第4話・充実した生活、予想外の出来事
風祭八雲が火星に引っ越してきて、一か月が経過した。
この間、生活状況を改善するために、八雲は様々なことにチャレンジする毎日を送っている。
まず、生活水準を維持するための、地球からの物資の取り寄せ。
これは火星に来てから丹羽と八雲により共同開発した魔導具『魔導転送装置』により解決。
単独での転移術式を用いられない八雲にとっては、地球でしか手に入らない物資の調達は死活問題。
特に【限定販売】とか【○○一番くじ】といった商品に目がない彼にとっては、それらが入手できない火星での生活はどうにか改善しならない問題であった。
幸いなことに、一週間ほどの研究により、物質を火星⇔地球間での魔導転送装置を作ることに成功。
一度に転送できる物資は最大でも一畳程度の大きさで45kgまで、魂を持つ生物は転送不可能。
それ以上の大きさや重さのものについては、転送事故が発生するのである。
事実、幾度も転送実験を失敗し、宇宙空間に【段ボール一つ分のスペースデブリ】を発生させてしまった反省から、サイズと重量制限については慎重に慎重をきたしていたのである。
なお、発生させてしまったスペースデブリについては、幸いなことに火星の地表に幾つか墜落したものもあり、後日それを回収する算段をフラットとセネシャルによって計画中である。
この件についての問題点は、送り出す物資を『丹羽』が代理購入しなくてはならないという事。
エリートサラリーマンである丹羽がアニメショップなどに出入りし、大人買いするという奇妙奇天烈な光景が発生。これについても何かしらの対策を早急に考えるようにと丹羽から苦言を強いられたのである。
衣食住のうち、住についてはこれ以上の変更点は無かったものの、衣と食については、まだまだ改良点が必要であると八雲は考えていた。
神様が用意してくれた巨大な倉庫、その中にも大量の食品や生活物資が収められているものの、残念なことに納められていたものは【異世界ルーカススタット】準拠。
八雲の好物であるエナジードリンクもスナック菓子も、果てはカップラーメンも存在しない。
ちなみに食については、贅沢と我儘さえ言わなければ、異世界準拠のレシピを豊富に持っているフラットに任せておけば問題なくクリアできているのだが、人間、時にはジャンクなものを欲してしまう。
栄養バランスの取れた食事ばかり続けていると、時折、油まみれ塩塗れのポテトフライが食べたくなってしまうのは仕方がないものである。
それらもフラットは試行錯誤で作ってみたものの、それは『一流レストランのメインに付け合わせとして添えてあるレベル』であり、決して八雲が求めているジャンクな食品ではない。
当然、毎日のように、手軽に食べられるものではないため、やっぱり『欲しい時にそこにある』という手軽さという点では、物足りなさが勝ってしまう。
そして衣料品。
綿花や羊毛、麻のような自然繊維が主流であった異世界の衣類は、確かに着心地はよいものの地球の合成繊維に慣れてしまっている八雲にとっては、肌触りという点では今一つ。
幸いなことに魔物から収穫できる【魔絹】という希少繊維を用いた衣類も多少あったものの、その最高級品のような肌触り故に下着を大量に生産してしまい、普段は自室に再現された衣類でしのいでいる程度である。
こんな生活であるが、普段は自室に引きこもってゲーム三昧であったり、ネットチャンネルの番組を見まくっていたりと、それなりに充実した生活を送っている。
もっとも懸念していた大学についても、オンライン授業である程度は凌げるものの、対面授業でなくては単位を修得できないものもあり、現在は丹羽と共に【生命体の転送実験】についての研究が日夜続けられているという。
………
……
…
――火星・風祭ドーム(命名・フラット)
その日は、朝からドーム内部が慌ただしい状況に陥っていた。
八雲がいつものように目を覚ます。
彼が目を覚ますタイミングに合わせてフラットが朝食の準備を開始、その間に八雲は身支度を整えて普段使いの居間として使用している【応接間】へと向かい、朝のニュースを確認。
地球では色々な事件や事故が起こっていたり、スポーツニュースで新記録が出たとか盛り上がっている最中、八雲はあるニュースに目が釘付けになった。
それは、【月その他の天体を含む宇宙空間の探査及び利用における国家活動を律する原則に関する条約】という、宇宙についての取り決めなどがまとめられた国連機関の条約。
通称【国連宇宙5条約 】というものが存在し、これに批准している国家の宇宙に関する取り決めが行われているのであるが、問題はその一部が改訂
この第二条にある【領有の禁止】という項目では、『天体を含む宇宙空間に対しては、いずれの国家も領有権を主張することはできない』と表記されているのに対して、
『ただし、火星の所有権は日本国籍の
という一文が追加されている。
これが発見されたことにより、国連機関では上へ下への大騒動が発生していたのである。
