闇の子まどいし光の子~暗黒魔導師と勇者の物語

根上真気

第1話 プロローグ

 暗黒魔法は、人間には使えない。

 その強大な闇の力に、自らが飲み込まれてしまうからだ。

 しかしごくまれに、それは時に数百年、時に数千年に一人。

 闇の力を我が物とし、扱える人間が現れることがある。

 人は彼らをこう呼ぶ。

 世界に混沌をもたらす闇の魔法使い。

 暗黒魔導師と。




 *




 *




 *




「な、なんだその子どもは!気味悪いぞ?」

「悪魔の子だ......これは災厄をもたらす悪魔の子だ!」

「き、きっとこのままじゃ危ない!」

「殺せ!今すぐそのガキを殺せ!」


 村人たちは、まだ首も座らない子どもを抱えた女に迫った。

 子どもの全身からは、ドス黒い何かがにじみ出ている。


「や、やめてください!この子は何も悪くない!」


 女の訴えは、恐怖に殺気立った村人たちには届かなかった。

 このままでは子どもが殺されてしまう。

 もはや逃げるしかない。

 しかしどこに逃げればいいのだろうか。

 村の外に逃げても、追われて捕まってしまえば意味がない。

 村人たちの目的は、村から追い出すことだけではなく、この子を殺すことなんだ。

 そこまで考えた時。

 女はひらめく。

 

「あっ!逃げたぞ!追え!」


 一気に飛び出した女は、ある方向へ向かって一心不乱に駆けた。

 子どもを抱えて、必死に。

 まもなく村を抜け、そこへ向かってひた走っていった。


「お、おい!あそこは......」


 彼女の後を追って来ていた村人たちの足が止まる。

 彼らの前方に見えたのは、底の見えない闇のような、深い深い森への入り口。


「あ、あの女、魔物の森に入っていきやがった......」








「はあ、はあ、はあ、あっ......」


 女はよろよろと地面に膝をついた。

 これ以上は走れない。

 限界だった。


「こ、ここまで来れば......」


 辺りはすっかり木という木に覆われていた。

 まだ陽がしていたにもかかわらず、ぼんやり暗い。

 後ろを振り返った。

 追っ手の姿はない。

 周囲を見回してみても、人の気配はまったく感じられない。

 どうやら逃げ切ったようだ。


「よ、良かった......」


 女は子どもをぎゅっと抱きしめた。

 涙が子どもの背中にこぼれ落ちる。

 その時だった。


「?」


 女が顔を上げる。

 人の気配?

 違う。

 では何なのか。

 わからない。

 ただ、森がざわめいたのは確かだ。


「大丈夫よ。何でもないわ」


 女は子どもに言いながら、自らにも言い聞かせる。

 しかし、その言葉はすぐに裏切られた。


「えっ......?」


 辺りで何かがうごめき始めた。

 女は胸騒ぎを覚えて、再び周囲を睨みまわす。

 すると、木々の影から、恐るべき者達が姿を現した。


「!!」


 絶句する。

 なんと彼女達を取り囲むように、大勢の魔物達が群れを成して集まってきたのだ。


「あ......」


 あまりの恐怖に叫び声も出ない。


 人間の顔面を潰したような面をした蝙蝠こうもりみたいな者。

 不必要に尖った耳と鼻をした、緑色の皮膚を被った人型の者。

 体に悪魔の影のような顔をこしらえた巨大なキノコのような者、動物とも植物ともとれないような者......。


 彼女の周りには、大きい者から小さい者まで、実に奇怪で妖しげな有象無象の魑魅魍魎ちみもうりょうどもが、うじゃうじゃと跋扈ばっこしていた。

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