倫ー1 勉強会と指定校推薦
※まえがき
ここからはいわゆるルート分岐の蛇足的なエンディング
「浮かれていたのは、私一人か……」
正太と紅露美がスマホゲームで遊んでいる頃、倫は自室のベッドに転がりながら今日の出来事を振り返る。紅露美の事は素行の悪い生徒であるという事以外何も知らなかった。自分は正しくて真っ当な人間だから、正しくて真っ当な人間でいるために、周囲にいる人間も真っ当な人間が相応しいと、交友関係を選んで紅露美のような存在とは関わって来なかったが、正太はそうでは無かった。いつから紅露美と知り合ったのかは知らないが、ずっと彼女と向き合って来たのだろう……正太が自分よりもずっと立派な存在であることを認め改めて好意を抱くと共に、『自分達は両想いであるがお互い不器用で告白が出来ないカップル』というのが倫の妄想であることを悟る。何かと言い訳をして何も出来なかった自分とは違い、紅露美が辛い想いをしながらも正太に告白をしたのをまじまじと見せつけられ、何も知らないフリをして幸せになることは出来ないと倫は自分の想いを封じ込める決意をするのだった。
「倫会長、3年もよろしくお願いします」
「ああ……」
高校三年生となった正太達。正太と倫は同じクラスとなったし、定期的に放課後の生徒会室では倫による勉強会が開かれていたが、倫の態度は今までと違い非常にそっけないモノへと変貌していた。ほとんど私語の無い、勉強会としては正解だが年頃の男女としては間違っている日常。それでも正太の方は目的が倫に勉強を教わるというものであり特に気にはしてなかったが、勉強会にかこつけて正太と仲良くお喋りをしたいと当初は考えていた倫は、正太と同じ空間にいることで封じ込めていた自分の気持ちが再燃しそうになり徐々に苦しくなってしまう。
「……ここまで理解できるなら、地元の国立はもう楽勝だろう。生徒会の任期もそろそろ終わるし、自分の勉強にも集中したいし、当分ここには来ない。ノートとかは置いておくから、他の生徒に勉強を教えるなり何なり好きにしてくれ。確か金髪の頭の悪い少女と仲が良いんだろう? その子なんてどうだ」
「……? わかりました。倫会長、今までありがとうございました」
やがてそう言って勉強会を終了させてしまい生徒会室から去って行く倫。当初は倫と同じレベルの難関大学を目指そうと言われて勉強会に付き合っていた正太は倫が地元の国立を前提とした話をしているのを不思議に思いながらも、折角倫のノートだったり便利なモノがあるのだから言われた通り金髪の頭の悪い知り合いに勉強でも教えるかとスマートフォンを開き連絡を入れるのだった。生徒会室を出て行った倫は、その足で職員室に向かい担任の教師に相談を持ち掛ける。
「指定校推薦で大学に行きたいんです」
「推薦? 確かに明道の内申なら学校の推薦枠は余裕だが……ウチの高校で紹介できる大学はそんなにレベル高くないぞ? 滑り止めでの公募推薦ならともかく、明道ならきちんと受験をした方がいい」
「大学のレベルには拘りません。とにかく協力お願いします」
今までは推薦で大学に行くつもりは一切無く、生徒会に入ったのも内申目的では無かった倫ではあったが、教室も一緒になってしまった現状これ以上学校に行って正太と会うのが辛くなり耐えられそうに無い。自分の将来よりも今の自分の精神状態を守るために、推薦入試で早々に大学を決め、卒業式まで学校には来ない事を画策するのだった。
◆◆◆
「すいませーん、緊急連絡先を変えたいんすけど……母さんの電話番号が変わったのと、新しい父さんの電話番号。そうなんす、再婚したんすよ」
