第5話 「……」
「……」
「祟羅さん! 足の方はどうですか?」
心ここに在らずの俺を心配して、看護婦さんが強めに呼びかけてきた。
いきなり足のことを言われて、意識が足に集中する。
「痛っ、動かそうとすると痛みがありますね」
「そらそうです。一体何をしたらあんなふうに骨折するっていうんですか?」
この事故をきっかけに前世のことを思い出したわけで、前世の能力もこの体で使えることがわかったまではよかったんだけど……。
この骨折は生身の体でたたら神の加護、反重力場制御、加重加速の呪術を使った代償なわけで……。
「看護婦さん。この骨折は治るのにどのくらい掛かりますか?」
俺の質問に看護婦さんの顔が曇った。
「たぶん、一生松葉杖に……。いやいや、まだ、わ、若いんだから、治りだって早いだろうし、奇跡だってあるかも? うん、詳しいことは主治医の先生に聞いてみて」
言ってしまった後に自分が伝えるべき言葉じゃないと考えたみたいだ。しどろもどろになって、最後は主治医に丸投げだ。まあ、看護婦さんが印籠を渡すのはなんか違うよね……。
それに突然、ここを離れる言い訳でも思いついたみたいな顔をみせた。ただ、俺も試したいことができて、早く一人になりたかったので都合が良かった。
「祟羅さん。もうすぐお客さんが来るころだから」
居たたまれなくなってナースセンターに戻りたいなら、言い訳はいいから早く行きなよ。
看護婦さんの言葉にそんなふうに考えていると、開け放たれた病室の扉から中を窺うように入ってくる人影が……。
それに気が付いた看護婦さんが俺の耳元でささやいた。
「来た来た。ここに運び込まれる前のことは、彼女に聞いてもらうのが一番。彼女、学校帰りのついでだって言って、毎日夕方のこの時間に面会に来ていたのよ。フフフっ、他の患者さんの様子が気になるからおばちゃんは行くね」
含み笑いを残した看護婦さんと入れ違いに入ってきた彼女は……。
あの日、俺が事故から助けた美少女だった。
「目覚められたって受付で聞いて……、よかった……。あの時は本当にありがとうございました」
そういって涙ぐみながら頭を下げた彼女の顔にサラサラのロングヘアがかかる。もみあげ部分から伸びる髪をリボンでまとめて胸の方に垂らしている清楚系美少女だ。
アニメやマンガ以外にこんな髪型が似合う人っているんだ。それに、神が作り賜うた造形としか思えない。顔のパーツが左右対称で黄金比に配置されている人なんて、整形しても現実には存在しないはず?
美しさを形容する語彙を持たず、俺はどうでもいい疑問を持つほど焦っていた。
「いや、お礼なんて。あっ、そうだ。どうぞ座ってって、痛ってててっ!!」
いきなりお礼を言われて動転した俺。看護婦さんが座っていた椅子を進めようと上半身を起そうとして、痛めた足首に激痛が走った。
「安静にしていて、どうぞお構いなく」
そう言いながら、彼女は椅子に腰かけてこちらを観た。
「私は京都同志館大学の文学部1年の浦輝夜(うらかぐや)といいます。浦島太郎の浦にかぐや姫の輝夜で浦輝夜です。よろしくお願いします。
あの時、私を抱えて逃げてくれなければ、私は死んでいました。命の恩人に、なんとお礼を言えばいいのか? でも、そのおかげで祟羅君の足が……」
悲痛な表情で、言葉を濁した浦さん。彼女は俺の足ことを聞いて知っているみたいだ。だけど、これは彼女のせいじゃない。俺が肉体の限界を超えて反重力場制御の呪術を使ったためだ。
「いや、これは浦さんのせいじゃないから気にしないで。それより、あの日俺の背後でなにがあったの教えてもらえませんか?
とにかくあなたの叫び声とチリチリとする嫌な予感で突っ走ったんで、実際になにが起こったのか分からないんですよ。俺の勘だけど、竜宮院さん、事件の前に何か気味の悪いものを見ていませんか?」
前世の記憶を思い出した俺には確信があった。あの時感じたチリチリした不快感は瘴気だ。そして「逃げて」と叫んだ彼女の表情は、なにか恐ろしいものを見た表情だ。
俺の言葉に意表を突かれたような顔をした浦さん。
「どうして……、わかるの?!」
「いや、何となく……、俺もそういうのが何となくわかるタイプだから……」
言葉を濁した俺だけど、浦さんは勝手に霊感がある人みたいな勘違いをしたみたいだ。
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