その12 信じる
「ねえ! もしかして……、真白ちゃんなの?」
!?
突然、懐かしい女の子の声に呼ばれて、振り向けば。
目をまるくしているさゆちゃんと、教室にいるときよりも幾分黒い霧をひそめた梨花ちゃんが立っていた。
「あっ。さゆちゃん……と、梨花ちゃん」
「真白……と、瀬川くん?」
って、うわああああ! どうしようっ!
知り合いバレするかもしれないっていう嫌な予感が現実になっちゃった⁉︎
いろんな意味で心臓バクバク言ってる。
二人の視線、目の前に座ってる瀬川くんに釘付けだ。
ウサちゃんが退場したあとなのはまだ良かったけど、あまりにもタイミングが悪いよ〜っ!
「ええと。加藤さんと……、黒野さんの知り合いの子?」
瀬川くんは焦る様子もなく首をかしげてるけど、この状況は、ものすごくまずいのでは!
目をまるくしてなにも言えずにいる梨花ちゃんとは対照的に、さゆちゃんは目をキラキラと輝かせはじめた。
「真白ちゃん、小学校の卒業式以来だよね? 久しぶり〜〜!! ねえっ。もしかして、そのちょーーーイケメンの子とデート中なの?」
うわあ〜〜〜〜っ! サイアクの展開だ!!
別の中学校に行ったさゆちゃんは、小学時代のわたしの暗い噂も忘れちゃったのか、もしくはそれほど気にもしていなかったのか。久しぶりの再会で明るく話しかけてくれるのはすごくありがたいんだけど、ちょっと恋バナに興味津々すぎるところがある。
もちろん、瀬川くんほどのイケメンがわたしなんかと休日にお昼ご飯を食べていたら、一体どんな天変地異が起きてこうなった? って疑問に思うのも当然だろう。さゆちゃんの気持ちは痛いほどわかりますっ。
でも、でもね!
今は、隣に、梨花ちゃんがいるんだよ!
「真白ちゃん? おーい、聞こえてる?」
さゆちゃんに、返事もできなかった。
梨花ちゃんの様子がひたすらに気になってしまって。
だって、だって!
それまで落ちついていた梨花ちゃんをまとう黒い霧が、急に、膨らんでいくんだもの!!
どんどん気配を強めていく霧は、手を伸ばさなくても、ついにわたしにまで届いてしまった。
(二人って、休日にわざわざ遊ぶほど仲が良かったんだ。知らなかったな。瀬川くんと仲良くしていたのは意外だけど、真白は、クラスでひとりぼっちってわけじゃなかったのね。……ちょっと、安心したかも。ひどいことを散々言っちゃったあたしは、今さら、ゆるしてなんてもらえないし……)
っ。
不覚にも、黒い霧から伝わってきた梨花ちゃんの心の声に、泣きそうになった。
でも、でも。
この状況は、ほんとにほんとにまずい!
フードコートの喧騒が一気に遠のいて、神経全部を、梨花ちゃんの黒い霧に持っていかれる。
状況に、嫌というほど身に覚えがあって、全身に鳥肌が立ちはじめた。
あの修学旅行の夜。
わたしが、疫病神と呼ばれたあの日と、似通ったような状況で。
(ほんとは、真白のせいじゃなかったのかもしれないって、わかってるんだ。わかってるんだけど、誰かのせいにしないと、心がもちそうになかった。ごめんね、真白。ダメだな……。あたし、また八つ当たりしそうになってる。デート、デート、デート……。男の子と女の子なら、二人で一緒に出かけただけで簡単にデートに見えるんだ。あたしがさゆとどんなに出かけても、さゆにそういう意味での意識なんてゼッタイにしてもらえないのに)
あぁ、やっぱり。
梨花ちゃんは、いまだに、さゆちゃんのことを。
(ごめん、ゴメン、ゴメン、真白。悪いのは、全部あたし。女の子なのに、女の子の親友に恋をして、ずっと諦めきれないでいるあたしだ。みんながフツウの恋をしてると、追いていかれたような気持ちになるあたしのせいだ。ゼンブ、ぜんぶゼンブぜんぶあたしが悪い。なんであたしは、『普通』になれないの?)
嫌っ!!
梨花ちゃんが、黒い霧にのみこまれちゃう!!
「梨花ちゃんっ! 落ちついてっ!!」
「悪魔化発生! 悪魔化発生!」
わたしが叫んだのと、ウサちゃんが瀬川くんのショルダーバッグの中から飛び出してきたのとは、ほとんど同時だった。
ああ……。
やっぱり、あの黒い霧は悪魔化の前兆だったんだ……!
「えええええっ⁉ どうして加藤さんが悪魔に!? とりあえず落ちついて対処しないと。ウサ、結界を張って!」
「承知!」
ウサちゃんが七色の光を発すると、それまで賑わっていたフードコート内から一気に、人の気配と障害物になりうる机と椅子が消えた。
さゆちゃんの姿も見えなくなり、ドーム状の結界内に、わたしと瀬川くんと悪魔化してしまった梨花ちゃんだけが残される。
「……結界の効果、やっぱりきみには効かないぴょんね」
「えっ?」
「危ない!!」
ひっ!
