第21話 新しい朝

朝、目が覚めたらジルベール様に抱きしめられたままだった。

前とは違って密着しているために身動きが取れない。


昨日の夜のことを思い出すと恥ずかしくて仕方ない。

もし、ここにいられなくなったらどうしようと、

不安に思わなかったわけじゃない。

だけど、ジルベール様の優しい手を信じて打ち明けた。


家のこと、妹のこと。そして、自分のこと。


結果としてここにいていいってわかってほっとした。

それが助手ではなく、婚約者だって言われたのは驚きで、

初めてのキスで慌てることもできなかった。


……初めてどころか、何度キスされたのかも覚えていない。

ジルベール様の唇の感触を思い出してしまって、

顔が熱くなっていくのがわかった。


「ん?起きたのか……早いな」


「じ、ジルベール様、おはようござ」


「ん」


挨拶を最後まで言わせてもらえなかった。

またキスされて、あわあわしていると、

頬やおでこ、髪にまでキスされ続ける。


ジルベール様の唇が猫耳にふれて、

こらえきれずに奇声をあげた。


「んにゃぁぁぁぁ!」


「……耳はだめか」


まるで検査結果を確認するかのように言われ、

ジルベール様をにらんでしまう。


「悪かったよ。嫌ならもうしない」


「そ、そこはやめてください」


「耳以外ならいいのか?」


「…………はい」


嫌なわけじゃない。どきどきしすぎてつらいけど。

ジルベール様の婚約者になったっていう事実が、

じわじわと心の中に広がっていく。


マリーナさんとお似合いだな、とか、

王族や公爵家からもお見合いがくるんだろうな、とか。

これまでもやもやしていたのがどこかに行ってしまった。


私がジルベール様の婚約者、なんだ。


「よくわからないが、楽しそうだな」


「え、はい。……んぅ」


むしろ私よりもずっと楽しそうなジルベール様に、

笑いながらまたキスされ、腕の中に閉じ込められる。

それが気持ちよくて、逆らえずにいたら押し倒される。


あれ?い、いいのかな。このまま……


「ジルベール様、シャル様。

 朝ですので、そこまでにしておいてくださいね」


「あぁ、マリーナ。起こしに来たのか」


「ま、マリーナさん?」



いつの間にか寝室の中まで来ていたマリーナさんが、

私たちのことを見て呆れるように言った。


ベッドの上では押し倒されている状態の私。

どう言い訳にしていいかわからなくなって焦っていたら、

にっこり笑ったマリーナさんからお祝いを言われる。


「婚約おめでとうございます。

 シャル様、お話しされたのですね」


「え?」


「ご自分のことを打ち明けられたのでしょう?」


「どうしてわかったの?」


「一応、ジルベール様は婚約するまでは手を出さないと言ってましたので、

 遠慮がなくなったのを見て、婚約しているとシャル様に教えたのかと」


「え、え?マリーナさんも知って?」


「もちろん知ってましたよ。

 初日から、シャル様は婚約者だと思って接しておりましたから」


ええ?と思ったけれど、ジルベール様はすぐに気がついたと言っていた。

マリーナさんも、私がシャルリーヌだと気がついてもおかしくない。


……三歳のシャルだと思っていたからできたことが、

二人からはずっと十八歳だとわかられていたことになる。

ううう。お風呂も着替えもお世話させてしまった。恥ずかしすぎる。


「今さらだ。婚約者なんだから、裸を見ても問題ないだろう」


「ジルベール様、今のシャル様に言うのは逆効果です」


「はぅぅぅ」


毛布をかぶって顔を隠したら、その上から撫でられているのを感じる。

結局、三十分後には恥ずかしさよりも空腹に負けて起きた。

無言で朝食を食べていたら、ジルベール様に謝られる。


「何か怒らせたのならすまん。

 俺には加減がわからない」


「え?」


「婚約者ができるのは初めてだからな。

 恋人がいたこともない。

 だから、どうするのが正解かわからないんだ。

 魔術なら失敗か成功か、すぐにわかるんだが」


ジルベール様らしい考え方と、

本当に悩んでいるような眉間の深いしわに、

困っているのは私だけじゃないんだとわかった。


「ジルベール様、私も初めてでわからないので、

 ゆっくり考えていきましょう。

 本当に嫌だったら、その時はちゃんと言いますから。

 ジルベール様も私が嫌なことをしたら教えてくださいね」


「あぁ、そうだな。そうしよう」


ほっとしたように笑う顔が今まで見たことのない表情で、

離れているのがさみしくなってしまった。

せっかく一人で食事ができるようになったのに。


そう思ったら、身体がふわりと浮いて、

ジルベール様のひざの上に運ばれる。


「え?」


「このくらいはいいんじゃないかと思った。だめか?」


「……だ、大丈夫です」


「いいってことだな」


満面の笑みのジルベール様に逆らえる人なんているんだろうか。

口元に運ばれたスープをこくりと飲み込む。

子どもじゃないのにと恥かしくても、

ジルベール様にふれて落ち着くと思ってしまう自分もいる。


「食べたら学園の話をしよう」


「はい」


もぐもぐと口を動かしながら学園のことを思い出す。

ドリアーヌと顔を合わせたら、また何かされるかもしれない。

知らないうちにジルベール様の服をつかんでしまっていた。


怖い。だけど、負けたくない。


ずっと一人だった世界が広がっていく。

黒が、黒髪が行ってはいけないと言われた場所。

でも、本当は行ってみたかったんだと気がついた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る