第27球 桜木茉地の全力
「君が志良堂監督?」
「この学校は男子がひとりだけっていうのは本当ですか?」
「なぜこの学校に入学したの?」
「野球部の子たちの中に男性と付き合っている人はいますか?」
「ネットで小町ナインと呼ばれていることについて、どう思う?」
「君、もしかして、野球部の子と付き合ってないよね?」
「1回戦の相手に巨額の金を渡したという噂は本当ですか?」
「野球はただの売名行為で、アイドルとして売り出すと聞きましたが?」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
あ、ダメっぽい。
周りを囲まれて一気に質問されて、頭が真っ白になってしまった。何か言われているはずだが、全然頭に入ってこない。
「ちょっと待つのだ!」
僕より少し遅れて校門に着いた彼女は、大声でマスコミの注意を自分に向けた。
「君は?」
「個別の質問はシャラップなのだ!」
夢寐は、アポなしの取材は一切受け付けないこと、取材は選手のコンディションを考慮し、1日3組、10分間だけに限ること。事前に取材の趣旨を明確に連絡すること。アポなし取材や無断で校内に入ったマスコミには一切応じず、その行為をSNSで暴露することを一気に伝えた。
「九家学院女子野球部(公式)というアカウントに連絡するのだ」
夢寐はそう言いながら僕の手を引っ張って、門扉の横にある勝手口からすばやく校内に入った。
「ごめん、ありがとう」
「別に気にしなくていいのだ」
本当に助かった。ふと気づくと、自分の手が小刻みに震えていた。全部は覚えていないが、質問のほとんどに悪意を感じた。人とまともにコミュニケーションもできない僕にとっては恐怖以外の何ものでもなかった。
夢寐が作ったSNSのアカウントにはたくさんの連絡が来て、練習後に3組だけ取材に応じたが、校門前での夢寐のけん制が効いたのか、過激な質問は出なかった。
でも、その日の夜。
「え……なにこれ……?」
【現役男子高生はアイドル女子狙い!?】
【中学同級生に突撃取材! 志良堂監督の闇】
【球界の著名人が語る高校生監督の限界】
今日取材を受けた3社が学校にとって悪い印象になるような記事を書いていないかをスマホでチェックしたら、他のマスコミが一斉に僕のことを取り上げていた。
僕が学院四天王と呼ばれる女子たちを狙って、九家学院に入学したとか、中学時代、一度も話したことのない同級生に取材して、僕に友達がいなかったなどの黒歴史がさらに脚色されて載っている。特に驚いたのは、現役を引退した元プロ野球選手のコメントが載っているニュース。その選手は現役時代にキャッチャーをしていて、僕がリトルの頃にキャッチャーのお手本にしていた憧れの選手。一般論として、その元プロ野球選手は語ったのだろうが、本当にそこまで話したのかと疑いたくなるようなことが書かれていて、頭がくらくらしてきた。
翌日、ベッドから起き上がることができなかった。昨晩から全然眠れず、体調がおかしくなってしまった。試合に行けないことをLIMEのグループチャットで連絡をしておいた。
吐き気とめまい、微熱があって、体に力が入らない。
母が日曜日に空いている病院を探してくれて、父が運転する車で、すこし遠くにある病院に行くと、機能性神経症状症……つまり「てんかん」と診断された。薬を処方されて、家で薬を飲んだら幾分マシになったけど、学校に行くのは厳しそう。ましてや野球部の監督として大会に出場するのは、今の僕には無理な話だ。
そういえば今朝からスマホの通知をミュートにしていた。
通知を確認するとLIMEチャットで桜木さんから音声メッセージが届いていた。
「太陽、テレビをつけな」
リビングのソファに寝転がりながらテレビをつける。そこには僕のよく知っている顔が映っていた。強くて美人、という話題性のある彼女らを地元テレビ局は、予選にもかかわらず中継することにしたらしい。
