超絶拷問の末に最強の神の力に目覚めたので、神っぽく生きてみようと思います。

森咲きいろ

プロローグ

第1話 プロローグ

7月某日。どうやら今年も暑くなるらしい。


梅雨が明けて唐突に鳴き出したセミは、さぁ皆んなこれから一緒に鳴こうか、とでも言って示し合わせたかのように一斉に鳴き出した気がする。


俺はとある観光地の格式高い旅館に滞在していた。市街地から車で40~50分。多少年期の入ったアスファルトを車で駆け抜けてここまでやってきた。


有難い事にご招待されたのだ。


歴史ある旅館といいつつも、定期的にシステムはアップデートされているのだろう。インテリアも和の要素を前面に押し出すのではなく、所々モダンに整えられている。


「良い庭だなぁ…。」


神秘的な森を切り取ったかのような庭園を眺めていた時、俺の部屋のドアを叩く音がした。


「ライラ様。入っても大丈夫ですか?」


はつらつとした明るい声。


「いいよー。」


俺はくるりと踵を返し、窓際の一人掛けのソファーに腰を落とした。


ガチャっとドアが開く音、それに続いてスリッパのペタペタとした音がする。


「わぁ!コーヒーの良い匂い!」


「いい香りだよね」


そう言って俺は一口コーヒーを飲んだ。

この部屋の空気感なのだろうか。コーヒー1つとっても何故か品があり美味しく感じる。


いや、実際に美味しいのだろう。

小さな気配りや、こだわりのようなものを感じる。



「きいろちゃんもコーヒー飲む?」


「え!良いんですか!頂きます!」


彼女はピッと敬礼すると、にこやかに言った。


陽だまりのようなベージュのキャスケットに、ベッコウのウェリントンフレームのメガネ。

ゆるくウェーブがかったミディアムショートの髪が帽子から伸びる。


「コーヒーマシーン?の良さげなのが置いててさ、それがやっぱり美味しいんだよね。」


俺は目の前のコーヒーテーブルに置いたカップソーサーの上に、自分が飲んでいたカップを置いて立ち上がる。


マシーンにカップをセットして金属製のボタンをカチッと押すと、コーヒーマシーン独特の機械音が部屋に響いた。


「ライラ様。ありがとうございます。でもこれぐらい自分でしますよ。」


「別にいいから、そこ座ってよ」


俺は軽く笑いながら言った。


「いやいや、神様にお茶出ししてもらうって余りにも不敬じゃないですか!?」


わわわっと慌てながら彼女は言う。


「ほらほら、そんなに慌てるとパソコン落とすよ?」


マシーンは品のある電子音を響かせ、素敵なコーヒーが仕上がった事を知らせる。


俺はコーヒーの注がれたカップと新たにソーサーを一枚取ってソファーへと向かう。


「えぇぇぇ…。ありがとうございます。」


ちょっとしゅんとした彼女はおとなしく俺の前のソファーに腰掛けた。


そして俺も彼女の目の前のソファーに腰を下ろした。


「ちょっとマジで飲んでみて?本当に美味しいから。」


そう言って気が付いた。


「しまった!きいろちゃんはミルクとか砂糖とかいるタイプ?いや、、、いるよね?」


俺は彼女を上から下に視線を移動させて言った。


「うわぁ…ライラ様、私のことまだまだ子どもだと思ってますね。小説家はブラック派なんです!」


ふんと鼻を鳴らして言った彼女は、カップを手に取りコーヒを口に含んだ。


「うぇ!あっつ!」


「でも猫舌なんじゃん。キャラブレしないねー。」


笑って俺も一口飲んだ。


「こればっかりはどうしようもないですよ。熱いのが悪いんですー。」


「あっ!でも本当、美味しい。」


カップの水面に視線を落とし彼女は目を丸くした。


なんとも感情の移り変わりがせわしないものだ。


「だろー。」


そう言いながら視線を窓の外へ。

実に穏やかなものだ。


コーヒーの香りと柔らかな時間。

指先に触れるソファーの生地ひとつにすら温かみを感じる。


さんさんと照った太陽の光もこの部屋はお構いなしだ。

キラキラと光る葉っぱの1枚1枚を俺は今、大層快適な空間から眺めているのだ。



コーヒーの熱気が気管を抜け切るのを感じてから、俺は小さく息を吐いた。


「ねぇ、やっぱ聖書っているの?」


その問いに彼女は俺を一瞥する事なく、持ってきたノートパソコンを広げながら


「何言ってるんですか!ひ・つ・よ・う、です!」


と言った。


「第一、他の神様で聖書がない方なんていませんよ!っていうか…。」


彼女は少し肩を落として。


「私が書いちゃっていいんですかね…。」


少そう言って彼女は不安そうな表情を浮かべた。


「やめてよ!きいろちゃんは文章上手なんだから!ってか俺が選んだ人なんだよ?きいろちゃんがダメなら、神である俺の選択が間違いだったって事?」


我ながら嫌な質問をしたなと思う。


「いや!そんなことは!ライラ様はもう本当に…。」


もう一度彼女はコーヒーに目を落とす。



ゆらゆらと波打つ水面に映った彼女の瞳。


少しだけしんとした時間が流れた後に、彼女は短くため息をついた。

どうやら何かの決心がついたらしい。



「じゃあ改めて色々お話し伺っていいですか?」


俺はソファーに座り直して、姿勢を正す。


「勿論。」


彼女は俺の目を真っ直ぐに見つめていた。

浅い相槌をして、ポケットからボイスレコーダーを取り出した。


「後からお話しを聴き返したりしたいので、録音してもいいですか?」


「断る理由はないかな。いいよ。」


「ありがとうございます。」


赤い録音ボタンを押して、彼女はコーヒーテーブルの上にボイスレコーダーを置いた。


「なんだか緊張しますね。」


ははっと笑う彼女。


「本当だね。まぁでもやりますか!」


俺は両膝を軽くパンと叩いてから言った。


「はい。それじゃあ、覚えてる限り昔から。そして可能な限り丁寧に聴かせて下さい。」


「OK…。覚えてる限り昔か…。」



目を瞑って首を後ろにもたげて思考を過去へと遡る。

映画を巻き戻す感覚に近い。

ぐるぐると思考は逆回転をして、思い出の足跡を辿る。


俺の一番最初の記憶。


それはやはり広大な庭と、思い出深いあの建物だろう。

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