ヨトの巨人族

第24話









 銅貨五枚がいくらほどの価値かと言うと、宿屋に泊まれば二日でなくなり、食事も贅沢をすれば五日ともたない。馬なんて買えるわけもない。


「だよな、二人旅ってことは、食事も宿代も倍だ」

 

 ついさっきまで、妙案浮かんではしゃいでいたロキだったが、一転、今は深いため息をついている。

 街の大衆食堂は多くの人でごった返していた。

 六人ほどが座れる長テーブルがぎゅうぎゅうに並べられた店内で、どうにか空いている席を見つけ、ロキとフェンは向かい合って座っていた。

 フェンは今、人の姿をしている。

 狼の姿のフェンはデカくて目立ってしまう。そのまま入ればどこの店の店主も眉間に皺をよせた。だから、人の姿になるようにとロキはフェンに言いつけたのだ。

 もちろん、人の姿のフェンを裸で歩かせるわけにはいかない。そこで、ロキはフェンに、あの林の小屋から着替え用にと余分に頂戴した衣服を当てがった。

 しかし、残念ながら下履きは丈が足りずに、シャツの身幅もフェンにはキツそうだ。ボタンは上まで閉まらずに、だから今も隆々としたフェンの胸板がシャツの隙間からのぞいている。それを見せつけているとでも勘違いしたのか、先ほど道中すれ違ったこの街の娘たちは、皆うっとりとした様子でフェンのことを振り返っていた。狼だろうが人だろうが、フェンはどちらにしろ目立つようだ。

 確かにフェンの顔立ちは精悍で美しく、引き締まった体つきも揺れる白髪もどこか神秘的で見入ってしまう気持ちもわかる。

 しかし、今ロキの目の前にいるフェンの、この姿をみてあの娘たちはどう思うか……


「こら、フェン! その姿の時は犬食いするな! ちゃんとフォークを使うんだ!」


 ガヤガヤと煩い食堂で、ロキは目の前のフェンに聞こえるようにと身を乗り出して大声で言った。

 今まさに、ローストチキンに顔を近づけ齧りつこうとしていたフェンの顎をロキが掴んで持ち上げると、フェンはきょとんとした目つきでロキのことを見上げた。

 

「ほら、身をほぐしてやるから」


 ロキはフェンにフォークを手渡すと、自らもナイフとフォークを握りフェンの前に出されていたチキンの身を、ガシガシと骨から外してやった。

 爺はロキを厳しく躾けたりはしなかったし、ロキもきちんとしたテーブルマナーなど知りもしない。しかし、さすがに犬食いが行儀が悪いことくらいはわかる。きっとそんな姿を見れば、娘たちの百年の恋も冷めるだろう。

 フェンはフォークを握りしめて、じっとロキの手元を見つめていた。その姿は、「待て」を言いつけられた犬のようだ。

 

「よし、できたぞ、フォークでこうやって刺してたべるんだ」


 ロキはフェンの前で握ったフォークを肉に突き刺す素振りを見せた。

 フェンは理解したのか、ロキの動きを真似てフォークを肉に突き刺し、恐る恐る口に運んでいる。フォークの先端が口に刺さりそうで怖いのか、首を変な角度に傾けていた。

 なんともぎこちない食い方だが、まあいいか、とロキは自分の前の皿のチキンを切り分けた。


「なあ、フェン、お前人の言葉はわかるんだよな?」


 考えてみれば丸一日ぶりのまともな食事を噛み締めながら、ロキは正面のフェンに問いかけた。

 フェンはきちんとロキの言いつけを守りフォークでもそもそとチキンを食べている。食べにくそうだが、味は気に入ったらしく、美味いとでも言いたげに唇を尖らせていた。


「おーい、フェン、聞いてんのか?」


 チキンに夢中のフェンの目の前でロキがヒラヒラと手を振ると、フェンはようやく顔をあげた。


「わかるのか? おれの、いってること」


 一音ずつ区切りながらはっきりと、ロキは言った。

 フェンはその言葉に、コクリと頷いている。


「んっと、じゃあ、喋れんの?」


 そう問うと、フェンは頷くでも否定するでもなくぱちぱちと二度瞬きをした。


「鳴き方変だったしな、喋るのは苦手なのか?」


 ロキの問いにフェンは首を傾げている。


「んーと、俺の名前、ロキな? 言ってみ? ロキ、ローキ」


 ロキが口を大きく開けて母音の形を作って見せると、フェンはその様をじっと黙って見つめていた。

 しばらく待ったが、何も言わないままだ。

 やがて、ぷいと皿に目を落としたフェンはまたフォークでチキンを突き刺し、あーんと口を開けた。


「こら、言ってみろ」


 ロキはその動きを阻止するように、持ち上げようとしていたフォークを握るフェンの手を押さえた。


「ロキだって、ロ、キ」


 もう一度、ロキは口を大きく開けてそう言った。

 それを不思議そうに見つめていたフェンが、やっとその意図を理解したようだ。


「ロ……キ?」

「おお、言えるじゃないか!」


 声音はフェンの見た目通りで、少し低く艶があるが、どこか舌足らずな様子がなんとも珍妙だ。


「おまえ、普通に喋れるのか?」

「喋れる」

「おお!」


 ロキは感嘆した。

 言葉の意味は理解している様子はあったが、ずっと黙っているから、ロキはてっきりフェンが喋れないのだと思っていたのだ。

 しかし、どうやらまともに意思の疎通ができるらしい。これについては嬉しい誤算だ。


「もう、いい? 食べて」


 フェンがじっとチキンを見つめながら言うので、ロキは「どうぞ」と、フォークを握るフェンの手を離した。



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