いつの間にか瞳を赤く光らせた梨花ちゃんが、その手から黒い炎を放つ。
「みんな、幸せそうで良いナぁ……」
間一髪。
襲ってきた炎を切り裂くように、瀬川くんが銀の刃を振るっていなかったら、二人まとめて丸焦げになっていたかもしれない。
頬をかすめた熱風ですら、とんでもなく熱かった。
た、助かった……!
心拍数があがりすぎて、心臓飛びだしそうっ。
「とんでもなく強いっ! 加藤さんは、一体どうしちゃったの……?」
「理人っ。その子のネガティブオーラ、ジンジョウじゃないピョン! イママデなんで悪魔化しなかったのかが不思議なぐらいに強い負のオーラを感じるぴょん!」
そんな……!
もしかして今梨花ちゃんがこんなことになってしまったのは……、わたしが、ずっと見てみぬフリをしてきたせい?
あの修学旅行の夜、梨花ちゃんに疫病神だと言われてから、わたしは自分のことでいっぱいいっぱいだった。
それで、ずっと気になってはいたけど、見過ごしつづけてきたんだ。
見えてはいても、どうせ、なんとかできるものじゃない。
おかしな力を持ってるわたしは、梨花ちゃんの言うとおり、本当に疫病神なのかもしれないしって……。
諦めて、逃げつづけてきた結果が、これなの?
「黒野さんっ! 僕の後ろにいて!」
「は、はいっ!」
ネガティブな気持ちに浸る間もなく、梨花ちゃんの放つ火炎玉がわたしたちを襲う。
刀で的確に火炎玉を消滅させていく瀬川くんの背中は、とても頼もしいけど……。
「ジャマしないデ!!! コンナ世界、ぜんぶ、燃えちゃえば良いのよ!!!!」
「うわっっ⁉」
「瀬川くんっ!!」
ヒヤッとした。
突然勢いの強くなった火炎玉を刀で受け止めきれず、瀬川くんが体勢を崩してしまう。
「あっつ……っ」
「瀬川くん、大丈夫⁉」
「……ん、なんとか! でも、このままだとマズいな。なんとかして、加藤さんの思いこみを突きとめないと……」
どうしよう、どうしよう。
わたし、守られているばかりで、完全に瀬川くんの足手まといだ。
わたしがいなければ、彼はもっと自由に戦えるのに。
再び立ち上がった瀬川くんは、ひたすらわたしを守るように、襲いくる炎を切り裂きつづけている。
それも、防戦一方で、梨花ちゃんへの攻撃の隙が全くない感じだ。
でも……、こんなところで、諦めたくはないよ。
だってわたしは……、憧れの瀬川くんと友だちになったばかりで。
梨花ちゃんとも、話したいことが、まだまだたくさんあるんだ!
うつむいてないで、わたしが、この結界内に取りのこされた意味を考えろ。
今、わたしが、役に立てること……。
それは、今も必死に戦いつづけてくれている瀬川くんを、心から信じることなんじゃないの?
「瀬川くん! わたしね、ほんとは小学生のときから、梨花ちゃんが黒い霧を発してたことに気がついてた!!」
「えっ……?」
今でも、あの修学旅行の夜のことを思い出すと、心が切り裂かれるように痛い。
ひとの心を読めるなんてやっぱりヘン、おかしいって思われたら……。そう思うと、震えそうなほど怖いよ。
だけどね。
それ以上に今は、瀬川くんのことを信じたい。
なによりも、梨花ちゃんのことを、今度こそあの暗闇の中から連れ出してあげたい……!
「こんな状況だから言うけど、他のひとには、絶対にひみつにしてね! 梨花ちゃんは、さっき一緒にいたさゆちゃんに恋をしているみたいなんだ! わたしは……、梨花ちゃんを取り巻く黒い霧から、小学生のときに、たまたま梨花ちゃんの恋心を知っちゃった。恋心を勝手に知るなんてゆるされないことだったのに、それを本人にも確認して、逆に傷つけちゃったんだよっ。それが、わたしが疫病神って呼ばれるようになった始まりなの!!」
「なるほど……」
わたしの必死の叫びを聞きおえた瀬川くんは、この危機的状況の中。
今にも泣きそうなわたしの顔を振りかえって、やさしく微笑んだ。
「僕のことを信頼してくれて、ありがとう。黒野さんのひみつも、加藤さんのひみつも、絶対に他の誰にも言わないようにする。約束するよ」
あぁ。
やっぱり瀬川くんは、素直に信じたうえで、受けいれてくれるんだね。
なんだか、ほんとに泣いちゃいそうだよ。
打ち明けたのが、瀬川くんで良かった……っ。
「そっか……。加藤さんのネガティブの根源は、同性である友だちを好きになったことなんだね。授業でも、性の多様性については学ぶけれど……、身近な他の子たちとの感覚の差を実感して心細くなる気持ちはなくなるものじゃないよね。加藤さんっ! きみが囚われているのは、アンコンシャス・バイアスなんじゃないかな?」
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