八年分の想いを込めて
「さて、と……」
暗闇に包まれた訓練場の真ん中で屈伸をし、ジェフリーは顔を上げると。
「準備はいいか」
重厚な片刃の剣を
その瞳に、一切の
それはまるで、赤眼の魔獣に向けられるかのように冷たく、何の感情もこもっていなかった。
……いや、むしろ脅威である赤眼の魔獣を
だが。
「もちろんです。ジェフさんこそ、覚悟してくださいね」
その程度でエマが引き下がるはずがない。
この時のために……ジェフリーの隣に立つために、彼女もまた八年の間で赤眼の魔獣を
それは、ジェフに向けた金属製の巨大なメイスが物語っていた。
この、数々の戦いにおいて鍛え上げられ多くの勲章を刻み付けた、彼女の得物が。
「では、行くぞ」
試合開始の合図を静かに告げ、ジェフリーは構える。
王都で青鱗の魔獣と対峙した時とは比べ物にならないほどの絶望を、エマへと向けて。
それでも。
「ふっ!」
エマはメイスを振り上げ、果敢に挑む。
その一撃に、これまでの想いの全てを込めて。
(っ! 速い!)
エマの強烈な踏み込みと振り下されたメイスを
青鱗の魔獣など足元にも及ばないほどの攻撃の切れと、一瞬にして間合いを詰める動き。二十八年間で手合わせをしてきた
それは、八年前のあの時よりもずっと。
「まだまだッッッ!」
メイスを振り上げ、エマが追撃の一打を放つ。
紙一重で
エマの得物が重く巨大であるからこそ、その一撃の威力は計り知れないものの、次の攻撃に移るまでに隙ができる。
「っ!?」
「惜しい!」
ジェフリーが次の行動に移す前に、エマの強烈な蹴りが襲いかかった。
さらに。
「やああああああああああッッッ!」
「うおっ!?」
続けざまに来る、メイスによる連続攻撃。
そう……エマはメイスの重量を最大限に活かし、振り下した遠心力によって加速された蹴りを放つとともに、その動作から次の攻撃へと移行させることにより、隙を一切排除したのだ。
しかも。
(攻撃が止まらない……っ)
遠心力と体捌きによってエマの攻撃は無限に続く。
隙を突こうにも、間隔はほんの僅かしかない。下手に手を出せば、それこそメイスあるいはエマの蹴りの餌食になるだろう。
彼女の『撲殺の堕天使』という、かつての二つ名のとおりに。
(持久戦に持ち込むか? ……いや、それすらも想定済みだろうな)
その証拠に、エマに息切れを起こす様子は全く見受けられない。
ジェフリーに一撃を与えるまで、彼女が止まることはないだろう。
ほんの少しでもジェフリーがエマの攻撃に触れれば、一瞬で吹き飛ばされることは間違いない。
何せ、これまでのジェフリーの教え子達や対峙した敵と比較しても、エマの
赤眼の魔獣も……あの鋼鉄を幾重にも重ねた弓を軽々と操るアリス=ウェイクすらも、足元にも及ばないほどの怪力。
たとえジェフリーでも、彼女の攻撃を正面から受け止めることはできない。
このままではジリ貧。
エマの勝利が、目前に迫る。
だというのに。
「ははっ」
ジェフリーは、確かに笑った。
追い込まれているのは間違いなくジェフリー。それでも、彼は嬉しかったのだ。
この八年間、己を磨き続けこれほどまでの強さを身に着けた、エマの努力の結晶が素晴らしくて。
エマ=ヘイストは、今は冒険者でも、ましてやジェフリーの教え子でもない。
それでも、彼にとってエマと過ごした八年間は何物にも代えがたい特別な時間だった。
教え子達との時間と同じように、それは彼の中で輝き続けている。
だけど。
「っ!?」
永遠に続くエマの連撃を縫い、ジェフリーは彼女に肉薄した。
まるで水が流れるがごとく、ぴたり、と
それに合わせ、ジェフリーが素早い体の入れ替えによって
「そこッッッ!」
待ち構えていたかのように、エマは遠心力を活かして後ろ回し蹴りをジェフリー目がけて繰り出す。
狙いすました一撃は、ジェフリーの顔面を
「悪いがそれは、
「では、これはどうです?」
口の端を持ち上げたエマは蹴り足を地面に勢いよく叩きつけ、低い姿勢から飛び上がるようにメイスでかち上げる。
何回もの連続攻撃により極限まで加速した遠心力、そして全体重を乗せた一撃は、今度こそジェフリーに鉄槌を下す。
それでも。
「悪いな。それもまた……」
「……
メイスによる渾身の一打に全神経を集中していたことにより、無防備となった足を払われて体勢を崩したエマは、ジェフリーによって地面に組み伏せられた。
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