16歳-16 閑話-草バスケ(ユーロリーグ)
イタリアのミラノに位置するマルペンサ空港。
そこに、一台のプライベートジェットが鮮やかな夕陽に照らされながら着陸した。
パールホワイトの機体には豪華なゴールドのラインが輝き、空港のスタッフも思わず見入るほどの存在感を放っている。
空港スタッフの視線が釘付けになる中、ジェット機のドアがゆっくりと開かれ、機体と地上を結ぶ赤いカーペットが現れた。
カーペットの上を歩いて、1人の男がゆったりと降りてくる。
その男はジェット機に負けないほど巨大な体格を持っており、これにもスタッフ達は驚き、見入ってしまっていた・・・
というわけで、イタリアのミラノに到着しました。
プライベートジェット、初めて乗ったけど便利だな。
検査の時間が短縮されるし、フライト中も機内のベッドで寝てればいいだけだったし。
『最高のフライトだったね!』
アントニオはジェット機から降りてくるなり、満面の笑みででそう言った。
グレードは少し違うが、初めてビジネスクラスに乗った時の田中勇太のリアクションを思い出すな・・
『機内で寝られるのは最高だよな。ファーストクラスでも、俺らの身長だと足伸ばして寝られないからな』
続いて降りてきたルーカスも、このプライベートジェットが気に入ったらしく、いい笑顔だ。
俺達くらい体が大きくなると、移動のストレスが桁違いになるからな。
『このプライベートジェット、監督が選定してくれたんだっけ?いい仕事してくれたよな』
俺はアレンさんから聞いた情報を思い出しながら、そんな言葉を返した。
『ほんとそうだよ!昨シーズンの売上の余剰分でコレを買えって、フロントに言ってくれたらしいよ。珍しくいい仕事したよね・・・ま、機体が小さすぎたせいで選手が3人しか乗れなかったってオチは、監督らしいけど』
と、アントニオが追加の情報を教えてくれた。
ちなみにもう少しだけ補足すると、このジェット機は本来12人乗りである。
しかし、巨大なベッドを3つ設置したせいで、座席が6つ減って6人乗りになったのだ。
なのでプライベートジェットで移動できたのは、直前の試合で活躍した3人の選手(俺、アントニオ、ルーカス)と、くじ引きで勝ち残った3人のチームスタッフだけである。
『次はあのリムジンで移動するので、三人とも乗ってください』
と、運良くジェット機に乗れたエリザベスさんが話しかけてきた。
彼女が指さす方を見ると、黒光りするリムジンが鎮座している。
うちのチームバスじゃないってことは、どうやら俺たち6人は現地のスタジアムまで完全に別移動になるようだ。
俺とルーカスとアントニオは、3人して意気揚々と乗り込んだ。
中は一般的なリムジンという感じで、ソファと小さめのバーカウンターが設置されていた。
『飲み物があるのは良いな。コーヒー飲もうかな』
そう言いながらルーカスがバーカウンターにあるカフェマシンを触り始めるが、ボタンが全てイタリア語表記なので、首を傾げている。
流石のルーカスも、イタリア語は分からないようだ。
『私は多少イタリア語わかるので、何か飲みたいものがあれば準備しますよ。ダイとアントニオさんもどうですか?』
と、エリザベスさんが申し出てくれた。
イタリア語読めるのは凄いな。
流石は博士。ありがたい。
『サンキュー、俺はホットコーヒーブラックで』
『俺はカフェオレ!』
ルーカスはブラック、アントニオはカフェオレにするようだ。
『わかりました。ダイはどうする?』
と、エリザベスさんが聞いてきた。
(何故か俺にはタメ口。年齢で言えばルーカスも年下のはずなのだが)
いつもはホットコーヒーを飲むとこだが、せっかくのイタリアだからな・・・
『俺はエスプレッソで!』
やっぱイタリアと言えばエスプレッソでしょ!
『・・・まあ、いいけど』
と、なぜかエリザベスさんは一瞬間をおいて、不思議そうな顔をしながら返事をしてきた。
・・・なんで?
『ダイは変わっているな』
『あんなもん、飲めないだろ?』
アントニオやルーカスまで少し引き気味のリアクションをしている。
え、なんでだ?
スペインではエスプレッソが嫌われていたりするんだろうか?
『ハイどうぞ』
と、エリザベスさんはエスプレッソを淹れると、トレーに置いてこちらへ差し出してくれた。
そして、その瞬間俺は全てを理解した。
『ちっさ!!』
そう、カップが滅茶苦茶小さかったのである。
前世では背が小さかったから忘れていたが、そういえばエスプレッソカップってこんな感じだったな・・・
受け取ろうと手を伸ばすが、カップについている取っ手には当然指が入らない。
というか、カップ自体が俺の指と同じくらいの幅しかない。
どうやって飲むんだコレ。
仕方なくコップ全体を摘まむように持ってみたが・・・やっぱ小さい!
滅茶苦茶飲みづらいな!
しょうがないので、カップに口をつけてすする様に飲んだ。苦い!
