第5話 山の講





 金井の遺体は、浜松市の医大で司法解剖されて、二日後、山田沢に帰ってきた。それに合わせ、葬儀、告別式が行われ、金井は、荼毘にふされた。

 それから、金井の初七日法要が終わり、直後に、山師団のメンバーが集会所に招集される。


「こんな事になり、非常に残念だ。大変な事態が次々に起こり、皆、疲れていると思うから、今日は手短に終わらせようと思っている」


 師団長の大鳥居が言った。

 集会所に集まった者たちは押し黙っていたが、峨朗は立ち上り、声を張り上げた。


「こんな風になったのは残念だけど、しかし、こうなった以上、山師団の師団長は俺が引き継ぎますよ。みんな文句ないだろう?」


 峨朗の問いかけに、皆、無言で返す。

 それに、異を唱えたのは、消防団長の西新井であった。

 西新井は、一同を見回しながら、ゆっくりとした口調で話す。


「今回、師団長選が候補者が次々にの人がこんなことになってしまって、本当にショックです。そこで、最後に、残った馬酔木君が師団長を引き継ぐことは、順当なのかもしれない。しかし、この心のわだかまり、本当に、これでいいのだろうか?僕には、わからない」

「いずれにせよ、大鳥居さんが山師団を引退するなら、誰かを師団長に任命しないといけない。だったら、自分で問題ないでしょう?」


 峨朗の言葉には、力強さがあった。すると、大鳥居が立ち上がる。


「今回、こんなことになり、もしかしたら、少しは俺にも責任があるのかもしれないと悩んでいた。そして、今後、山師団はどつしていけばいいのか?後継者や存続にもまだまだ課題がある。だから、俺は、山師団の師団長をもう少し、やることにする。峨朗君には、申し訳ないが、これが一番いい選択ではないのかと思うに至った。どうだろうか ?」


 峨朗は、じっと大鳥居を見つめていた。


「それじゃあ、もう何も言えなくなるじゃないですか。要するに、俺じゃあ、役不足って言っているようなもんだ。しかし、そこまで言うんだったら、ここは、多数決で決めましょうよ。俺か、大鳥居さんか?どちらが良いか多数決で決めれば、文句はないでしょう?」

「そこまで言うなら、仕方がない。いいだろう、多数決でどちらが良いか、決めよう」


 大鳥居には、余程の勝算があるのだろうと、その雰囲気から伺えた。事実、実績やこれまでの流れなどからも、峨朗が師団長になることはないと、西新井は考えていた。


「それでは、馬酔木君が師団長になった方がいい者は、 挙手してくれ」


 すると、峨朗に手をあげる者が大半であった。

 峨朗が勝利した瞬間、大鳥居は、全身が熱くなったかのように肩を震わせた。


「フッ、そういうことか。じゃあ、馬酔木が師団長になるということでいいんじゃないか」


 引きつった顔で、大鳥居が言った。


「ありがとうございます。一生懸命頑張りますので、よろしくお願いします」


 峨朗は勝利者の余裕で頭を下げた。



  *     *     *



 研修最終日は、半日で終わったので、富士の麓から山田沢に帰ってきた圭。その足で、ASE材木店に立ち寄った。

 午後三時頃に到着したが、峨朗は事務所にいた。


「ただいま、研修から戻りました」


 事務所に入り、圭は挨拶をした。


「おお、おつかれ。……いやあ、沖土君がいない間、山田沢は大変だったんだぞ」


 開口一番、峨朗は噺家のように切り出し、岩本いちご農園の火災や自分と金井にかけられた嫌疑などの話をした。

 自分の疑いは晴れたが、金井は、取り調べの合間に警察署からの逃亡して、山師団も加わり、山中を捜索したが、結果、稚児の滝で死体となって発見されたという。

 あまりの話に、しばらく言葉が出ない圭に対して、峨朗は面白そうに話を続ける。


「どこでどうなったのか、金井の頭はほとんど残っていなかったそうだ。前にあったろ、あの若者のようだとみんな言っている。いやぁ、恐ろしいことが立て続けに起こるもんだわ」


