17歳-13 激闘!VSブラジル

バスケットシューズのソールが、硬い廊下を叩く音だけが響いている。


巨大なアリーナの長い廊下、その壁に貼られたグラフィック──ワールドカップの宣伝ポスターだ。

一部の隙間もなく壁を埋め尽くすそれは、日本におけるこの試合の注目度を表しているかのように見えた。


左右の壁が、震えている。

決勝トーナメントの初戦。満員の観客。

数万人のサポーターが、壁の向こうで暴れているようだ。



―いよいよ、決勝トーナメントが始まる―








「とは言ったものの・・・どうにも気合いが乗らないな」


俺はこの長すぎる廊下の中腹で、思わずそんな独り言を漏らしていた。

今日の対戦相手はブラジル。

サッカー強豪国である事はもちろん知っているが、正直バスケが強いイメージはあまりない。


前回大会は、そもそもワールドカップに出場していなかったはずだ。

NBA選手もいるにはいるが、有名な選手はあまり思いつかないしなぁ。

予選リーグで戦ったフランスやカナダの方がよっぽど強いイメージがある。


「できれば前半で勝負をつけて、後半は休みたいところだな」


なにせ、決勝トーナメントは計4試合を勝ち抜く必要があるのだ。

初戦で疲弊している場合ではない。

ただでさえ、猛暑日が続いていて体力を消耗している所だしな。

日本の夏は暑すぎる。


「ってか、この廊下も暑すぎるよなぁ。空調効いてないのか?」


思わず口から愚痴がこぼれ出る。

天井が俺の頭に擦れ擦れの位置にあるのだが、ここが滅茶苦茶熱い。

逆に足元は涼しいからクーラーは動作しているんだろうが・・・空気の循環が悪いのかもしれない。


足先が寒くて顔が熱いという嫌なコンディションだ。

まさに体の一部だけ熱い状態。

そう、体の一部が

ホットホット!

ホットホット!


「何やってんだ?」


思わず藤〇隆よろしく踊っていると、後ろからそんなツッコミが聞こえてきた。

どうやら、勇太も着替えを済ませてやってきたようだ。

その顔には怪訝な表情が張り付いている。


「これは・・・スペインで流行ってる新しいストレッチだな。試合前にやると怪我防止になるらしい」


経緯を説明するのがめんどくさかったので、俺は適当に返事をした。


「へー、最近はそんなストレッチがあるのか。ひょっとしてエリザベスさんに教えてもらったのか?」


「そうそう(適当)」


「そうなのか・・じゃあ適当な動きに見えるけど、最新のスポーツ医学に基づいてるんだろうなぁ。俺もやるか」


勇太はそう言うと、俺の動きを真似して踊り始めた。

だが・・・何だろう、一部分だけしか見てなかったからか、全然コピーできてないな。

ただ腰を振っている怪しい男が爆誕してしまった。


深夜の新宿辺りに行けば見れそうな。


「・・なんだそりゃ?最近流行りのハードゲイか?」


俺が勇太の踊りを冷めた目で見ていると、後ろからそんな声が聞こえてきた。

見ると、準備を済ませた伊藤(兄)が胡乱げな表情でこちらを見ていた。


「いやいや、違うんですよ。これ最新のスポーツ医学に則ったストレッチなんです。そうだよな、大?」


勇太はそう言うと、腰を振りながらこちらを見てきた。


「・・・すまない、彼はハードゲイなんだ」


「なんでだよ!!」


勇太は踊りをやめると、俺に強めのツッコミを入れてきた。

・・・あまりに動きがキモかったので、思わず勇太に濡れ衣を着せてしまったぜ。


「そうか、二足の草鞋は大変そうだな・・・っと、こんなことしてる場合じゃない。二人とも、早く会場入りしないと監督にどやされるぞ!」


そう言うと、伊藤(兄)は妙な勘違いをしたまま、試合会場の方へと走っていった。


「待ってください!違うんすよ!ストレッチなんすよ!」


勇太は誤解を解こうと説明をしながら、伊藤(兄)の後を追いかけていった。


「・・・俺もそろそろ行くか」


俺はそう独りごちると、二人の後を追って会場へと向かった。








――――――


日本代表のベンチには、山田コーチと数人のスタッフ、そして代表メンバーが集結していた。

試合開始はもうすぐだ。


「さて、それでは作戦の最終確認と行きたいところだが・・・そこの三人、なんだその弛緩した空気感は?」


山田コーチが指さす先には、俺と勇太、伊藤(兄)が居た。

どうやら、廊下でのやり取りで緊張感が取れ過ぎたのを指摘されたようだ。


「大のせいです」

「勇太のせいです」

「空調のせいです」


3つの言い訳の言葉が、同時に口からこぼれ出た。

三者三様、別のものに責任を押し付けようとしているようである。


元をただせば廊下の空調のせいだから、俺が一番真実に近いんだがな。

いや、どうでもいいか。

そこは。


「はぁー、頼むぞお前ら。昨日の夜のミーティングでも言ったが、今の日本代表との相性を考えると、ブラジル代表は一番の強敵なんだからな」


山田コーチはそう言うと、作戦ボードを使って今日のオフェンスセットの説明を始めた。


「まず、今日もダイのポストプレーを起点にしたオフェンスだが、なるべくパスを捌くんじゃなく、インサイドを攻めるようにしてくれ。ダブルチームが来た場合はやむおえず外に戻しても良いが・・ブラジル代表の身体能力だと、ボールに追いつかれる可能性があるからな」


