第30話 久しぶりの対面

「来たのはアンクタン家です。

 どうしましょうか」


「え?お父様たち?」


「シャル、あいつらを中に入れて話しても大丈夫か?

 今日来るとは思っていなかったが、

 どこかでけりをつけなくてはいけない」


いつかは話さなくてはいけないというのなら。

今なら強くいられる気がする。


虐げられていたことを思い出せば身体は震えそうだけど、

もう怖がっているだけの私じゃない。

今日なら、向き合っても逃げないと思える。


「大丈夫です、会います」


「わかった。マリーナ、中に入れてくれ」


「かしこまりました」


「あぁ、アンクタン家を中に入れたら、

 マリーナは近衛騎士を呼んできてくれ。

 暴れられたら困るから、念のためだ」


「わかりました。シャル様……お気をつけて」


心配そうなマリーナさんにうなずくと、

マリーナさんはドアを開けた。

マリーナさんが出ていくのと引き換えに、

お父様とお義母様、ドリアーヌが入ってくる。


顔色が悪いお父様、なぜかにこやかなお義母様。

そして、私をにらみつけているドリアーヌ。


「伯爵、控室に来るなんて何か用か?」


「いえ、夜会の会場でご挨拶しようと思っていたのですが、

 お戻りになられないようでしたので」


「挨拶?あぁ、気にしなくてかまわない」


「いえ、そうもいかないでしょう。

 こちらは貴族たちに質問責めにされて……苦労しています。

 どうして取り決めを守っていただけなかったのですか?」


取り決め?婚約する時の契約のこと?

私は何も聞いていないけれど。


「取り決め?ちゃんとこちらは守ったが?」


「守っていないじゃないですか!

 こんな風にシャルリーヌを人前に出すなんて聞いていません」


私を人前に出す?

あぁ、お父様ならそうだろう。

私を閉じ込める約束でもしていたのかもしれない。


「伯爵と約束したのは、

 婚約している間シャルの黒髪を見せないようにする、だったよな」


「ええ!」


「守ったぞ。婚約中は公にしなかった。

 だが、夜会が始まる前にシャルと俺の婚姻は成立した。

 シャルはもう伯爵令嬢ではない。

 シャルリーヌ・ロジェロ。侯爵夫人になっている」


「「「「「は?」」」」


お父様たちの声と私の声が重なる。

全然、聞いてなかったんですけど?


「お披露目はシャルの卒業後になるだろう」


「聞いていませんよ!」


「教える必要があるのか?ただの伯爵であるお前に?

 侯爵家当主で特級魔術師の俺が?」


「……ですが、シャルリーヌは私の娘で……」


「ずっと閉じ込め、魔力検査もさせなかったお前が親だと?」


「……」


「今回の夜会、俺の婚約を知った王家から連れてくるようにと命令があった。

 先ほど聞いたようにお祖母様の話をする予定があったからだろう。

 伯爵との取り決めはあったが、王家からの命令を無視することはできない。

 だから、婚約ではなく婚姻にした。

 そうなれば、もうシャルに何があっても俺の責任になる。

 伯爵は何も気にしなくていい」


そんな取り決めがあったとは聞いていない。

けれど、黒髪を見せるなというお父様の言い分はわかる。

アンクタン家に黒髪がいたと知られたくなかったんだ。


「ジルベール様、主人を責めないでくださいな」


黙り込んだお父様に代わって話し始めたのはお義母様だった。

紹介も挨拶もなく、ジルベール様に話しかけるのはマナー違反なのに、

お義母様はおかまいなしに笑顔で話しかけている。


「仕方がありません。

 黒色は不吉だと、虐げられるのはシャルリーヌです。

 私たちは閉じ込めることで守っていましたのよ」


それは事実かもしれない。

きっと外に出ていたら、エクトル様のような方に虐げられていただろう。


「仕方ないと言われるのは、今までのことだな。

 そのことをここで責める気はない」


「では、理解していただけると?」


「今までのことは、な?