『ダイはエスプレッソ飲んだことなかったのか?』
アントニオがカフェオレを飲みながら、不思議そうな顔で聞いて来た。
『身長が小さかった時に飲んだことはあるんだけど、まさかこんなに小さいカップだったとは・・・』
俺は咄嗟にそう返答した。
身長が小さかった時(前世)に飲んだので、嘘は言っていない。
アントニオは、
『なるほどね。俺らの手のサイズに合ってないから、基本飲まない方が良いと思うよ』
とアドバイスをしてくれた。
優しいやつである。
『ほんとそうだな・・・エリザベスさん、すみませんホットコーヒーも淹れてもらえますか?』
エリザベスさんにそう頼むと、呆れた顔でコーヒーを淹れてくれた。
すまんのう。
『・・・さて!試合は明日だから今日は観光できるよな?ミラノ大聖堂行っちゃう?本場のピッツァを食べるのもありだな!』
俺は気持ちを切り替えて、そう提案した。
イタリアは前世も含めて初めて来るからな!
色々行きたいところあるぜ!
そんな意気込みを見せていた俺だったが、
『今日はこのままスタジアムへ移動するわよ。今回は何故かBCミランの本拠地のミラノじゃなくて、リヴィーニョスタジアムっていう山奥のほうで試合があるみたいだから』
と、エリザベスさんに指摘されてしまった。
え?
なんでそんな山奥で試合を?
『BCミラン側からの提案らしい。相手の作戦かもしれないから、前入りして準備しとこうってわけだ』
俺が疑問に思っていたのを察したのか、ルーカスが補足してくれた。
なるほどね。
確かに、あえて本拠地で開催しないのは怪しい。
ミラン側の策略って線が濃厚だな。
とはいえ、スタジアムを変えたところで有利になるとも思えないな。
ミランは何を考えているのか・・・
『高速道路に入るので、念のためシートベルトをお願いします』
相手の策略について考えを巡らしていると、運転手がそんなアナウンスをしてきた。
まあ今考えても仕方あるまい、前乗りしてスタジアムの様子を探ってみるか。
俺はシートベルトを締めると、考えるのを辞めて休むことにした。
ふと窓の外を見ると、どうやらミラノの街中を脱出したらしい。
イタリアのイメージとは程遠い、どこか牧歌的な風景が広がっていた。
ラバリア VS BCミラン @リヴィーニョスタジアム
『さて、今日はBCミランとの初戦だが・・・みんな、体調は大丈夫か?』
試合開始5分前。
監督は真剣な表情で、俺たちの体調を気遣ってくれていた。
なぜこんな心配されているのか?
その理由はこのスタジアムの立地にある。
標高2300mに位置するこのスタジアムは、明らかに酸素が薄く呼吸がしづらい環境だ。
エリザベスさん曰く、オリンピック選手が高地トレーニングに使用する場所らしい。
なんでこんな場所でユーロリーグの試合するんだよ!!
『相手は1週間前からここで練習しているらしいからな・・既に順応している可能性が高い。トランジションバスケで体力を消耗すれば負ける、セットオフェンス中心で行くぞ!』
ルーカスが今日の作戦を伝えてくれた。
あまりにも不利な状況ではあるが、しょうがあるまい。
俺たちはセットオフェンスの合図だけ再確認して、コート中央へと向かった。
そして、試合が開始された。
・・・あまりにも酷い試合展開だったので、詳細な描写は割愛する。
一言で言うと、ラバリアもBCミランも互いに動きが悪い、ダメダメの試合だった。
1QはBCミランのトランジションオフェンスが刺さってラバリアが後手に回っていたのだが、2Qから相手選手も疲労で動きが悪くなり、両方のオフェンスが停滞した
後半になると更に状況は悪化し、全選手がジョギングくらいのスピードで動く、とんでもなくスローな試合になった。
あれだな、日曜に小学校の体育館でお父さんたちがやってるバスケ。
いわゆる草バスケに近い。
しかし、そんな中でも俺は何故かいつも通りの機敏な動きを維持できた。
多分、健康スキルが効いているんじゃないかと思う。
ラバリアは後半、俺のアイソレーションオフェンスを中心に展開し、得点を量産した。
そんな俺の動きを、エリザベスさんが不思議そうな顔で見ていた。(目がキマっている)
・・・試合後にまた筋肉の状態を検査されそうだな。
相手チームのベンチを見ると、BCミランの監督も不思議そうな顔で俺を見ており、「あちゃー」という表情を作りベンチに座っていた。
そして、アシスタントコーチに何か文句を言っている。
いや、そっちが文句言うのはおかしくない?
こっちは完全に嵌められた側なんだが!?
お前が始めた物語だろ!!
文句を言いたいところであるが、テクニカルファウルを吹かれそうなので淡々とプレイをする。
相手ディフェンスも体力が切れているからか、動きが悪くてオフェンスのし甲斐がないな。
変な場所にあるスタジアムだからか、観客も滅茶苦茶少ないし。
なんだこの試合。
結局、その日は91-70でラバリアが勝利した。
最悪の試合だったぜ。
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