すでに最終回である7回の表で相手校の攻撃中。点差は8対0と今日も圧倒的な展開を見せているが、気になることがある。
今日の先発は桜木さんで、中条先生が監督だから桜木さんのスタミナに不安があるのを知らないのかも。選手交代せず、7回まで投げ続けている。
疲れが見える中、記録は奪三振16、ここまで無安打。解説者の話によると、3回の表に女子高校野球大会最速の137km/hを叩きだしたらしい。この記録は全米女子プロ野球で活躍している日本が生んだスーパースター
最後のバッターを打ち取り、両校が整列して挨拶を終え、九家学院の校歌を斉唱する。
──ノーヒットノーラン。
女子硬式野球大会では2人目の快挙だそうだ。
画面越しでも桜木さんがすごく疲れているのがわかる。4月の頃よりスタミナはついてきたけど、一試合を投げ切るのはやはり厳しい。たとえ完投できたとしても、次の試合に疲労が残るだろう。それでも最後まで投げ切った理由は何だろう。
「今日は志良堂監督不在でしたが、中条監督も立派な采配でしたね?」
春夏の男子甲子園の試合後に目にする勝利校の監督とピッチャーへのインタビュー。
中条先生は、しっかり営業スマイルのまま、インタビュアーのマイクに近づく。
「私は美術教師です。顧問ですが、野球のルールはまったくわかりません」
中条先生は、選手たちが自分で考えて行動していることや、控え選手の時東さんの指示を受けて、フィールドに合図を送っていたと話した。
「でも、やっぱり、我が校は志良堂くんのおかげで、ここにいるんです」
選手の健康管理や設備の管理から始まり、練習内容の企画や指導。選手一人ひとりの相談に乗りサポートし、チーム全体のデータを分析、有益な戦略のプランニングなど幅広く手掛けてくれたと先生は話す。いつの間に僕のことをそんなに見ていたのかと驚く?
「今日は休んでますよね? やはり記事や世間の声を気にしているのでは?」
「それはどうでしょう? わかりません」
「正直、彼は野球部に不用だと思いますが、中条監督はどうお考えですか?」
「うふふっ、ちょっと失礼しますね」
首をコキコキと鳴らしながら、マイクをインタビュアーから奪った中条先生は、営業スマイルから九家学院の女王へとその表情を一変させた。
「ゴチャゴチャと外野がうるさいんだよ!」
ちょっ、先生! それ生中継……。
「アイツは監督だけど、ウチの学校の可愛い生徒だ。文句があるなら責任者の私に言え!」
中条先生……。
「それに、アンタさっきから汗でヅラが傾いてんだよ! 接着剤でくっつけとけ!」
いやいや、先生、それはただの悪口!?
「ちょっと金穂、木乃葉、まだ言いたいことが1万個くらい……」
西主将と林野さんに羽交い絞めにされ、テレビ画面から消えていった……。
画面の端には桜木さんが映っていて、次に桜木さんのインタビューにカメラが切り替わった。
「え、えー改めまして勝利投手のインタビューです。桜木選手、お疲れさまでした」
「アタイは……全然疲れてないさ」
いや、無理があるでしょ?
ハァハァとまだ肩で息をしている。
「今日は、大会最速の137キロが出ましたが、今のお気持ちは?」
「この放送を見ている
僕に? いったいなにを……。
インタビューの答えになっているのかわからない話を桜木さんは続ける。
「
もし僕がコーチをしていなかったら、月との勝負に負けたとはいえ、一週間も野球部を続けられなかっただろうと桜木さんは言う。桜木さんは先ほどの試合で全力を出すことで僕の存在を世間に認めてもらおうとしていたらしい。
「アンタは立派な
すごく素敵なことを言ってくれて、つい先ほどまで目頭から熱いものが込み上げてきそうになっていたけど、テレビの生中継で「
あれ、スマホが鳴ってる。
月からの直接の電話。
この後、会って話せないかという連絡だった。
場所は……あのカエルのトイレがある公園。
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