「……うん、神様の仕事なのは理解できるんだけれどさ。意外と、雑だよね?」
努めて冷静に呟く八雲であるが、顔面には汗が噴き出し、背筋に冷たい何かが流れているような錯覚に陥ってしまった。
冷静なふりをしていても、所詮はひきこもりの大学生。
こんな大事になってどうしたものかと考えてしまうものの、今いる場所が場所だけに何もすることができない。
改定されていた条例文には、しっかりと八雲の国籍などの個人データがしっかりと記載されており、ニュースではモザイクが掛けられているため詳細については分からなくなっているものの、原文を読めば一発で個人データが照会できる。
「そもそもさ、神様の加護って俺以外にも貰っているじゃない? それって『そういうものである』っていう認識で書き換えられているっていう事だけれど、ただ条約の文章を書き換えただけじゃんか。これでどうにかなるっていうのか?」
『はぁ、これはまた、面白いことになっていますな』
ふむふむとニュース画面を確認しつつ、セネシャルが感心したような口調で呟いている。
「面白いって、どういうこと?」
『はい。これはですね、神の齎した加護および与えられた報酬については、全て等しく【必然である】という処置が成されているようです』
「ということは、俺が火星を個人所有しているという事は必然であるので、このように条項が書き換えられているっていう事なのか」
『おっしゃる通りです』
そう説明を受けて、八雲は一瞬納得した。
セネシャルの説明が正しいのなら、勇者であるグラハムが莫大な資産を神より得たという事も必然。
もっとも、勇者本人は元々アメリカの実業家であり家庭持ち。
幾つもの企業を経営しているスーパーエリートという事なので、今更資産が増えたとしてもそれは【必然である】ということで処理されているらしい。
同じように大魔導師の丹羽も、権力を求めた結果、在籍している企業の取締役まで就任。
社内の重要なセクションをいくつも管理しているスーパーSEとして活躍している。
聖女のシスター・マリエッテも、司教会議上級職に就任し、着々とその地位を高めている。
「……ということで、俺以外の勇者は皆、神より与えられたものがすべて【必然である】ということで処理されているし、一部からのやっかみはあるものの受け入れられているっていうことらしい。あ、これは丹羽から聞いた話だけれどね」
『ふむふむ。では、八雲さまの件も、本来ならば認められているはずなのですね?』
「そうなんだけれどさ……どうも、俺のパターンって例外っぽいんただよなぁ」
物は試しにと、八雲はインターネットで検索してみる。
すると、火星の所有権については、国連機関および各国の宇宙開発関係機関は【風祭八雲の火星所有権は認められている】というとんでも発言をしているものの、一部の国家元首などは認めてはいない。
世界を真っ二つに分けて、八雲の火星所有権で対立が始まっていたのである。
「……ほらね。惑星の個人所有は必然ではないっていう考えの人たちがいる。そりゃまあ、当然なんだけれどさ。これが地球のどこかの無人島だったら、こんな大事にはならなかったんじゃないかねぇ」
『はっはっはっ。このような騒動になるのも、必然ですなぁ』
「うん、まあ、どれだけ地球で騒いでいてもさ、俺が火星にいるということで俺自身は騒動に巻き込まれることは無い……って、あれ?」
自分には直接被害がないと考えていた八雲であるが、目の前を流れているニュースを見て態度が豹変する。
それは地球・日本のとあるニュ―ス。
元・総理大臣である陣内純一郎氏が、テレビのニュースに取り上げられていた。
曰く【陣内元総理の孫である風祭八雲氏が、火星の所有権を与えられたことについて】とインタビューを受けている。
八雲の母の父、つまり祖父である陣内純一郎は元日本国総理大臣を4年半勤めていた経歴を持つ。
今は政界を引退し、のんびりと余生を過ごしているのであるが、まさかのニュースでのインタビューに八雲も目を丸くしてしまう。
「うわ、じいちゃんがニュースに出ているし……」
『ほほう。元。内閣総理大臣ですか。つまり八雲さまはサラブレットということですな?』
「なんにもできないボンクラだけどね。でもまあ、魔術は使えるからボンクラではないか」
『おっしゃる通りです。ご主人さまは超有能ですから』
フンスと、両こぶしを握って力説するフレイアに、八雲は苦笑する。
それでも、異世界を救った勇者の一人であり、4大精霊魔術と黒魔術、そして神聖魔術の計6系統魔術を納めている大賢者という立ち位置は、生半可な修行でたどり着くことはできない。
それは自分でも理解しているので、それ以上は固辞することなく二人の意見を受け入れているのだが。
――チャーンチャンチャンチャンチャンチャラララ~♪
突然、スマホの呼び出し音が鳴り響く。
慌てて画面を確認すると、今まさにインタビューを受けていた陣内純一郎その人からであった。
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