第152話

 ちょうどそこで、フェンリルがクァっと口を開いてあくびをした。ロキはオーディンの表情を伺ったが、フェンリルの可愛らしい仕草を見ても何の感情も動かないようだ。


「でも……それじゃ、君は今の体が壊れたら、命を繋げないじゃないか……」


 ロキは言いながら、息を詰まらせた。


「それでもいいかもしれない」

「え?」

「俺はそれでもいいと思ってる」


 オーディンは言葉を続けた。


「俺はお前しか愛せないようだ。だから、お前が死んだ後はひどくつまらないだろうと思う。魂を移し替えてまでお前のいない世に生きることに、意味を見出せそうにない」

「すっごい……」

「あ?」

「ただ愛してるって言われるより、なんかすごいっ、恥ずかしい!」


 ロキは揶揄うような口調で言ったが、それでも本当に赤らんだ顔を両手で覆って俯いた。


「真面目に話してるんだが」

「ま、真面目にきいてるってばっ……!」

「おいこら、顔上げろ、手どけてみろ? あ? 笑ってんじゃねえか」


 オーディンはロキの手首を強引に掴んで顔を上げさせると、そう言って体をカウチの上に押し倒した。

 しばし戯れあい、数回軽いキスを交わしたところで、ロキは覆い被さったオーディンの髪を、宥めるように撫でた。


「ねえ、オーディン、覚えてる? 前に神殿に迷い込んだ猫のこと」

「あ? ああ、覚えてる」


 ロキとオーディンは同じシマシマ尻尾の茶トラの姿を網に思い浮かべた。


「お前が、愛情が持てるかもしれないから試しに世話をしてみろといった猫だろ?」

「そうそう」


 その時のことを思い出して、ロキは思わず笑いをこぼした。


「君があまりにも構うものだから、あの猫ストレスでハゲちゃってたよね」

「ずっと撫でてれば喜ぶだろうし、愛情が持てると思ったんだ、まさか撫でられすぎるとストレスを感じるとは……猫はダメだ、繊細すぎる」


 結局その猫は、調理場のドワーフたちに引き取られ、毎日美味しいご飯を与えられながら、二十年の生涯を終えた。不老と長寿を与えられたオメガのロキや神々からしてみれば短い命だが、猫にしてみれば大往生だ。


「俺にはどうやって愛していいかわからない、猫も、お前の創った器も」


 オーディンは言った。その瞳はどこか寂しげな色をしている。


「愛し方がわからないって悩むのも、君の愛情の形かもしれないね」


 ロキはそう言ってオーディンの頬に手をそえ、顔を上げて口付けた。


「言いようだな」


 そういうと、オーディンは体を起こしロキの体を抱き上げて立ち上がった。寝所に連れて行こうとしているようだ。


「あ、待ってオーディン、最後に肉球に触りたい」


 ロキが言うと、オーディンは舌打ちしながら、ロキの体を床に下ろした。

 揺籠に手を伸ばし、くすぐるように小さな肉球に触れる。


「あ!」


 ロキは息を漏らすように声を上げた。オーディンがなんだと呟きながら、ロキの視線の先を覗き込む。


「見て、目あけた! ちょっとだけど……わ、わぁっ……へへっ……」

「なんだ、何笑ってる」

「いや、可愛いなぁって」

「目開けただけだろ」

「うん、でも……」


 ロキは指先で小さなフェンリルの鼻筋を撫で、もう一方の手で、オーディンの手を握った。


「このこ、君と同じ色の目をしてる」


 小さな瞼の割れ目から微かに除いた薄いブルーの瞳が、寄り添い睦み合う二人を見上げた。





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