飛ばす。
「何をやってるの⁉」
「……う、うるせぇ!」
「……! そろそろ鬱陶しい‼」
「きゃあ⁉」
女はロアの剣を防ごうと剣を翳したが、ロアの剣圧すさまじく、あえなく吹っ飛ばされてしまう。其処を狙って放たれる魔法。回避行動に移ろうとするロアの右足首に衝撃が襲う。
「……っ」
寸前に迫る魔法。風と炎が重なり、威力を増して到達した。轟と炎が吠え、爆と風がうなった。ロアの姿が見えなくなる。
半瞬後、炎の中から突風が吹いた。
「……!」
「噓だろなんで動ける⁉」
「速い⁉ 追いつけない!」
身体に多少の火傷を負いながらも彼は確かに健在であった。総身を砲弾となして、魔法士を討ち取らんと神速の剣技を繰り出す。
「――〝紅蓮十字の辻〟‼」
「……っ⁉」
「……かは」
ほぼ同時に二度の剣
「正直侮っていた。敵同士でありながら先刻の連携は確かだった。強いな」
「きゃ……⁉」
「ぐふ」
魔法士二人を切り伏せて、もののついでとばかりにさらに二人の回復士を討ち取る。ロアが向き直り、前衛二人を迎えるころには四名が転送されていた。
「よくも二人を!」
「私の仲間を……‼」
「二度目だが。もうそろそろ飽きてきた、後衛なしでは話にならない‼」
魔弾がロアの妨害をしようと放たれるが、いかんせん遅きにすぎる。ロアは剣で容易く斬り落とす。来ると分かっていれば、さほど難しくは無かった。
「な――っ」
「はや」
「……‼」
ロアの速力に驚愕する二人。明らかに先刻までのロアとは別格の速度であった。辛うじて反応できたさっきまでとは違い、反応すらできず二人は斬り伏せられる。
「行くか……!」
ロアは狙撃手を討たんと駆けだした。その疾駆は神速と形容できるほどの速度であった。そしてロアの進行には確信めいた自信があった。
――行く先に狙撃手が居ると。
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