35話「夜の静けさ、光る画面」
完成したMVのファイル名は「korekara_final_v13」。
“final”を何回もつけてる時点で、もう終わってないのはわかってる。
だけど――これが、たぶん本当に最後だ。
ヘッドホンを外して、静まり返った部屋で深呼吸した。
音も光も、ぜんぶがやけに遠い。
パソコンのファンの音だけが、一定のリズムで部屋を回っていた。
「……これで、いい」
自分に言い聞かせるように呟いた。
あとは公開ボタンを押すだけ。
けれど、それが一番怖い。
この数週間、俺たちは騒ぎながら、笑いながら、それでも本気で作った。
絵も音も声も、全部この“これからの日常”という五文字に詰め込んだ。
あとは世界に投げるだけ――
なのに、マウスのカーソルが“公開予約”の上で止まる。
……指が動かねぇ。
◆
夜語ルリは、スマホを胸に抱いたまま天井を見上げていた。
通知には“MV完成”のメッセージ。
月見からの短い一言が残っている。
――「明日、公開。」
その文字だけで、心臓が跳ねた。
「ついに……」
声に出すと、少し現実味を帯びた。
初めてのMV。初めての“作品”。
誰かの心に届くのか、誰も見ないのか。
考えるほどに、息が浅くなる。
「……でも、見てくれるよね」
自分に言い聞かせるように笑って、目を閉じた。
眠れそうになかった。
◆
双音ミラは、通話アプリのグループチャットを眺めていた。
「みんな、ちゃんと寝てるかなぁ」
画面の既読は、ルリと拳王だけ。
月見は作業中だろう。青藍は寝たふりして起きてるタイプ。
「……なんか、文化祭の前日みたい」
ミラは机に頬杖をついて、ぼんやり笑った。
画面の壁紙には、五人で撮った集合イラスト。
懐中時計のフレームの中で笑う五人。
「いい感じに、バカだなぁ」
そう言って、眠そうな声であくびをした。
◆
青藍快晴は、カーテンの隙間から夜空を見上げていた。
月がちょうど雲に隠れかけている。
光が滲んで、少し儚い。
「……明日か」
指先でマグカップを軽く叩く。
静かな音が部屋に響いた。
自分の声がどんなふうに聴かれるのか。
“低俗”と笑っていた自分の声が、誰かに届くのか。
「怖いな……でも」
そっと笑った。
――その少しの“怖さ”が、ちゃんとした始まりの証拠だと思えた。
◆
勝常拳王は、深夜のコンビニでエナドリを片手に歩いていた。
「うっひゃ〜、緊張して眠れん!」
夜風が冷たい。
歩きながら、スマホで自分の歌のパートを聴き返す。
「お、ここええやん俺!」
すぐにテンションが上がる。
けど、次の瞬間には眉をひそめた。
「……いや、ちゃうな。ここズレとるな」
独り言が止まらない。
「ま、ええか。明日、バズるし!!!」
根拠のない自信で笑って、缶を開けた。
炭酸が夜空に弾けた。
◆
そして――月見良は、再びモニターの前に座っていた。
時計の針は午前3時を回っている。
画面の中では、五人の笑顔が静止している。
再生バーの上にマウスを滑らせて、最後にもう一度だけ確認。
映像の最後、白くフェードアウトする瞬間。
音が消えると、心臓の音だけが残った。
「……これで、いい」
そう呟いて、指をゆっくりと動かした。
“公開予約:明日 午後6時”
クリック音が、小さく鳴った。
その音が、この数ヶ月のすべての終わりであり――
そして、始まりだった。
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