倫が担任と推薦について話し合っている最中、丁度近くの席では紅露美が自分の担任と緊急連絡先の更新について話し合っていた。あれから立ち直った紅露美は母親と真剣に話をし、新しい父親はこういうタイプが良いと正太の特徴を母親に話して再婚相手の注文をつけた結果、母親は紅露美にも理解のある父親と再婚し、紅露美の問題はほとんど解決していた。正太に対する気持ちも落ち込んでいた時の精神安定剤に過ぎないと割り切っており、正太とは友人としての関係を続けていたのだが、担任が手続きをしている時にふと倫の会話を盗み聞きしてしまい怪訝に思う。倫が推薦で大学に行く事を考えていたなんて話は聞いた事が無いし、自分というお邪魔虫がいなくなった事で正太と倫はきちんと結ばれて、大学も同じ場所を目指していると思っていたからだ。
「宝条、登録終わったぞ。新しい親に心配させないように真面目に勉強するんだぞ」
「丁度これから勉強会なんすよ、生徒会副会長様がウチのために勉強を教えてくれるってんで」
しかし他人の事を気にしている余裕は今の紅露美には無い。家庭環境はどうにかなったし、将来について真面目に考えるようにもなった。しかし紅露美にはあまりにも学力が不足している。そんな時、正太から勉強を教えてくれるという渡りに船な連絡が届いたので、職員室を出た紅露美はその足で生徒会室へ。
「せめてFラン大学にE判定になるくらいにはならないとね」
「ウチをあまり馬鹿にするなよ。模試にE判定の下が無い事くらいは知ってんだ」
そして正太と共に、倫の残したノートを活用して勉強に励む紅露美。しばらくして雑談がてら、先程職員室で倫が推薦の話をしていた事を正太に話すも、正太も一切そんな話は聞いていないと不思議がる。それから数日間、正太は同じ教室にいる倫とは喋らず、放課後に生徒会室で紅露美と喋りながら勉強会をするという日常を送る。元々正太と紅露美はそれなりに雑談をして来たため話題は尽き、正太のする倫との思い出話を紅露美が聞くという展開に。
「……一応確認なんだけど、お前ら付き合ってるんだよな? ウチが身を引いた? 事で今はラブラブなんだよな? 大学が別々になるから別れるって話なのか?」
「……付き合って無いけど?」
正太と倫は付き合っていると思っていた紅露美は、正太の倫に対する態度が仲の良い友人程度である事に疑問を抱き、二人が付き合っている事を確認するも、正太はあっさりとそれを否定するので混乱してしまう。勉強が出来ない紅露美ではあったが、恋愛感情については正太よりも敏感だ。これまでに何度か見かけた、正太と倫が二人でいる時の倫の正太に対する態度等から、倫が正太に恋愛感情を抱いている事については確信を持つ紅露美。正太もまんざらでも無さそうだし、さっさと告白して付き合えばいいのにと倫の行動に疑問を抱く彼女であったが、ふと自分が利用している倫のノートを見やる。
「ところで、何でウチに勉強を教えてくれることになったんだ?」
「倫会長がノートとかを置いておくから、金髪の頭の悪い少女に勉強でも教えればいいって言うからさ」
「……あー! そういうことか! あの女馬鹿かよ!」
そして正太から勉強会をするに至った経緯を聞き、倫が自分と正太をくっつけようとしている事を悟る。あの時の出来事をきっと見られていたのだ、それで悲しい勘違いが巻き起こっているのだと気づき、今すぐ倫を呼んで自分はもう正太の事は何とも思っていないと説明をしようとするも、
「倫会長なら、推薦で大学が決まったから今日から卒業式付近までもう学校に来ないってさ。もう生徒会の任期も終わるしね。SNSも返信してくれなくてさ」
「……! このアホ鈍感男! 今すぐアイツの家に行くぞ!」
時既に遅し、倫は正太と二度と会わない覚悟で既に指定校推薦を決めており学校に来なくなってしまっていた。勉強会どころじゃないと、紅露美は事態を呑み込めていない正太を引っ張って倫の家に向かうのだった。
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