第45話 星川胡桃の過去 前編
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今日もダンススタジオであたしは練習に励んでいた。壁一面の鏡に映る自分の姿を見ながら、一つ一つの動作を丁寧に確認する。
もっと……、もっと頑張らなきゃ……と自分に言い聞かせながら、ステップを踏み、どうすれば自分の中にある理想に近づけるか考える。
ダンスの動き一つ一つに、もっと自分らしさを込められるように、そしてステージ上での表現力を高められるように、ダンスの動作に意味を持たせていく。
あたしが練習に夢中になっていると、激しくステップを踏んでいる際に、急に足を捻ってしまった。
「あっ!」
と小さな声を漏らしながら、あたしはその場にうずくまった。
痛みがじわじわと広がり、すぐにダンスを続けることは無理だと悟った。トレーナーさんが応急処置をしてくれた後、しばらく休憩することになった。
あたしはスタジオの隅に体育座りで座り、アイシングパックを足に当てながら、ふと思いを巡らせた。奏ちゃんはいつもキラキラと輝いていて、自然と人を惹きつけるオーラがある。一方のあたしは、どれだけ努力しても、彼女のような輝きにはまだまだ及ばない。
振り返れば、あたしたちの差はデビュー当初から徐々に開いていったように思う。 奏ちゃんはすぐに注目を浴び、多くのファンを獲得していった。それに比べ、あたしは少しずつ、確実にスキルを磨いてきたけれど、なかなかその努力が認められることはなかった。いつからいつからこんなにも差がついてしまったのだろうか。
気づけばあたしは、ぼんやりと過去を振り返っていた。
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小さい頃のあたしは、家のリビングでよくアイドルの真似事をしていた。そんなある日、パパが仕事から帰ってきて、あたしがアイドルごっこをしているところを見た。
「胡桃は今日も可愛いね! 流石はパパの子だ!」
パパがそう言ってくれたとき、あたしはとても嬉しかった。パパはいつも忙しくてなかなか家にいないけれど、あたしのパフォーマンスを見て、目を輝かせてくれた。 その言葉が、後のあたしがアイドルを目指す大きな理由の一つになったんだと思う。
アイドルのオーディションに合格した日のことは今でも鮮明に思い出すことが出来る。
「エントリナンバー17番、星川胡桃」
「は、はい!」
名前を呼ばれたあの日、あたしを含めた三人がルミナススターズの二期生として加入することが決まった。
その日、お母さんに電話したらお祝いをしてくれた。そして、面と向かって最初に祝ってくれたのはプロデューサーのミカさんだった。
「おめでとう、胡桃ちゃん、奏ちゃん、栞ちゃん。これからは3人で一緒に頑張ろうね!」
合格したのはあたしと白崎奏ちゃん、椎名栞ちゃんだった。
「同期だからこそ、互いに励まし合って頑張ろうね」
ミカさんはそう言って、あたしたち一人一人の目を見て力強く言葉をかけてくれた。
彼女の言葉に、あたしは心から勇気づけられ、同時に少しの不安も感じていた。奏や栞もきっと同じ気持ちだと思う。
「明日からは本格的なアイドル活動がスタートするし、準備をして備えてね」
「はい!」
ミカさんはそう付け加えると、その場から颯爽と去っていった。
彼女がスタジオから去った後、あたしたちは三人だけの空間に残された。緊張が解けたのか、奏ちゃんと栞ちゃんは何だかお互いに視線を交わしながらもドギマギしていて、その二人の姿がなんとも可愛らしかった。
にしても……奏ちゃんは近くで見ると改めて整った顔立ちだと思う。
珍しい白銀色の髪の毛に、目を奪われるような水色の瞳。肌も真っ白だ。
控えめに言って、滅茶苦茶可愛いんですけど!?
何この美少女、取り敢えずあたしと友達になって欲しい……。
そして、隣の椎名栞ちゃん。
茶髪セミロングでフワフワした雰囲気の女の子だ。確か歳は上だったと思うけど、何か母性本能をくすぐるというか守りたくなる女の子だ。
個人的に顔がかなりタイプだ。
あたしが男だったら確実に好きになっていた自信がある。
二人を見て気付いたことがあるんだけど、あたしの同期、顔が良すぎない!?
これからアイドルになるのだから当たり前といえばそうだけど、、二人はアイドルの中でも上澄みの美少女だと思う。
こんな可愛い女の子を間近で見られるなんて役得だな~なんてあたしが思っていると、奏ちゃんがこんな事を言い出した。
「あの、さっきからジロジロ見て何なんですか」
「え、いや可愛いから見惚れてただけで……」
警戒心丸出しで言われてしまったので、あたしは咄嗟にそう返した。
まるで変質者を見る目だったので、流石に焦る。ちょっとガン見し過ぎたかも。
「はぁ……そうですか」
奏ちゃんは呆れたように呟いて、指で髪の毛をクルクルと弄った。
あたしは彼女が少し頬を赤くしている事に気づいてしまった。
「もしかして、照れてる?」
「は? 照れてないですけど?」
「え~、あたしの気のせいかな~」
「気のせいだよ。顔の良い女の子に急に可愛いって言われて動揺しただけだもん」
やっぱり照れているのでは?
