木星軌道の楽園

天野橋立

#0 緊急出撃

 私が所属する即応部隊に緊急迎撃命令インターセプトが発令されたのは、基地内のリラクゼーション・ブロックで半日休暇をささやかに楽しんでいた、ちょうどその最中のことだった。


 熱帯の海の映像が白々しく投影されたスクリーンの下、ペンケースのように長細く狭いプールで泳いでいた私は、頭上から降り注いだサイレンに、即座に水から上がってパイロットスーツを装着した。体はすぐに乾くが、せっかくの休暇は台無しだ。だがもちろん、ここが「敵」勢力に叩かれてしまえば、それどころの話ではなくなる。


 全ての通路に優先して開放された、短絡通路スクランブルチューブを駆け抜けて、搭乗する単座砲艇ガンボートの待つ発進ブースへ。早口のオペレータAAIが、耳元のレシーバに情報を続々と伝えてくる。つまり太陽系外勢力の前衛アヴァンギャルドは、我がタイタン軌道第2基地の目前まで迫っているのだった。それも、過去最大級の規模で。

 飛び込んだ発進ブースには、万全に整備の行われた「ファイヤバード」、私の愛機である赤い単座砲艇ガンボートの艇体がスタンバイしていた。


「ビリー少尉!」

 専属の整備士メカニックであるロザリア技曹が、赤く輝く誘導棒を大きく振って叫ぶ。

「機関上がってます、すぐに出られます!」

「助かる!」

 叫び返してラダーを駆け上がり、私はコクピットへ飛び込んだ。彼女の言うとおり、主機の反応機関はすでに臨界だ。

「ビリー機、発進する。総員退避!」

 発進ブース内に「退避!」のアラートが鳴り響き、ロザリア技曹はすぐにコントロールルームへと退出した。

「庫内クリア、外部ハッチオープンまで10秒、カウントダウン開始」

 管制AAIの緊張感のあるアナウンス、続いてカウントダウンが始まる。

 つい数分前まで、プールでのんびり過ごしていたことが、嘘か幻のようにしか思えない。だが、これが我々即応部隊にとっての「日常」なのだ。


「3……2……1……オープン」

 眼の前の壁が跳ね上がり、漆黒の宇宙空間がぽっかりと出現した。

「発進!」

 スロットルを開く。シートに体が押し付けられる。そして基地は後方に飛び去り、フロントウインドウに見えるのはただ星々の輝きだ。

 レーダーには十数機の僚機と、太陽系外勢力の大集団が映し出されていた。しかし、その姿をこの眼に捉えるためには、もっと敵に接近する必要があった。そして、連中が視界に入ってきたその時、私は僚機と共に自分の命を掛けて闘うことになる。

 死ぬことは、もはや恐ろしくはなかった。もっと大切なものを私はすでに失っている。その思い出は、全て地球に置いてきた。

 主砲レールガンのキャパシタへのチャージが完了していることを確かめ、私はトリガーに指を掛ける。敵個体数、約五十。


(#1「赤いオープンEV、お調子者の相棒」に続く)

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