第四章 山の講
第1話 分岐点
その日の定例会はいつもと違い、重苦しい雰囲気が漂っていた。
仲間の家が全焼し、一家四人が死亡したのだ。しかも、その火事が放火であり、容疑をかけられたのは、同じ山師団のメンバーであった。
更に、動機と目されているのが、山師団の師団長を争っていた為であるとまことしやかに噂されているのだ。
「次に、師団長選だが……」
現師団長である大鳥居が、最後の議題として、師団長選について発言しようとしたその時、
「師団長は俺がやる」
金井の声が、山師団の集会所に響き渡った。一同は戸惑いと好奇の目を一斉に松井にむけた。
「不謹慎だと思われるかもしれないが、他に選択肢はない、そうでしょう?大鳥居さん」
「まあ、待て」
大鳥居が重々しい声で制した。その眼光には、長年組織を率いてきた者特有の威厳が宿っている。
「馬酔木君の件が完全に決着するまでは、新しい団長は決められない。わかるだろう?」
「いいえ、なぜですか?」
いつも飄々としている金井が、この日は珍しく熱くなっていた。
「あいつはもう終わりですよ。これ以上待つ必要なんてない、みんなもそう思うだろう?」
しかし、会場は静まり返り、誰も賛同しようとしない。金井の焦りが、部屋全体の空気を重くしていた。
「金井君、まあ、待て」
大鳥居が一歩前に出て、厳しい目で松井を睨んだ。
「お前も分かっているだろう。大変なことが起きたんだ。誰が師団長になるかなんて話をする段階じゃない」
金井はしばらく黙っていたが、やがて口を開いた。
「じゃあ、いつまで待てばいいんです? 峨朗が無罪なら、師団長選を行うというんですか?フンッ、選挙をやろうがやらまいが、結果は同じだって、ここにいる全員が分かっているはずです。峨朗では、師団長は務まらない。つまり、選挙をする必要擦らないんですよ」
金井の言葉が、集会所に響く。すると、大鳥居は静かに肩をすくめ口を開く。
「現時点では、師団長選は保留とする。今年いっぱいで退くつもりでいたが、年度末まで私が引き続き、師団長を務める。これが決定事項だ。不満がある者がいたら、言ってほしいが、決定が覆ることはない」
金井は怒りの目を大鳥居に向けていたが、やがて、あきらめたように顔をゆがめてうつむいた。
* * *
圭は、山師団の定例会には行かずに、荷造りをしていた。
成り行きとは言え、社長の奥さんと関係を持ってしまった。それは、ずっと真面目に生きてきた沖土圭にとって、気の迷い、汚点と言ってよい過ちであった。
圭は、山田沢によく似た、田舎がある関東圏に育った。
両親と八つ離れた兄の四人家族で、幼少期は、年の離れた兄の後をついていくような子供であった。
しかし、兄が十八の時、上京してからというもの、小学生の少年にとって、田舎暮らしはつまらなくなっていた。それでも、兄との連絡は取っており、偶に帰ってくる兄の話を聞くのが圭少年にとって何よりの楽しみであった。
そして、圭が中学生になった年、兄は連絡が取れなくなり、消息を絶った。突然の失踪に、両親は兄を探しに東京まで行ったが、知っていた住所は、すでに他人が暮らしていた。
結局、警察に捜索願を出して、地元に帰ってきた両親は憔悴しきっており、圭少年が兄について尋ねても、両親はただ首を振るのみであった。
そこから圭の人生は、慎重になった。
兄という心の支えがなくなり、また、あんなに聡明な兄が、連絡もなく行方不明になる世界に恐怖した。
しかし、近頃の自分は、その慎重な性格がどんどん崩れていることを感じずにはいられなかった。
とりあえず、バッグ一つに荷物をまとめ、山田沢を出ようと思った。
必要な物だけまとめ終えたその時、玄関のチャイムが鳴った。
ビクッと、身体全体が震えた。
なんとなく来るような予感はしていたが、その前に出ていきたかった。
ジッと佇んでいると、玄関を開けて、上がり込んでくる足音が近づいてくる。
「なんで連絡くれないのよ?」
