戦略家

「戦略家……!?」


 僕は、思わぬ単語が出たことに思わずそう声を上げる。

 戦略家とは、文字通り他国との戦争における作戦を考えたり、その準備をする人間のことを指す。


「戦略家っていうことは……」

「はい……サンドロテイム王国との戦争も、全てが指揮しております」

「っ……!」


 場合によっては、僕にとってこのエレノアード帝国の王女などよりも優先度の高い戦略家の人間。


「僕も、レイラについて行って良いかな?その相手の人格を、計画的な意味でも、感情的な意味でもこの目でしっかりと見ておきたいんだ」

「わかりました……このようなことはアレク様に伝えるまでも無いかもしれませんが、彼女はおそらく護衛を付けていると思われますので、例え彼女がどのようなことを言ったとしても────」

「わかってるよ、感情的になって変な行動を取ったりはしない」

「……出過ぎたことを言ってしまい、申し訳ございません」

「ううん、いいよ、ありがとう」


 僕のためを思って言ってくれた言葉であることは間違いないため、ここでそれを咎める理由は一切無い……それにしても。

 これからようやく色々と初めて行けるというタイミングで、いきなりこの国の戦略家と出会うことができるなんて思わなかったな────嬉しい誤算だ。

 僕とレイラは、部屋を出るとそのまま教会の外へ向けて歩く。

 そして、教会の信徒たちがその扉を開き、僕たちが教会の前に出ると────そこには、明らかに特異な雰囲気を放った女性が居た。


「……」


 高身長で深紅の髪に、大人びた綺麗な顔つき、その眼光は鋭く、胸元の開けた服に、黒のタイツにヒールの靴を履いている女性。

 まだ一言も言葉を交わしていないけど、その雰囲気からは、威圧感や冷徹さのようなものを感じ取ることができる。

 僕が自らがこの深紅の髪の女性、エレノアード帝国の戦略家に対して抱いた第一印象を分析していると、その女性はレイラに向けて言った。


「要件はわかっていると思うが、改めて言おう……サンドロテイム王国の敗北という形での戦争早期終結のため、教会の持つ資産の一部を私に譲って欲しい」


 っ……!

 サンドロテイム王国の、敗北……!

 わかっていたことだけど、僕が改めてこの目の前に居る女性が敵だということを再認識すると、レイラが力強く言った。


「お断りします……何度もお伝えしておりますが、私はエレノアード帝国とサンドロテイム王国の戦争には反対なのです」

「君が反対しようとしまいと、サンドロテイム王国の敗北は確実だ……あの国の王と戦略家は優秀だが、あれでは私に勝つことはできない」

「何と仰られようと、私が協力することはありません」


 ……なるほど。

 レイラが何故あえて、事前に僕にあんな忠告をしてきたのかがわかった。

 今までエレノアード帝国で、戦争や奴隷制度を当然のように受け入れているセシフェリアや、奴隷制度を憎むセレスティーネ、そしてサンドロテイム王国との戦争に反対するレイラと、この国の公爵としておそらくかなりの力を持っている人物たちに会ってきた。

 けど────今目の前に居るこの人物は、今まで僕が会ってきた人物たちとは違う……本当に、サンドロテイム王国のことを敵国として扱い、それ相応の行動を取っている。


「……」


 この人物さえどうにかすることができれば、サンドロテイム王国の劣勢をひっくり返すことができるという確信がある。

 二人の護衛が居るけど、剣を奪うことができれば────感情的になるなと言われてまを、僕がどうしてもそんな考えに走ってしまっていると、深紅の髪の女性が僕の方を見て言った。


「ところで、見たことの無い顔をしているが、君は誰だ?」


 っ……落ち着け。

 教会の目の前で、そんな騒ぎを起こすわけにはいかない。

 ここは、穏便に済ませるんだ。


「ルークと言います、今日は教会で祈りを捧げていたんですけど、このエレノアード帝国の戦略家であらせられるる御身のことを一目でもこの目で見てみたいと思い、僭越ながら聖女様と共に来させていただきました」