この辺りは事前に聞いていた通りだ。

ボールと人間を動かすモーションオフェンスは、身体能力の高いディフェンダーと相性が悪いからな。


ただまあ、俺がインサイドで点を取ればいい話だ。

今日の対戦相手、センターのジョアン選手は216cmあってそこそこパワーがありそうだが、PFのマテウスは200cm前後しかないからな。

ダブルチームされても、パワーで押し込んでダンクまでもっていけるだろう。


「インサイドを攻めれる場合は、ずっとその作戦で良いのか?単調になるから、ハンドオフとかスクリーン使ってスリーポイントも狙っていくか?」


俺は今朝疑問に感じたところを、山田コーチに聞いた。


「いや、インサイドで点が取れそうなら、無理にスリーポイントを狙う必要はない。相手の身長が低いのは明確にウィークポイントだからな。そこを狙い続けよう」


『ビー!』

と、試合開始直前のブザーがけたたましく鳴り響いた。

どうやら、作戦会議の時間は終了らしい。


「よしっ、じゃあ今言った作戦通り、気合を入れていくぞ!!1・2・3」

「「「「「「「ファイ!!」」」」」」」


いつもより少し弱めの円陣と掛け声をこなすと、俺、勇太、伊藤兄弟、斎藤選手の五人はセンターサークルへと向かった。

監督が不安そうな顔でこちらを見ているが、まあ問題ないだろう。


俺がセンターサークルに立つと、ブラジル代表からはセンターのジョアン選手が出てきた。

予定通りだな。

俺よりも10cm以上小さい選手だ。


「"Vou destruir eles!"」

「はっはっは・・・何言ってるか分からん」


ブラジルはポルトガル語だったか。

スペイン語なら言い返せたのだが。


審判がセンターサークルに立って、試合球を手に取った。

騒がしかったアリーナが静まり返り、数万人の注目がここに集まっているのを感じる。


「Tip-off!」


審判の手から放たれたボールが高く上がる。

俺とジョアン選手はほぼ同時に飛んだが、瞬発力と高さでアドバンデージを持つ俺が先にボールへ到達し、ボールを後方に弾き飛ばした。


後ろにいた勇太がボールを回収し、斎藤選手へとパスを出す。

よし、ここまで予定通りだ。

さっそく、セットオフェンスに入ろう。


斎藤選手がボールを運び、会場のボルテージが徐々に上がっていく中、俺はハイポストでボールを要求した。

後ろからジョアンが俺を押し出そうとしてくるが、力で対抗してポジションをキープする。

と、斎藤選手からのバウンドパスでボールが供給された。


同時に、相手のマテウスがヘルプディフェンスにやってきた。

ダブルチームだ。

右後ろのコーナーで伊藤(兄)が空いているのが知覚出来たが、ここは決まり通り、まずはインサイドアタックを試すか。


俺はジョアンの方にフェイントをかけた後、左手で強くドリブルを突きつつ、マテウスをゴール下の方へ押し込んでいく。

が、やけに感覚が軽い。

というかマテウス選手、吹っ飛んでないか?


「オフェンスファウル!」


と、審判からまさかの判定が聞こえてきた。

マジかよ!?

今の少し押しただけだぞ?

明らかなフロッピングだっただろ!?


審判にノーファールをアピールするが、判定は覆らない。

くっそ、マテウスが吹っ飛ぶ様子を見逃したが、よほどうまい事やったのか?

ユーロリーグだとあからさまなフロッパーいなかったし、油断してた。


「インサイド無理そうだったら、強引に行かなくていいからパス捌いてくれよな」


伊藤(兄)が俺に声をかけながらディフェンスに戻っていった。

経験豊富な彼が気づかないということは、どうやらマテウスの演技は相当上手かったらしい。

効果的な動きではあるが・・・国の代表選手として、それでいいのかブラジル。


と思ったが、サッカーでもやたらフロッピング上手くて、ピッチを転がるブラジル人が居たことを思い出した。

・・まあフロッピングも技術だし、しょうがないか。

俺は気持ちを切り替えて、ゴール下にいるジョアンをマークし、守備位置についた。



PGのグスタフがボールを運び、ブラジルのオフェンスが始まる。

斎藤選手がプレッシャーをかけているが・・まずい!

素早いドライブで斎藤選手を抜き去り、インサイドへと侵入してきた。


俺はジョアンを警戒しながら、カバーディフェンスに入る。

グスタフがドリブルを止めて、ジョアンにアリウープパスを出そうとする。


「させるか!」


俺は阻止しようとジョアンの方に向かう。

が、マテウスが体をぶつけてシールしてきたせいで、移動できない。


「"Urrá!"」


気が付くと、ジョアンがアリウープパスをリングに叩きこんでいた。

くそ、またマテウスにやられた。

何だこの選手、動きが渋すぎるだろ。



ブラジルの攻略法を考えていると、斎藤選手にフルコートディフェンスをしかけていたグスタフがボールをスティールした。

ディフェンスに戻る隙さえ与えず、グスタフはそのまま素早い動きでレイアップダンクを叩き込んだ。



・・・これで0-4。

ブラジルのベンチは大盛り上がりしている。

一方、日本代表はまだ一度も点を取れていない。


あれ?これマズいか?


「Time Out! Japan!」


どうやら山田コーチも同じ懸念を感じていたようで、直ぐにタイムアウトがコールされた。

コーチは険しい表情で、作戦ボードを見つめている。



いきなり先制パンチを食らってしまったが・・・まだ、試合は始まったばかりだ。


俺は顔を叩いて気合いを入れる。

この試合は楽に勝てるとか思ってちゃダメだな。

全力を尽くさないと勝てない相手だ。


―ここから主導権を握り返してやる!

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