待ち伏せ
「わしは負けとらん! 負けとらんぞ! ……じゃが、少しはできることだけは認めてやるわい」
「は、はは……」
クローディアによって主催された、参謀本部と第二軍団だけの祝勝会。
既にできあがっているコンラッドに絡まれ、ジェフリーは乾いた笑みを浮かべる。
青鱗の魔獣との戦いで怪我を負ったはずなのに、コンラッドはどうしてこんなにも元気なのだろうか。頼むから大人しくベッドで寝ていてほしいと、ジェフリーは思った。
「フッフッフ、どうだ皆の者! 先生のご活躍によって魔獣は討伐され、王都の治安は保たれた! もはや誰も文句はあるまい!」
「「「「「お、おー……」」」」」
酒に酔っているせいか、クローディアはしきりにジェフリーを褒めちぎり、兵士達は微妙な相槌を打つ。
さすがに祝勝会が始まってからこれで八回目ともなると、兵士達の目は死んだ魚のように濁っていた。
そんな中。
「……ん。やっぱりここの料理は最高なの」
テーブルに所狭しと並べられている料理の数々を、黙々と口の中に放り込むアリス。
彼女の口振りから察するに、クローディアが祝勝会の会場に選んだこの店の常連のようだ。
ただ。
(俺の安月給じゃ、絶対に来れないんだよなあ……)
ジェフリーも料理のあまりの美味しさに店員に値段を尋ねたところ、ギルラントの食堂とは五倍の値段の開きがあった。
やはり王都は辺境の田舎街とは違う。ジェフリーはこんな飲み会の席でもそのことを痛感させられる。
「……大丈夫なの。先生が王都のギルドに転属すれば、お給料も増えるから」
「おうふ……」
ジェフリーの懐事情など既にお見通しのようで、アリスはそんなことを耳元でささやく。
給料が三倍というのは非常に魅力的であり、ジェフリーの心は揺れに揺れた。
「そ、そうです! むしろ先生には冒険者ギルドよりも、もっと相応しい場所があります! 地位も、名誉も、財産も、全て思いのままです!」
「い、いや、それはないから」
「あるんです!」
「うおおおお!?」
どうやら酔っ払っているらしく、耳聡く二人の会話を聞いていたクローディアが詰め寄る。
すっかり誰よりも綺麗な大人の女性になったクローディアの顔が至近距離にあり、ジェフリーは恥ずかしいやら照れくさいやらで、大して酒を飲んでいないのに顔を真っ赤にしてしどろもどろになった。
「ん? なんじゃなんじゃ、我等がクローディア殿下の教官だというのに、
「う……」
その後も宴は続く中、ジェフリーはコンラッドをはじめとした兵士全員から
◇
「……これでよし、と」
祝勝会も終わり、部屋に帰ってきたジェフリーは旅の支度を整える。
クローディアの依頼……青鱗の魔獣討伐を果たした今、もう王都に用はない。
「せめて二人には、別れの挨拶くらいしておきたかったが……」
祝勝会でのクローディアとアリスの口振りや態度から、何としても王都に留まらせようとしていることは見え見えだった。
もし明日の朝にギルラントに帰ることを告げれば、きっとあの二人はジェフリーを引き留めようと色々と画策するに違いない。
それにジェフリー自身、王都に来てからの二週間は楽しかった。
二人に会ってしまえば、別れがつらくなることも目に見えている。
ただ。
「ハア……きっとあの二人、明日の朝は怒り狂ってるだろうなあ……」
ジェフリーを尊敬し慕っている二人だが、王族ということもあって実はクローディアは
ここ王都の冒険者ギルドが阿鼻叫喚になることを想像し、思わず両手で顔を覆った。
「ひょっとしたら俺、王都のギルドから出禁を食らうかも」
そんなことを呟くと、ジェフリーは荷物を抱え部屋を出る。
職員には昼間に退去することを伝え、鍵も返却済み。その時の職員の嬉しそうな顔は、今もジェフリーの貧弱な心を少なからず
「あ、いけね。ギルドへのお土産を買い忘れた」
などと白々しく言ってみるが、手持ちが少なすぎてお土産を買う余裕がなかったというのが本音である。
エマに怒られ嫌味を言われることを覚悟しつつ、ジェフリーは大通りを歩いて王都の城門を目指す。
すると。
「お待ちしておりました、先生」
「げ……」
現れたのは、元教え子であり王国軍参謀長のクローディア。
ジェフリーを待ち構えるかのように城門前で仁王立ちする彼女は、先程の祝勝会で酔い潰れていたはずなのに、とてもそのようには見えなかった。
それに、彼女の右手にある、身長と同じだけの長さの長剣。
教え子時代から愛用していたものと同じ……いや、よく見ると柄や
また、気づいたのだが彼女の後ろには左頬をこれでもか腫らしたノーマンが控えていた。
その様子から察するに、青鱗の魔獣討伐の独断専行を咎められ、クローディアに鉄拳制裁を受けたといったところだろう。
(うわあ……ご愁傷様だな)
辺境の街で人手不足ということもあり、ギルラントの冒険者ギルドでは職員が働きやすい職場を目指し、様々な研修が行われている。
その中の一つにハラスメント防止というものがあり、暴力や暴言、いじめ、性的な嫌がらせをしてはならないという、考えたら当たり前の規則が存在する。
いくらこの国の姫君であり上司とはいえ、さすがにこれはハラスメント……いや、下手をすればそれ以上の行為だと思わなくもないが、軍隊という組織の性質上、ある程度はやむを得ないのかとも思ってしまうジェフリー。
いずれにせよ、自分はそういうことはしないでおこうと、心の中で強く誓った。
「は、はは……ひょっとして、見送りに来てくれたのか?」
「そうですね。……ただし、私に勝利した場合は、ですが」
そう言うと、クローディアは鞘から剣を抜いた。
まさかとは思うが、ここで剣を交えるつもりだろうか。
「ど、どうしたんだよ、一体……」
「先生はご存知ないのです。ご自身がどれだけ素晴らしい御方なのか。その実力も、人徳も」
真剣な表情で告げるクローディア。
基本的に彼女は、冗談を言わない。その紅い唇から紡がれるのは、本心のみ。
そんな彼女の本質を知っているからこそ、ジェフリーは思わず照れてしまう。
「先生……お願いがあります。私が先生に勝利したあかつきには、どうかこの王都で、その力を存分に振るってください。そのために必要なものは、この私が全てご用意いたします。だから……」
「…………………………」
クローディアの懇願にも似た要求に、ジェフリーは口を
彼女の想いは理解したが、残念ながらそれを受け入れることはできない。
「先生」
「……分かった。だが俺が勝ったら、すまないがここを通してくれ」
「はい」
想いに応え、ジェフリーは剣を抜く。
深夜の王都の城門周辺には、誰もいない。本来いるはずの警備兵すらも。
きっとこのために、クローディアが人払いをさせたのだろう。用意周到なことだと、ジェフリーは苦笑した。
夜空に浮かぶ下弦の月が二人の剣を照らし、地面に影を落とす。
そして。
「では……参るッッッ!」
叫びにも似た言葉を合図に、クローディアは力強く地面を蹴った。
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