「……」


 それから、静かに僕のことを見てくると────深紅の髪の女性は、僕の顎を掴んで目を覗き込むようにして言った。


「良い男だな……それに、良い目だ……それ相応の爵位があるものか?だが、それなら会ったことが無いというのは不可解だな……となると、爵位が低い、もしくは庶民────」


 深紅の髪の女性がそんなことを呟いていると────僕の隣に立っているレイラが、僕の顎に触れている深紅の髪の女性の手を僕から離して力強く言った。


「私の許可無くこの方に触れることは、この私が許しません」

「……君が男に対してそんなことを言うのは、意外だな」

「だったら何だと言うのですか?」

「いや、何でもない……どうやら、今日もまた無駄足……では無いか」


 レイラの方を向いていた深紅の髪の女性は、再度僕の方を向いて言った。


「君とはまた会うことになる予感がする……それがどういった形でとなるかはわからないが────私は君に興味があるから、その時を楽しみにするとしよう」


 それだけ言い残すと、深紅の髪の女性は僕たちに背を向けて馬車に乗ると、馬車に乗ってこの場を去って行った。

 もう教会前に用は無いため、僕とレイラは一緒に教会の中にある聖女室に入ると────レイラは、僕に頭を下げて言った。


「アレク様!先ほどは、アレク様の身に触れるなどという愚かな行為を許してしまい、大変申し訳ございません!」

「レイラが謝ることじゃないよ……それよりも、あの公爵がこのサンドロテイム王国とエレノアード帝国の戦争を指揮してる人間なんだよね?」


 僕がそう聞くと、レイラは頭を上げてそれに応える。


「はい、彼女の家系は代々戦略家の家系ですが、その中でも彼女は歴代の戦略家の中でも群を抜いて優秀だと言われています」


 確かに、雰囲気や言葉だけでも、実際にそれらの戦略を考えさせたら優秀そうであることはよくわかった。

 あの深紅の髪の女性のせいで、サンドロテイム王国は、ここまで……だけど。


「ようやく、色々とこの目でしっかりと見えてきた……この国の状態も、この国を動かしている人間も……そして、サンドロテイム王国が、本当に危ないということも」

「アレク様……」


 レイラは、そう語る僕の手に自らの手を重ねてくる。


「ここからようやく、始めることができるんだ……このエレノアード帝国打倒のための計画を……そして、そのための第一目標は────さっき出会った、あの公爵……レイラ、今すぐにじゃ無いけど、今度適切なタイミングで、僕と彼女が二人で会うタイミングを作ってくれないかな?」

「っ!?彼女と二人で会うなど、危険すぎます!せめて、私にも同行の許可を!」

「レイラの気持ちは嬉しいけど、レイラが居たら警戒されてしまうかもしれないから、とりあえず二人で彼女と話して、彼女の弱点や情報を探りたいんだ」

「……アレク様がそう仰られるのでしたら、わかりました」


 僕を心配してくれはするけど、最終的には僕の言い分をしっかりと理解して聞き届けてくれる。

 今後この計画を行なっていく上で、レイラは本当に心強い協力者になってくれそうだ。


「ですが、それをご決行なされる前に────アレク様と、愛なる行為をさせていただきたく思います!」

「え!?ど、どうして!?」

「アレク様が自らの身を顧みず、それでもサンドロテイム王国を思い、危険な行為に及ばれるのであれば、私は愛を持ってそのようなアレク様のことをお支えさせていただきたいのです!」

「いや、それは────」

「アレク様さえよろしければ、私は今からでも構いませんので、今からでもベッドにて────」


 それから、僕は頬を赤く染めて僕のことをベッドの上に連れて行こうとするレイラのことをどうにか拒み続け、落ち着けた。

 ……心強い協力者になってくれそうだと思った直後から踏み外してしまった感じがあるけど、きっと大丈夫なはずだ。

 それから、僕とレイラは、時間の問題であと少しだけだったけど、計画についての話を進めることができた。

 ────この時、セシフェリアに隠れて裏で色々と動いていた僕は、これから少し先に、セシフェリアにに遭わされることになるとは、考えてすら居なかった。

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