第6話

 ロキは多少文字が読めるし、慣れれば爺の仕事を引き継げなくはない気がしている。しかし、爺はロキに外界との繋がりを一切持たせてくれなかったため、いったい爺がどこで仕事を受けているのか、ロキは知らないのだ。爺は時々、ロキを置いて早朝から夜中近くまで出かけることがあったので、おそらくその間に移動できる距離でのやり取りのはずだが、それ以外はわからなかった。

 「どうしたものか」と、ロキは深いため息をついた。


「ロキ……」


 耳元で、穏やかで優しい声がした。いつも一緒にいるはずなのに、ひどく懐かしいような響きだ。


「じいちゃん? ……どうした? 戻ったの?」


 ロキはシーツに手を置いて上体を起き上がらせた。爺は枕に頭を乗せたままだったが、目は開いている。


「ロキ」

「なぁに? じいちゃん、いるよ?」

「ご飯は……食べたのか?」


 爺の言葉は少し虚ろで、でもその目ははっきりとロキを見ていた。


「うん、食べたよ」


 ロキは微笑むと、またゆっくりと自分の体を横たえた。


「一緒に食べなきゃだめだ。食事は一緒にしないと」

「そうだね、じいちゃん……明日の朝も一緒に食べよう」


 そう言いながら爺の肩に額を寄せた。ロキの髪を、シワだらけの手のひらが、辿々しく撫でている。


「ロキ……立ち行かなくなったら……」

「えっ?」


 言葉が急に明確な意思を宿した気がして、ロキは頭を持ち上げた。爺の瞳に先ほどよりも力があった。それがまた真っ直ぐにロキを見ている。


「どうしても、ダメだったら、ウテナの占いを頼って」

「え? う、占い? ウテナ?」

「あーそう、占い……うん、占いの……占いババア」

「えっ、ちょ、じいちゃん何言ってんの? からかってる?」


 ロキは半分笑いながら、爺に問い返した。爺はまるでここに留まることが辛いみたいに、浅く息をしている。その存在が遠のいていくような気がして、ロキは爺の肩に手をおいた。

 その夜は風のない静かな夜だった。

だからなのか、小屋に近づく複数の足音がザリザリと砂を踏む音が、やたらと気味悪く聞こえたのだ。

 ロキはベッドの上で起き上がり、小屋の入り口を振り返った。雨垂れや砂埃で汚れた磨りガラスの窓に、ゆらゆらと松明の火が映っている。


ーードンドンドンドンドンッ!


 ロキが床に足をついたのと、戸が激しく叩かれたのはほとんど同時だった。

 その音に応えようと、ゆっくりと立ち上がったロキの腕を爺が掴んだ。驚いて振り返ると、爺はいつのまにか体を起こして、意思があるとも無いともつかない視線を叩かれた戸に向けている。


「鴉だ」

「え?」


 ロキは爺の言葉に眉を寄せた。


「鴉と狼に近づくな」


 そう言った爺は殆ど無表情のままだ。しかし、戸に向けた瞳はゆらゆらと揺れ動いている。


「じいちゃん、どうした?」


 ロキは爺の手を優しく解いて、その肩に手を置き顔を覗き込んだ。


「鴉と狼はオーディンの遣いだ。オーディンに会うな。会ってはいけない。絶対に」

「オーディンって……あの……?」


ーードンドンドンドンドンッ!


 また戸を叩く大きな音に、ロキはびくりと体を揺らした。




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