第38話

「辰馬さんがどうにかうちの面子守れたってほっとしてたねぇ」


久しぶりの真緒、伊夜、揃っての日勤で、これまた久しぶりに食堂で出来立てのほかほかご飯にありつけて、ただでさえ空腹の胃が、早く飯をよこせとグーグー五月蠅く鳴っている。


地味で目立たない観測部門が、現場に残された地象データと呪符から、同一の禍つものの痕跡を辿って、山間の地方都市の寺院を見つけ出してから三日。


何代も前の呪詛師が残したとされる呪符が供養されている寺院を捜査員が訪ねたことで、寺院に多額の寄付をしているペーパーカンパニーの存在が明らかになり、密売組織につながるシンジケートを捜査員たちが虱潰しに当たっている。


当然、いわくつきと言われる場所に向かうのは、養成機関アカデミーの陰陽師だ。


弟の明正も駆り出されることになったらしく、珍しく出張前にフロアに顔を見せに来た。


僕が不在の間、くれぐれもお義兄さんに迷惑をかけないように!と何度も言われたのは辟易したけれど、明正の顔を見られるのはやっぱり嬉しい。


「うんうん。ほんとに寝ずの番状態で頑張ってたもんね」


肩身の狭い思いをしがちな地味部門の責任者は、温厚でちょっと気弱だ。


強面の刑事が集まる会議の場ではいつも置物のように固まっている。


そんな辰馬の顔を立てることが出来て嬉しい。


後は一日も早くかどわかされたオメガたちが保護されるのを祈るばかりだ。


保護された時点で、無事とは限らないけれど。


「あーひっさびさの誰かのご飯だー。嬉しいなぁ」


「真緒、コンビニ飯ばっか食べてたんでしょ?」


「そういう伊夜は?」


「私も似たようなもんよ。昨日なんて疲れ切ってて冷凍ご飯に卵のっけた」


「TKGはてっぱんよね…あれ?」


エビチリ定食のトレーを手に、空いているテーブルを探していたら、同じようにトレーを手に空席を探している女性の姿が見えた。


「あの子…広橋さん、じゃなくて碓井さんだ。呼ぶ?」


「うん。呼んであげようよ。いつにもまして男性率高いし」


捜査が進展したことで、こちらに回される刑事の数が一気に増えたおかげで、食堂のほとんどはスーツ姿の男性で埋め尽くされている。


腹が減っては戦はできぬとばかりに、豪快に定食をかきこんでいく捜査員たちの勢いはすごい。


元々養成機関アカデミーの食堂は栄養バランスもばっちりでそのうえおいしいと人気なので、コンビニ飯に飽きた捜査員たちは次々とここにやってくるのだ。


真緒と伊夜のように二人連れならともかく、女性一人は席が探しにくいのだろう。


「おーい、碓井さーん!」


伊夜の呼びかけに、食堂の端っこで立ち往生していた碓井明日香がぱっとこちらを見た。


「あっ、お疲れ様です!」


「良かったら、ご一緒しない?」


「いいんですか!?」


「もちろんでーす。おいでおいで!」


快くうなづけば、明日香が嬉しそうにこちらに歩いてくる。


管理部門の支援サポートを担当している明日香は、3か月前に養成機関アカデミーで働き始めたばかりだ。


養成機関アカデミーでは、女性比率のほうが少ないので、部署が違っても同性同士何となく連帯感が生まれる。


その中でも、碓井明日香はとくに訳アリなので、他部署含めて彼女を知らないものはいない。


まるで、昔の真緒のようである。


「すみません、お邪魔しちゃって。男の人ばっかりで気後れしてたんで助かりました」


運よく数名の刑事たちが席を立ったテーブルを見つけることが出来て、三人そろって腰を下ろす。


「だよねぇ。わかるよ。うちらもよ」


異性の目線をむしろ武器に変えてしまう美人が何を言っているのか。


いまも伊夜の美貌に惹かれてこちらを見てくる刑事たちに意味深な流し目を向けている同僚兼親友に正確にツッコミをいれておく。


「伊夜に限ってそれはない。なんか、雰囲気いつもと違うしねぇ。碓井さん、お仕事慣れた?支援サポートってどんな感じ?」


「あ、はい。ちょっと慣れましたー。でも、入ってくる申請の種類が多すぎて、しょっちゅう発注先間違えそうになります」


いまはコード表とにらめっこです、と明日香が苦笑いをこぼす。


「最初はねぇ…みんなそうよ。うちらもどんだけエラーメッセージに泣かされたことか」


「ベテランの依頼だと、お香ひと箱で何万円もするとかって聞いたけど」


「あ、そうみたいです!数珠用の天然石のランクも様々で、中には何十万円もするのもあったり」


「知ってはいたけど、ほんとすごい世界よねぇ」


「ほんとにね…ちょっと手で触れただけでご利益云々で桁が跳ね上がるんだから怖い世界よ」


幼い頃を思い出して呟いた真緒に、伊夜と明日香が微妙な表情で顔を見合わせた。


しまった。気を使わせてしまった。


「そ、それより、碓井さんのご主人、そろそろこっちに戻ってこれるの?」


適当な話題が見つからずに、口をついて出たのがそれだった。


彼女は、真緒の結婚の直前に広橋家から碓井家に嫁いだのだ。


いわくつきの事件が起これば初動捜査で呼びつけられる年中無休の境界管理チームの碓井惺うすいせいは、実力もさることながら、仕事同様に女性関係も一所に落ち着かないことで有名だった。


そんな彼が、当時業界内で危うい立場にあった広橋の末端から妻を娶ったことで、一時はその話題で持ち切りだったのだ。


違うけれどどこか似ている明日香と自分の境遇に、あの頃の真緒は複雑な気分になったものだった。


婚姻直後から全国各地を飛び回っている碓井が、養成機関アカデミーに戻ってくることは滅多にない。


少し前の真緒ならば、それはそれで気が楽でしょうと思えていたが、龍詠の気持ちを知った今は、一人残された明日香が寂しい思いをしていないかが気になってしまう。


こうして同僚になった今なら尚更だ。


西園寺、幸徳井、勘解由小路、倉橋など、陰陽寮の礎を築いてきた始祖血統ハイブリッドと呼ばれる主要派閥に連なる碓井に嫁いだ明日香が、急に養成機関アカデミーで働き始めたことも驚きだった。


万年人手不足な業界なので、働き手はいくらあっても構わないのだが。


西園寺ほど手広くはないが、碓井の財力を考えれば新妻は三食昼寝付きでゴロゴロし放題のはずなのに。


「さぁ?わからないんです。守秘義務があるから私も深くは聞いていなくて、まあ、住む場所が変わっただけって感じなのでとくに不便はしてませんね。こうして仕事お手に入れたし」


「わー…その感覚身に覚えがありすぎるわ」


「え、そうなんですか!?ご主人が奥さんに会いにしょっちゅうフロアに顔を出してるってうちでも話題になってましたけど」


「…っ」


「そうなのよー。ずーっと奥さんのお尻追いかけてるのよー」


「ちょっ伊夜、言い方!」


「わーまさに新婚夫婦って感じですねー。私には無縁ですけど」


エビチリを頬張る明日香のあっけらかんとした言い方に、思わず真緒と伊夜は顔を見合わせた。

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