海辺の街ウテナ

第39話

 ◇









 その日のうちに、ロキはヨトの巨人族、そして白狼フェンリルと共に、早々にリドネブの街から旅立つことになった。

 ヴァクらの他にリドネブに滞在していた他の巨人族らも集まり、それに加えて彼らが連れ帰る娘たちもいる。一行は総勢で二十名ほどの大所帯だ。

 ヨトの巨人族が連れ帰るのは一体どんな娘なのかと街中が注目して見送る中、美しい娘たちに紛れ、まだ年若い青年と一匹の大きな白い犬がまざっているものだから、見送る街の者は皆一様に首を傾げていた。 

 ヴァク達巨人族が連れていた馬は、ミッドガルドでは見かけたことのない栗色の長い体毛を持った脚が太く大きな体の馬だった。雪深いヨトの地では、馬はみなこのような姿なのだという。

 ヨトの馬は強靭だった。

 舗装された道だとはいえ、何人もの娘や荷物を積んだ幌馬車を引きながら、三日三晩寝ずに歩き続けたのだ。

 またそれと同じく巨人族らも人間とは比べ物にならないほどの体力を持ち合わせているようだ。時折交代で休憩している様子はあったものの、長時間馬に跨り続けていた。

 ロキが馬に乗ったことがないと告げると、ヴァクは目を丸くしていた。乗ってみるか、とも聞かれたが、村から出て丸二日あまりまともな睡眠をとっていなかったロキはそれを断り、旅路のほとんどを狼の姿のフェンと共に馬の引く幌馬車の中で過ごさせてもらった。

 ヴァクはヨトの巨人族の中でもそれなりの地位にいるらしく、他の娘たちは数人まとめて同じ幌馬車に乗せられているのに対し、ロキとフェンには綿や毛布の敷き詰められた居心地のいい専用の幌馬車を当てがっていた。その御者席に座り手綱を握るのはヴァク本人で、その姿はまるで「これは俺のものだ」と周囲に知らしめているようでもあった。

 噂通り、巨人族たちはときおりミッドガルドを訪れ、土産と称してヨトに娘を連れ帰るのが通例らしい。訪れるほとんどは外海近くの街ばかりで、今回ほど内陸まで足を運ぶのは珍しいという。

 これはロキの憶測だが、ヴァクらは嫁探しの道中、何らかの形でオーディンの遣いがオメガを迎えにきたことを知り、横取りしようと内陸まで足を運んだのではないだろうか。


「おい、そろそろ街に入るぞ」

 

 御者台で手綱を引いていたヴァクが振り返り声をかけてきた。

 フェンに寄りかかってうとうとしていたロキは体を起こし、ヴァクの肩越しに前方をうかがった。確かにヴァクが言うように立派な街の入り口らしき城壁が見えている。


「何だか変わった匂いがしますね?」


 ロキがいうと、ヴァクが顎を持ち上げスンスン鼻を鳴らした。


「あぁ、潮の香りか?」

「潮?」

「海だ。しょっぱい水たまり」

「えっ⁈ 海⁈」


 ロキは驚き声を上げた。

 ミッドガルドを取り囲むのは大きな海だというのは有名な話だ。もちろんロキもその存在は知っているし、ミッドガルドの外を目指す以上はそこを通ることを理解していた。しかし、いざそれがすぐ近くにあるとなると、興奮で胸が高鳴った。


「何だロキ、海は初めてか」

「え、ええ、村からほとんど離れたことがないので」


 ロキは答えながら、ヴァクが座れと示した御者台に身を乗り出して腰を下ろした。

 前方を見つめるロキの瞳が期待で輝くのを見てヴァクは機嫌を良くしたのか、片手で手綱を握りながらもう一方の手をロキの腰に回してきた。

 幌の中では潮の匂いを嗅いだのか、フェンのが「ワッフン」とくしゃみをしていた。





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