第56話






 海と反対の方向には、冬枯れした灰緑色の針葉樹が生い茂った陰気な山があった。否、だと感じるのはこの寒さとどんよりとした天候のせいかもしれない。

 その山と砂浜とを隔てるように、幅の広い道がある。路面の土は馬の蹄やタイヤの後でぼこぼことしているが、石などはきちんと避けてあるようだった。

 そしてその道を山側に少し避けた位置に、巨石が被さる窪みがあった。ロキとフェンが担ぎ込まれたのはその場所だ。

 巨石の下は外界とは隔たれたかのようになっていて、海風を凌ぐためかところどころに石が積み上げられている。

 そしてその一角にオレンジの炎がゆらめいていた。それに気がついた途端、ロキは縋るように駆け寄った。

 

「服を脱いだほうがいい。とりあえず、毛布をかそう」


 ロキとフェンをここまで連れてきてくれた男が言った。

 ロキは寒さで顎が震えてまともに声が出せないまま、体全体で大きく頷き、躊躇いなく衣服を脱ぎ捨て差し出された毛布にくるまった。

 意識がないままのフェンの衣服も男が脱がせて、毛布をかけてくれている。

 たっぷりと海水を吸って重くなったそれらを、男は火のそばに並べて干してくれた。

 傍にはボロ布を敷き詰めたような寝床があった。フェンはそこに横たえられ、ロキもその直ぐ横に寄り添うように腰を下ろす。

 そこから数分して、顔や手の感覚が戻ってきた。

 温めたミルクを差し出され、ロキはすぐに口をつける。警戒や、ましてや遠慮などをしている余裕もなかった。じわりと胸元を温かいミルクが通るのを確かめてから、ロキは隣に横たわったフェンの方へと向き直った。


「ほら、フェン。ミルクもらったぞ? 起きて飲めって、あったまるから」


 フェンの白い顔を揺らめく炎が照らしている。

 何度も呼吸をしていることを確かめたのに、まったく動かないので不安になった。ロキはミルクの入ったカップを傍に置き、フェンの肩を揺らした。


「おい、こら、バカ犬! 起きろって」


 それでもやはりフェンは動かなかった。

 今度ロキはフェンの頬に手のひらを置いた。先ほどまで氷のようだった皮膚は少しずつ温もりを取り戻しているようだ。

 まだ湿った髪をなで、頬をさすり、その肩に縋り付いた。胸元に耳を置くとトクトクと脈打つ音が聞こえている。


「友達か?」


 助けてくれた男が尋ねてきた。

 ロキはその声にゆっくりと体を起こし、焚き火を挟んで向かいに座る男の方を向いた。

 男は骨格のしっかりした面立ちで、茶色い髪を額から後ろに撫でつけている。巨人族ほどではないが背筋を伸ばして座る姿は骨の太い印象だ。低く張りのある声はある程度歳を重ねた印象を受けるが、肌艶はよくその面立ちだけでは年齢は読み取れない。


「友達じゃない」


 ロキは鼻水をすすり、体に纏った毛布をギュッと手繰り寄せた。


「では、兄弟? にしては似ていないな」


 茶色い髪の男はロキとフェンを交互に見ながら肩を持ち上げた。


「そういうのじゃない。なんの関係もないやつ。俺は行かなきゃいけない場所があって、でも関係ないところに連れてかれそうだったから、こいつは俺の身代わり」


 ロキの言葉に男は首を傾げながら、木の枝を折って火に焚べた。

 落ち着いた武人のような雰囲気を待つ男だ。腰には剣を携えているが、その装いは鎧などではなく、しっかりと分厚い裏地の入った防寒着だった。ところどころ動物の毛皮の装飾が施されていて、派手ではないがそれなりに良質なものに見える。




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