 テンションが高く、異常な目の輝きをしている峨朗に、圭は背筋を震わせた。


「……本当に、金井さんが岩本さん宅に火をつけた犯人だったんですか?」


 圭にはにわかに信じられなかった。金井は大風呂敷を広げる言い方やいい加減なところがあったが、犯罪を犯すような人間には見えなかった。


「現在、捜査継続中だが、ほぼ、金井で決まりだという話だ。被疑者死亡で書類送検されると花村が言っていたからな」


 駐在が言っていたなら事実なのだろう。しかし、後味が悪い結末である。


「それはそうと、研修はどうだった?」


 峨朗は、あっさりと話題を変えた。


「えっ?……あ、はい、県内から、三十名ちかくの人が研修に来ていたので、正直、疲れましたが、色々と学ぶことができました」

「ふーん……聞いたところによると、君は辞めようと思っているんだって?」


 圭は、頭を不意に殴られたようなショックを受けた。峨朗がなぜそれを知っているのか?辞めることを相談したのは、高良だけである。


「いや、ええ、まあ……」

「どうして?せっかく、慣れてきたのに」

「まあ、色々と、環境が合わないと言いますか、疲れたと言いますか……」


 どこから漏れたのかを考えて、取り繕う言葉しか出てこない。


「思うところはみんなあるよ。だからさ、近い内に話し合いの場を設けようと思っている。ちょうど、山の講があるから、その日にみんなを集めて話をしよう」


 峨朗は、そう言って、圭の肩を叩いた。


「ヤマノコウ?」


 山の講がなんだかわからなかったが、それまでに、きちんと辞める意思をまとめておこうと、圭は考えた。



  *     *     *



 山の講とは、初春と初冬に行われる、山神を称える祭りであり、この日は山の仕事をせずに、赤飯を炊いて酒や料理を振る舞うのが、山田沢での習わしであった。

 ヤマノコと読むところと、ヤマノコウという地域があるが、浜松市では、ヤマノコウと古くから言われていた。

 午後七時頃に、峨朗宅に集まることになっており、圭は、六時五十分頃に峨朗宅(馬酔木家の増設した新築家屋)のチャイムを鳴らした。

 すると、ドアが開らき、峨朗が顔を出した。


「さあ、入ってくれ」


 峨朗に促され、リビングへ通されると、まだ誰も来ていなかった。


「他の人はまだですか?」


 テーブルの席に腰掛けて、尋ねると、峨朗は微笑み、「二人は来ない」と言った。


「あっ、そうなんですか。何か急用でもできたんですか?」


 動揺を隠すように圭は訊くが、


「それより、今日は二人でじっくりと話をしようじゃないか。君と話をすることがメインなんだ。邪魔な二人はいらないよ」


 ハメられた、圭は咄嗟にそう感じた。しかし、ここで、変な反応を示すのは、得策ではないと思い、黙ることを選んだ。

 すると、峨朗は、「食事の用意をするから」と、奥へ引っ込む。

 一瞬、ホッとするが、直ぐに料理を運んでくる峨朗。長方形のテーブルに、あっという間に、家庭料理と瓶ビールが並んだ。


「あの、奥さんは?」


 コップにビールをつがれながら圭は、冬子が姿を現さないことに疑問を感じて聞いた。


「体調がすぐれないみたいだ。さあ、食べようか」


 冬子とのことがバレたのか?

 二人だけの食事に、気まずい雰囲気が漂う。圭が黙っていると、峨朗は、黙々と料理を食べる。


「あの、やはり、辞めさせてもらいたいです」


 圭はたまりかねて、本題を切り出した。早く、この家から抜け出したかったのかもしれない。


「なぜ?」


 峨朗は、箸を止めて尋ねる。


「やはり 思ったんですが、林業に向いてないというのもあるし、他にも、この山田沢の雰囲気と言うか、合わない気がして……良くしていただいたのに、申し訳ないと思います」


 圭は、テーブルに額をつけて、深々と頭を下げた。すると、


「そうか……つまり、仕事と生活環境が合わないから、辞めいたということだな?」

「はい」

「本当にそうか?それで辞めいたのか?人の女房と寝てくせにそんなことを言うのか?」

「えっ……?」

「どうだった?俺の妻の味は?美味かっただろう?あいつ、もともと東京でナンバーワンの風俗嬢だったんだ。あっちの方は相当好きもんで、満足しただろう?いいんだぜ、これからも、いつでも好きな時に、使ってもなっ」

「あ、いや、そ、それは……」

「どうした?遠慮しているのか?」


 うろたえる圭。すると峨朗は、「おいっ」と手を叩いた。しばらくすると、ドアがゆっくりと開き、パジャマ姿の女が入ってきた。


 長い髪をだらりと無造作に垂らして、うなだれているその姿は、すぐに冬子だと分かったが、部屋の隅で腕を抱えて立っていた。


「おい、顔をみせてやれよ」


 峨朗が言うと、肩を震わせながら顔を上がると、そこには、殴られて顔面がボコボコな冬子がいた。あまりの事に、声も出ない。


「妻がこうなったのは、君の責任でもあるんだよ。ねぇ、責任とらなきゃあ」


 たたみかけるように峨朗は言った。言葉が出ない圭。すると、峨朗は、冬子に向かって叫んだ。


「おい、酒。酒を持って来い」


 冬子が、足早に出て行く。再び、静まり返るリビング室に、峨朗の声が響く。


「それと君は、もう一人の女のことを知りたいんじゃないか?」


 圭は、ピクッと体を動かした。


「あの女、名前は何て言ったっけ?伊勢崎の孫だったな、好きだったんだろう?」 


 圭は、握り拳を握る。


「なぜ、あの女が、あんな事になったのか、理由を知りたいんだろう?」

「……はい」

「それはそのはずだ。異常だからな、あんな事をするなんて。じゃあ、教えてあげるよ、 それはあの女が、この村の女だからだ。この村の女には、この村の女の生き方ってもんがある。それを拒んでは生きていけない。それを拒んだとしたら、この村でどうなるのか?それが、あの女にもわかっただろう」


 峨朗は続ける。


「この村の生い立ちというのは、かつて戦に敗れた武士が逃げ延びて、ここに暮らし始めたのが始まりだ。この村の者たちは皆、生き残るために、何でもして、よそ者に付け入られないために、しきたりを作ったんだ。それが、ずっと続いている。それが俺たち山田沢の人々だ」

「……じゃあ山師団の連中が、あの子を襲ったってのは、全員ってわけじゃないんですね?」

「そうさ、昔からいる者が、秩序を守るために、ああしたんだ。だから、復讐しようと関係ない人を襲ったりしないでくれよ」


 くくくっと、峨朗は不気味に笑う。


「それと、沖土君。もし、君があの娘が欲しければ、この村の人間になればいいんだ」


 目の前の人物の狂気に、何も言えない圭であった。

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