第29話

「よくやった! よくやったぞ、フェン! この金は俺のものだ!」


 ロキはテーブルの上に両手を置いて、掛金をかき集めるように抱き寄せた。

 かなりの額だ。これで服も買えるし、もう少し良いものも食べられる。今夜は清潔なベッドで眠れそうだ。

 うはうはと息を弾ませながら、ロキはカバンの中にザリザリと金を仕舞い込んだ。


「おい、次は俺の相手をしろ」


 不意に低い声が降り注ぎ、ロキは鞄から顔を上げた。

 あろうことか、声をかけてきたのは赤髪のヨトの巨人族、ヴァクだった。

 周囲はその威圧感を恐れるように皆一歩後ずさって道を作っている。


「あ、い、いやぁ。悪いね、俺たちもう行かないと」


 ロキはそう言って、フェンの肩を引いた。

 しかし、ヴァクはそれを阻むように、フェンの腕を掴んだ。


「いいじゃねぇか、ちょっとむしゃくしゃしててな、憂さ晴らししてぇんだ、付き合えよ」


 ヴァクの口はニタリと笑っているが、目はあまり笑っていない。

 正面から見て気がついたが、ヴァクはその瞳の中にも髪と同じ赤い焔をはらんでいた。その視線が自分ではなくフェンに向けられていたことに、ロキはどこか安堵している。

 ここで相手の機嫌を損ねて揉めるよりは、おとなしく受けた方が良さそうだ。そう思ったロキは、ゆっくりとフェンの肩から手を離した。


「巨人族対白髪のにいちゃんか!」

「どっちに賭ける⁈」

「いくらなんでも巨人族には勝てねだろ?」

「俺は奇跡を信じて白髪のにいちゃんに賭けるぜ!」


 また周囲が盛り上がりを見せ、テーブルの上に硬貨や紙幣が積み上がっていった。

 当然ともいえるが、巨人族のヴァクに賭けられた額の方が大きいようだ。ヴァクはそれを見て満足げに口角を上げている。黒髪の巨人族二人も近寄ってきて、ヴァクの側に札束を投げた。


「お前さんはどっちに賭けるんだい?」


 と、隣の男がロキに尋ねる。


「い、いや、俺は今回降りるよ」


 とロキは両手を胸の前にかざして振った。

 巨体の人間相手にも多少苦戦していたフェンが、巨人族に勝てる保証はない。ロキはせっかく手に入れた金を失いたくなかった。

 しかし、そのロキの態度が気に入らないのか、フェンはムッと口を尖らせた。


「降りない!」

「あ、ばか、こら! やめろ!」


 ロキの制止を無視したフェンは、ロキのカバンの紐を引っ張り中に手を突っ込むと、先ほどロキが仕舞い込んだ硬貨や紙幣を鷲掴み、テーブルの上に放り投げた。それを見た周囲は、また盛り上がって歓声をあげている。

 結局ロキは引き下がれなくなってしまった。頭を抑えてため息をつきながら、とりあえず、勝敗を見守ることにする。

 フェンとヴァクがその逞しい腕をテーブルに置き、手を握り合った。

 また審判役の男が手をかざし、「よーい、はじめっ!」とテーブルを叩くと、両者の腕に青筋が浮かび上がった。


「いけ!」

「やれ!」

「やっちまえ!」


 男たちの声援が飛び交う。

 二人の力は五分五分なようで、中心で膠着したまましばらく動かない。

 それを見守りながら、ロキは頭で算段した。

 手元に残った額だけでも、元よりはプラスだ。フェンが負けたとしても、大損はしない。損はしない、が、しかし……


「あ、ぁぁ……もぅっ! 何やってんだよ! 押されてるじゃないか! 押せ、フェン! 押し返せ! 気合い入れろ! 頑張れ!」


 気づけばロキは男らに混じって声援を送っていた。

 ヴァクがグッと息を飲んだ。その焔のように赤い髪が、バタバタと波打っている。腕の筋肉が膨らみ、より一層の力が込められたようだ。

 フェンも負けじと力を込めている。

 そして事が起こったのは、その白い髪がぶわりと逆だった瞬間だった。

 ロキの目の前でフェンの衣服が弾け飛び「バゥフゥン!」と下手くそな鳴き声が唐突に響き渡った。

 真っ白な毛並みと三角耳。それが見えた直後のロキの動きは速かった。

 ロキは後方で遠慮がちに見物していたご婦人のショールを掴んで引いた。ご婦人が「きゃぁ!」と悲鳴を上げたが、構ってなどいられない。

 ロキは奪ったショールを広げると、咄嗟にフェンに被せ、その体を抱え上げた。(と言っても大きくてまともに持ち上がらないのだが)


「な?」

「なんだ?」

「一体何がっ⁈」


 フェンは視界を塞がれたまま、バタバタと四肢でテーブルやら椅子やらを踏みつけている。そのせいで皿やグラスが床に飛び散り、ガシャガシャと音を鳴らした。

 ロキはフェンを引きずり、開いた窓の外へと飛び出した。


「な、なんだ今の?」

「どこ行った?」

「い、犬に……見えたけど?」

「まさか、酔ってんのかお前」


 騒然とした様子の店内からは、そんな声が聞こえている。

 とにかくここから離れよう。ロキはフェンの首根っこを掴み、隠れるように身を屈め、そそくさと暗い路地を進んだ。

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