佐々木龍之介 1998 4
もこうは同情するように私を見ると、少し悩んだ後に冷静に考えを述べる。
「龍之介さんが、馬鬼村を愛しているという強い気持ちはよく知っています。村長や村の人から龍之介さんの話を聞くと、皆が龍之介さんが素晴らしい人で、この村のために尽力してくれていると口々に言います。龍之介さんが悪気があって馬の血を使ったなんて僕は思いませんよ」
もこうは私の肩を持ち、さらに続ける。
「率直に言います。馬鬼様は神様ではありません。鬼または悪魔であると言った方が正しいでしょう。そして、あなたが唱えた祈りの言葉が問題です。おそらく、『祈り』ではなく『契約』として馬鬼様は扱っています。龍之介さんはどんな契約を馬鬼様としたのですか?」
もこうは恐怖で肩を震わせる私に優しく語りかける。
私は震えながら、その契約の言葉をもこうに聞こえるように話す。
「この村のピンチを救いたい。
そのための知恵を授けて欲しい。
この村にもう一度チャンスをいただけたら、馬鬼様への感謝を絶やすことなく孫の代まで受け継ぎます」
私の頭にあの日の夜のこと、馬鬼様のじっとりとした足音が蘇る。
神のものと思えた足音が鬼のものだと思うと震えが止まらない。
「馬鬼様は『村のピンチを救うアイデア』を既に龍之介さんに与えました。龍之介さんが払うべきものは『孫の代までの感謝の意』です」
私はなんて恐ろしい契約をしてしまったのだろうか。
私だけでなく、子や孫にまで連なる呪いの言葉と言っても過言では無い。
「それが全うできなかったらどうなる?」
「馬鬼様の強大な力が災いとなってこの村に降り注ぐでしょう」
もこうは真剣な眼差しで釘を刺すように龍之介に言った。
「なあ、私はこれからどうしたら良い?」
私はもこうに尋ねた。何をしてでも災いを防がねばならない。
「馬鬼様がアイデアを提供してくださった以上、契約は破棄できません。龍之介さんは馬鬼様への感謝の意と供物を絶やさぬようお子さんやお孫さんまで信仰心を育んでください」
重い。なんと重い契約なのだろう。
この生活を守ることにこんなにも重い制約があるなんて。
その後の沈黙の後、私ともこうは何も話さずにそれぞれの家路についた。
私はこの村を守るためにより多くの努力をしなければならない。
馬鬼様との契約を全うしなくては責任が果たされないのだ。
「もこう先生。この村を出ていくんじゃ?」
私はあの日の後も馬鬼神社でたびたび出くわすもこうに質問する。
「気が変わったんです。契約の内容を知っているのは龍之介さんと僕だけですし、この村の人を災いから守りたい。この村の神主としての務めです」
もこうは私の重い荷を共に背負ってくれるという。
「ありがとう。本当にありがとう」
私は深く深くもこうに頭を下げ、感謝の意を示した。
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