 今日、エドモンドが言っただろう。

 これから黒色だと虐げる者がいれば王家への不敬だと。

 シャルが黒髪なのは王家の血を引いているからだ。

 お前たちとは違って」


お前たちとは違って、と言われ、お義母様の頬がひきつった。

子爵令嬢だったお義母様や伯爵家のお父様は王家の血筋ではない。

だから、二人の子であるドリアーヌも同じ。


ずっと私だけが異質だった。

それが王家の血筋だからと言われ、お父様たちは納得するだろうか。


「……そのようですわね。

 シャルリーヌは王家の血を引いているから変わっていたのでしょう。

 これからは迫害されることもなく、社交することができます。

 シャルリーヌ、お母様と一緒にあいさつ回りに行きましょう?」


「え?」


「娘の社交デビューには母親が付き添うと決まっているでしょう?

 ほら、夜会の会場に戻りましょう」


にっこり笑うお義母様に、ぞくりとする。

笑っているのに目が私を威圧する。言うことを聞けと。

嫌です、と答えるよりも先にジルベール様が断る。


「その必要はない。シャルはもうすでに侯爵夫人なんだ。

 アンクタン家とは関わる家が違いすぎる。

 伯爵夫人の付き添いは意味がないだろう」


「っ!」


あきらかに挑発しているジルベール様に、

大きく息を吸って、私からももう一度返事をする。


「お義母様、私はもうロジェロ侯爵家の人間です。

 嫁いだ後で生家と関わることはあまりよろしくありません。

 ですので、おかまいなく」


「なんてこと。恩知らずなのね!」


「あまり恩は感じておりません」


「まぁ!」


さっきまでお義母様の機嫌が良さそうだったのは、

私を利用しようと思っていたから。

ロジェロ侯爵家の、ジルベール様の名を使って、

社交界で力を持てるとでも思ったに違いない。


私のことはともかく、

ジルベール様まで利用しようとするなら、許さない。


「食事も一人、部屋付きの侍女もなく、

 家庭教師も最低限。

 魔力検査に連れて行かないだけでなく、

 屋敷の中庭にさえ出られず、学園にも通えない。

 これのどこに恩を感じろというのですか?」


「それを公表したら、アンクタン家はどうみられるだろうな。

 エドモンドに言っておくか」


「過去のことです!」


「そうか、過去のことだから許せというのなら、

 恩を返せというのもおかしいのではないのか?

 これ以上シャルに関わるようなら、

 関われないようにするまでだが。

 伯爵、夫人、それでいいのだな?」


ジルベール様が口元だけでにやりと笑う。

お父様とお義母様の顔が真っ白になっていくのが見える。


「も、申し訳ございません」


「もうシャルリーヌには関わりません……」


「それでいい」


うなだれた二人は部屋から出て行こうとする。

ずっと私をにらみつけているドリアーヌだけは動こうとしない。


「……ドリアーヌも何か私に言いたいことでも?」


「魔力を検査したの?」


「……?したわよ」


「どのくらい」


「上級五の位だけど」


「…………そう」


今にも掴みかかって来そうなほどにらみつけていたけれど、

ドリアーヌも部屋から出ていく。


部屋にはお義母様とドリアーヌの濃厚な花の香水の匂いだけが残る。

近衛騎士を連れてきたマリーナさんが心配そうに顔を出す。


「ジルベール様、近衛騎士はどういたします?」


「アンクタン家の令嬢が暴れるかもしれない。

 夜会の会場で見張っておくように言ってくれ」


「わかりました」


ジルベール様が窓を開け、風魔術で香水の匂いを外に出した。

外の冷たい空気が入ってきて、ようやく息が楽になる。


「……これで終わったんでしょうか」


「わからんな。伯爵と夫人はもう手出しできないだろうが、

 妹の方は根が深そうだ」


「そうですよね……」


あれは納得した顔じゃなかった。


私が疲れていると思ったのか、

ジルベール様は夜会の会場には戻らずに帰ろうと言い出した。


初めての夜会だったけれど、私も会場に戻りたいと思えず、

ジルベール様に抱きかかえられ連れ出される。


きらびやかな王宮を出て、ジルベール様の屋敷に戻る。

ひっそりとした屋敷に着いて、心が落ち着いていく。

やっぱり社交するのは最低限でいいと思った。



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