第8話  引越し当日

引越し当日、男は朝早くから準備に追われていた。これまでに何度も引っ越しを経験してきたものの、やはり新しい場所に移るときの緊張感は常に感じていた。特に今回は、スムーズムーブという少し風変わりな業者との初めての引っ越しであったため、少なからず不安も抱えていた。


予定の時間ぴったりに、スムーズムーブのトラックが男の家の前に到着した。トラックの側面には大きなロゴとともに「どんな引越しもスムーズに!」というキャッチフレーズが描かれていた。男はそのキャッチフレーズを見て、少し笑みを浮かべた。


玄関のベルが鳴り、男がドアを開けると、スムーズムーブのスタッフが二人立っていた。一人は電話で話した伊達、もう一人は穏やかな表情の富澤だった。二人は作業服に身を包み、まるで軍隊のようにきびきびと動いていた。


「おはようございます!スムーズムーブの伊達です!」伊達は元気よく挨拶し、富澤も軽く会釈をした。


「おはようございます、よろしくお願いします。」男は少し緊張しながらも、二人のプロフェッショナルな雰囲気に少し安心感を覚えた。


「さて、さっそく作業を始めましょう!」伊達は元気よく声をかけ、富澤も準備に取りかかった。二人はまず、男の部屋を確認し、荷物の量や家具の配置を素早くチェックした。


「家具の運び出しは問題ありませんね。ただ、念のためにエレベーターが使えない場合のことも考えて、階段での運搬も確認しておきましょう!」伊達はそう言って、作業員たちに指示を出した。


「え、エレベーターが使えるんですよね?」男は少し不安げに尋ねたが、伊達はにこやかに笑って答えた。


「もちろんです!でも万が一のために、階段での運搬も準備しておくのがプロフェッショナルというものです!」


男はその言葉に再び戸惑いを覚えたが、作業はどんどん進んでいった。ダンボールが次々と運び出され、家具も慎重に運搬されていく。富澤は慎重に指示を出し、作業員たちが効率的に動くように調整していた。


「こちらのソファは少し大きいので、階段を使うのがいいかもしれませんね。」富澤が静かに提案した。


「いや、エレベーターで運んでください…」男は苦笑いしながら、なんとか自分の希望を伝えた。


「かしこまりました!」富澤はそれを受け入れ、作業員たちにエレベーターを使うよう指示した。しかし、男の安心も束の間、エレベーターにソファがうまく収まらず、再び富澤が困った顔をしていた。


「やはり、階段を使う方が安全かもしれませんね。」


「じゃあ、そうしてください…」男はもう抵抗する気力を失い、作業員たちが階段を使ってソファを運び出す様子を見守るしかなかった。


作業が進む中、伊達がふと思い出したように男に話しかけた。「お客様、もうすぐ引越し先に移動しますが、何か心配事はございませんか?」


「特にないと思います。ただ、できるだけスムーズに終わるといいなと思ってます。」


「お任せください!我々スムーズムーブは、お客様のご期待に応えるために全力を尽くします。あとは、新居でのクレーン作業も確認しておきましょうか?」


「クレーン作業?」男は目を見開いた。「いや、そんなことしなくてもいいです。普通に運んでくれれば…」


「わかりました!ですが、何かあればいつでも対応できるように準備しておきますね。」伊達はそう言って、富澤と目配せをした。


男はもう何も言わず、二人の仕事ぶりを見守ることにした。引越し作業がスムーズに進んでいるように見えたが、その実、細かな問題が次々と発生していた。家具の角度が合わない、ダンボールが思ったより重い、階段の幅が狭すぎる…それでも、富澤と伊達は一切の動揺を見せず、冷静に対処していた。


ついに、最後の荷物がトラックに積み込まれ、男は一息つくことができた。引越し先に向かう前に、伊達が改めて男に話しかけた。


「お疲れ様でした!新居でも引き続きスムーズに作業を進めますので、どうぞご安心ください。」


「ありがとう。ここまで何とか無事に終わりそうで良かったです。」男はそう言って、ようやく少しの安心感を感じた。


「では、新居でお会いしましょう!」伊達は明るい声でそう言い、富澤も軽く手を振ってトラックに乗り込んだ。


男はトラックが出発するのを見送りながら、これから待ち受ける新しい生活に思いを馳せた。だが、その時はまだ、引越し先で待っているさらなるハプニングを彼は知らなかった。

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