思わぬ来訪者

「ジェフさん! 一か月半も不在だったんですから、その分きっちり働いてもらいますからね!」

「おうふ……」


 青鱗の魔獣を討伐してギルラントに帰ってきて早々。

 ジェフリーはギルド職員であり同僚でもあるエマに、休む暇も与えられずに馬車馬のように働かされていた。


 しかも、教官であるジェフリーの本来の仕事は、新人冒険者達の指導を行うこと。だというのに何故か、冒険者達が討伐して持ち込んだ魔獣の部位の鑑定や解体作業をさせられている。


 一か月半も不在にしてしわ寄せがきたせいなのか、お土産を買い忘れたからなのか、それとも他にも理由があるのか、単に虫の居所が悪いのか、理由はよく分からない。

 ジェフリーが帰ってきてからというもの、エマはすこぶる不機嫌なのだ。


 ギルド長のヘンリーは巻き込まれてなるものかと、『うへえ』といういつもの言葉を残し、自分の部屋に引きこもって一切姿を見せない。


「いやあ。先生が帰ってきてくれて、本当によかったよなあ……」

「先生がいない間、俺達生きた心地がしなかった」


 新人冒険者のフィルとエリオットが、顔を見合わせ、うんうん、と頷き合っている。

 二人の言葉でお土産を買ってこなかったことが不機嫌の理由でないと分かり、とりあえず胸を撫で下ろすジェフリー。


 そもそも、たとえお金が余っていたとしても、逃げるようにして王都から帰ってきたため、お土産を買う余裕などなかったのだが。


(それにしても、なんだってエマはこんなに不機嫌なんだよ……)


 ジェフリーはこれまでも一か月以上不在にすることがあり、こういったことはなにも珍しいことではない。

 その度にエマには留守を頼むことになり心苦しいと思うことはあったが、エマはいつも笑顔でジェフリーを送り出し、彼が帰ってくると笑顔で迎えた。


 だが、今回は違う。

 明らかに彼女は怒っている。


(と、とにかく、今日の仕事が終わったら機嫌を取るしかない……!)


 エマが怒っている原因や理由は分からないが、少なくともジェフリーに対して思うところがあるということ。

 ただでさえ色々とエマにおんぶに抱っこの状況なので、早々に彼女に機嫌を直してもらい、いつもの日常を取り戻さないと。


 ジェフリーはそう堅く決意し、一心不乱に魔獣の鑑定と解体作業を行い、エマに『サボらず一生懸命仕事してます』とアピールをした。


 ◇


「……それで、王都ではどうだったんですか?」


 仕事を終え、ジェフリーはしかめっ面のエマを連れてギルラントにある食堂『木漏れ日亭』へやって来くると、早速詰問される。

 ただ、やはり彼女は王都へ魔獣討伐に行ったことが気に食わなかったようだ。


 だが渋々とはいえ、ジェフリーの意を汲んで送り出してくれたのはエマ。本来はこうやって責められる筋合いはないのだが、そんなことを口にするわけにはいかない。


「い、いやあ、なかなか大変だったよ。……主に金銭面が」


 ジェフリーは王都での出来事の全てについて、包み隠さず報告した。

 王都に着くなり元教え子のクローディアが出迎えてくれたこと。王都の物価が高すぎて住む場所に困っていたところでアリスと再会し、王都のギルドの一室を間借りできたこと。クローディアの部下であるコンラッドに決闘を挑まれたこと。


そして……青鱗の魔獣を討伐したこと。


「……悪い予感は的中するもんだな。やはり魔獣は、あの・・赤眼の魔獣だった」


 一通りの説明を終え、ジェフリーはおずおずとエマの様子をうかがう。

 反応を見て、何が原因なのか探るつもりなのだが。


「…………………………」


 エマはうつむき険しい表情をしたまま、何か思案しているようだ。

 これではジェフリーの王都での行動に怒っているのか、それとも、赤眼の魔獣の出現について思うところがあるのか、判断がつかない。ジェフリーとしては、死刑宣告を受ける前の囚人の気分である。


「……どう考えてもおかしいですよ、そんなの」


 ようやくエマが顔を上げ、口を開く。

 どうやら後者だったようで、ジェフリーは密かに胸を撫で下ろす。


「ここから王都までは二百キロ以上も離れているんです。それに、仮に海に出てからアイシス川を上ったのだとしても、そもそもどうやって海まで? 淡水である川ならともかく、赤眼の魔獣は海を泳ぐことができるんですか?」


 エマの指摘はもっともだ。

 まず、大前提として赤眼の魔獣は禁忌の森にしか棲息していない。


 そして彼女が言うように、ここから王都ロンディニアまではかなりの距離があり、陸上を移動したのならあれほどの巨体の魔獣の目撃がなかったなど、考えられない。

 仮に海に出てそこからアイシス川を上ったのだとしても、どうやって海までたどりつくのか、海水で棲息することは可能なのかなど、疑問が尽きない。


「……そのあたりは、早速明日にでも調べに行こうと思ってるよ」

「そうですか……でも、気をつけてくださいね」


 先程までの不機嫌な表情や険しい表情とは打って変わり、エマは心から心配そうな表情でジェフリーを見る。

 このギルラントにおいて、本当の意味で彼のことを知る数少ない仲間・・。ジェフリーは心の中でエマに感謝する……のだが。


「まあ、その話はとりあえず置いといて」

「っ!?」

「クローディアさんとアリスさんの話、じっくり聞かせてもらいましょうか。あ、もちろん、ここの代金は全部ジェフリーさん持ちで」

「おうふ」


 それからジェフリーは日付が変わるまでエマに詰め寄られ、王都で散財してかろうじて残っていたなけなしの金も、全て使い果たすことになった。


 そして。


「おはようございます、ジェフリー殿」

「なんでいるの!?」


 次の日の朝、ジェフリーがギルドに出勤すると、何故かクローディアの秘書カイラがいた。


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