何かツンツンしているけど、そこがまた可愛いと思ってしまう。
てか、奏ちゃんにサラッと顔の良い女の子って言われたの嬉しいかも。
「折角ですし、この後三人でご飯にでも行きませんか?」
「あっ、行きたいかも!」
栞ちゃんがそう提案してくれたので、あたしは乗っかることにした。
奏ちゃんもソワソワしながらも行くと言ってくれたので、あたしたちは移動することにした。
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あたしたちは約束通り、そのまま一緒にご飯を食べに行った。カジュアルなレストランで様々な会話で盛り上がった。話題は趣味や好きな音楽から、家族のことまで広がっていった。
そんな中、奏が自分の家族について話し始めた時、彼女がクウォーターであることが判明した。
奏ちゃんの真っ白な肌と、どことなくエキゾチックな魅力が彼女のクウォーターの血だと判明して腑に落ちた瞬間だった。
更に栞ちゃんは、今年大学に入学したばかりで、聞いたことのある名門校だったので頭も良いらしい。父親は外交官らしく、家にはグランドピアノがあると言っていたので、本物のお嬢様とのことだった。
「じゃあ胡桃ちゃんのご両親はどんな方なんですか?」
話題の中心はあたしの方へ回ってきた。こうなると分かってはいたけど、実際に番が回ると冷や汗が出る。何故なら……。
「えっと、ママは普通の人だよ。パパは出張とかで殆ど家に帰ってこないかな~」
パパが蒸発して失踪したなんてこの雰囲気で言えるはずがない。
でも、帰ってこないのはある意味本当だからセーフ……だよね?
「そういえば二人は何でアイドルになろうと思ったの?」
話題を逸らすかのようにあたしは二人にそう尋ねた。
最初に答えてくれたのは栞ちゃんだった。
「実はわたくし、このグループのあるメンバーの大ファンで。アイドルになれば、その方に近づけるかなって思っていたんです」
少し恥ずかしそうに栞ちゃんが言った。
まさかのルミスタのガチファンと発覚。
あたしは恐る恐るその人物を訊いてみることにした。
「それって誰なの?」
「えっと、ルミナススターズのリーダーの葵ちゃんですわ」
葵ちゃんはグループの中でも突出するパフォーマンス力があり、そのカリスマ性とリーダーシップで多くのファンを持っている人だ。
「葵さんって、アイドルとしてカッコいいよね。栞ちゃんはそのステージを見て、アイドルになろうと決めたんだ」
奏ちゃんが頷きながら栞ちゃんのアイドルになった動機に納得した様子を見せる。
「ええ、そうですわ。じゃあ奏ちゃんはどうしてアイドルになろうと思ったのですか?」
反対に栞ちゃんが訊くと、奏ちゃんは少し照れ笑いをしながら、ちょっと意外な理由を明かした。
「実はね、私が好きだった男の子がルミスタの天音ちゃんの大ファンで。だから、何となく対抗心が芽生えて……、オーディションに応募した、みたいな感じ……」
奏ちゃんがそう言ったとき、あたしは凄く驚いた。応募の理由は人それぞれだと思うけど、奏ちゃんの場合はかなりレアケースだと思う。天音ちゃんと言えば、ルミスタで恐らく一番人気のあるメンバーだ。楽曲のセンター抜擢数も多くて、グループ内でエースといっても過言ではない。
そんな彼女に対抗心を燃やして、本当に合格までしちゃうなんて奏ちゃんが凄すぎる……。というか、一途過ぎる。これが恋パワーという奴なのだろうか。
「結局、その男の子とはどうなったの?」
「うーん、今度アイドルになった事は伝えるつもり。ルミスタでセンターになれたら告白しようかな」
「じゃあ奏ちゃんは、打倒天音ちゃんってこと?」
「一応、そうなるかな」
「じゃあいずれはセンターを目指すんだね。あたしも目指すつもりだからライバルだ」
あたしは冗談めかして言うと、奏ちゃんがあたしの事をじっと見つめ返してくる。
「うん。じゃあどっちが先になれるか競争だね」
あたしと奏ちゃんがライバルとしての関係を楽しそうに話していると、栞ちゃんがほんの少し憧れを込めてこう呟いた。
「なんかいいですわね、ライバルって」
その声には少し羨望の色が混じっているような気がした。
あたしはその反応に気づき、つかさず栞ちゃんに向かってこう言った。
「栞ちゃんも、一緒にセンターを目指そうよ! 奏ちゃんと一緒に、あたし達もライバル同士で切磋琢磨できたら、もっとアイドルとして成長できると思うし」
栞ちゃんは少し戸惑いながらも恥ずかしそうに微笑みをこぼした。
「わたくしには恐れ多いですわ。でも、胡桃ちゃんや奏ちゃんのように頑張れるように努力はしますわ」
栞ちゃんの答えは控えめなものだったけど、それには彼女の謙虚な性格を表していて、同時に自分のペースで頑張る強い意志も感じさせた。
「そっか。でも一緒に頑張ろうね。あたし達はみんなで支え合いながら、一緒に上を目指すんだから」
そう言ってから今後のアイドルの話は終わった。
その後も暫く色んな話で盛り上がって、気付けば外は真っ暗になっていた。
あたし達がレストランを出た後、奏ちゃんと栞ちゃんはそれぞれの実家へ帰る為、駅の方向に向かって歩き始めた。あたしは、これからアイドルの寮に一人暮らしをするため、その手続きを含めて戻らないといけない。空が暗くなり始めている中、あたしは帰り道を一人で歩いていた。
足を踏み出すたびに、今日の会話が心の中に響いてくる。奏ちゃんと栞ちゃん、二人ともそれぞれに魅力的で、本当に尊敬できる同期だと改めて思う。
「二人ともいい子だし、これからやっていけそう」
と、私はほっとした気持ちで呟いた。
夜の空に星がちらほらと見え始める中、一人での帰り道もそんなに寂しくはなかった。あたしはこれからの活動に向けて、自分自身ももっと成長して、奏ちゃんや栞ちゃんに負けないように、そしていずれは先輩のメンバーと肩を並べるアイドルになれるよう努力しなければいけない。本当に頑張らないと!
あたしは新たな決意を固めていた。
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