冬子が、部屋のドアを開けて顔を覗かせて、圭は顔をしかめる。
「あなたには関係ないでしょう?この集落から出ることに決めたから」
圭は努めて冷静を装った。
「なんで?出ていくことなんてないでしょ。何で出ていくのよ?」
冬子は本当に分からないのか、圭を不思議そうに見つめた。
「社長の奥さんですよ、あなたは?」
「そうよ。バレっこないわ、心配しなくても」
「ボクが駄目なんです、そういうのは」
「真面目なのね、近頃珍しいわ。少なくとも、この近辺では」
「山師団の人たちだって真面目ですよ。団長や副団長だって」
「彼らはよそ者だからね。でも、元々、ここに居た連中はみんないい加減よ」
「よそ者?そんなに違うんですか?」
「ええっ、よく見るとその違いは分かるわ、雲泥の差よ」
「そんな事はどうでもいいんです。もう、関係ないし」
「そう?でも、もし私がこれから話すことを聞いたら、あなたはここを離れられなくなるわよ」
圭は眉をひそめ、冬子を見つめた。
「何を言いたいんですか?」
冬子は、意味深に口元をほころばせ、圭を見た。
「あなた、満里恵って子のことが好きでしょう?」
その言葉に圭は目を見開き、動揺を表情に表した。
「狼狽える必要はないわよ。この村では、すべてが筒抜けだから」
冬子はからかうように笑った。
「あの子がああなった理由を知りたくない?」
「ああ、なった……理由っ?」
圭の心はざわつき始めた。
「教えたら、きっとあなた、ここに留まるわよ」
少しの沈黙の後、冬子は静かに続けた。
「満里恵がああなったのは、レイプされたからよ。」
圭は一瞬、言葉を失った。しかし、震える声で聞き返した。
「えっ?レイプ?誰に?」
「そうよ、レイプ……しかも、集団で一晩中」
圭はその場に立ち尽くし、信じられない思いで妻を見つめた。
「誰がやったんだ?」
冬子は微笑みながら答えた。
「山師団の連中よ」
「えっ?」
圭の心臓が一気に早鐘のように鳴った。
冬子は再び、意地悪く笑った。
圭はその場に凍りついたようになり、言葉が出なかった。
「そんな、バカな……」
冬子は無言で答え、圭に一言も発さず、静かに部屋を後にした。圭はその言葉が信じられず、頭の中で何度も繰り返していた。
「山師団……?あの子を……?冗談だろ?」
「信じないわよね」
「バカバカしい……そんな話、信じられるわけがない」
「信じなくても構わないわ」
冬子は圭の背中に向けて言った。
「でも、知りたいでしょ?あの人にストレートに聞いてみなさいよ。案外、すんなり答えるかもよ」
圭はその言葉に動揺しながらも、無言で目を伏せた。冬子の嘘だという思いと、なぜか、それを払しょくできない自分がいた。
「今日、峨朗は保釈されるから、聞いてみなさい」
冬子は顔を歪めながら、醜悪な笑みを浮かべた。
* * *
警察署の自動ドアが開き、峨朗が出てきた。
その顔には疲労がにじみ出ていたが、表情は読み取れず、まっすぐに、タクシーに乗り込んだ。
峨朗がタクシーに乗り込むのを二階の窓から見つめていた山本がつぶやいた。彼は、冷ややかな目で、タクシーを見送った。
岩本いちご農園の出火当時、峨朗が遠く離れた場所にいたという証言と、監視カメラの映像が発見されて、アリバイが証明された。しかも、峨朗を現場付近で見たという今月元気の父親の証言が土壇場になって、似ている人間を見た、という曖昧なものに変わった。
これでは勾留は続けられないと、上司の判断で釈放になった。
しかし、山本の峨朗に対する疑念が完全に消えたわけではなかった。
今月の不審死や二年連続で起きた旅行客の事故死など、彼の周辺で多くの謎の死を遂げる者が多すぎる。
だが、どれをとっても、事件と峨朗を結びつける証拠はない。
「これで終わったわけじゃないぞ」
山本は、悔し気につぶやいた。
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