帰路 1
翔は失意の中、父親の豊が運転する軽自動車に揺られていた。
海なし県から山を越えてまで隣県に魚釣りに行ったというのに魚影が薄く、餌も全く取られないという有様だった。
豊は「いつもはここで大量なんだ。今日はたまたまだ」と言っているが、小学5年の翔にとってはつまらないということだけが事実だった。
「山は涼しいから外の風にあたりなさい」
豊は気分が晴れない翔にそう言って窓を開けて外気を取り入れるが、どうにも憂鬱な気分は変わらない。
車内に流れるラジオもノイズが目立つようになり豊がラジオを消すと、車内はアスファルトとタイヤが擦れる音しか聞こえなくなった。
「父さんはさ、悔しくないの?」
豊はいつもと変わらぬ様子で車を運転しているので、翔は不思議に思ったようだ。
翔は豊の顔を覗き込むように見る。
サングラスをかけ、口元がキュッと結ばれた豊の表情はなんとも分かりづらく、その心の内までは子供の翔であってもわからなかった。
「悔しいさ。でもな、釣りっていうのはどうしてもこういう日があるもんだ。ヤマ勘が当たることもあれば外れることもある。そういうもんだ」
得意気に話しているのは豊が生粋の博打打ちだからであろうか。
豊には父子家庭のふたりを支えるくらいには腕はあるようで、翔は博打がどんなものかはよく分からないがそんなに悪い気はしなかった。
翔は「ふーん。」となんだかよくわからない返事をして再び目線を外にやる。
豊の気持ちを聞けたからであろうか、先ほどよりも気分は晴れ、山の緑が鮮明に写った。
春の陽気に冷たい風が心地よい。
ふたりの乗る車はひとつ目の山を越え、蛇行する山道を下り始めた。
ひとつ目の山を越えると、山に囲まれた少し開けた平地に出た。
正面の山の割れ目に向かってまっすぐに伸びる車道がとても気持ちが良い。
『300メートル先左方向です』
静かな車内にカーナビの音声案内が響く。
どうやらこの気持ちの良い車道を逸れてしまうらしい。
ふたりはまっすぐな道が名残惜しいように思えたが、土地勘のない場所に来たのならナビに文句は言えない。
翔が目線を少し先にやると、色の落ちたクッションドラムが目に入る。
『まもなく左方向です』
豊が車のスピードを落としてハンドルを左に切る。
クッションドラムの間、閉鎖門の間を通る時に翔は入ってはいけない場所に入ったようで気持ちが悪い感じがした。
なぜかその門が気になり、通り過ぎた後も直接目で追いかける。
「雪が降る時期は通行規制がかかって通行止めになる。春になったから規制が外れたんだね」
翔が不安になった矢先に豊が補足をかける。
翔は豊のその言葉にホッとして、その門から目を外し前を向く。
『この先しばらく道なりです』
先ほどよりも道は細くなり路面はガタついているが、翔は釣りの疲れも相まって急に眠くなり豊の運転にそっと身を任せることにした。
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