episode2.3.11 束の間の

「冬崎アカゲさん、アンタに妹は渡しませんよ」

 腕を組み、仁王立ち。眉を極限まで寄せ睨みながら、アカゲにそう言い放つ。

「兄貴! これは決定事項なの。ウチと冬ちゃんは結婚する」

「しませんよ」

 いつの間にか決定事項にされてしまっている二人の結婚。なんというか……みなともそうだが、その兄シンバシも大概な気がする。

「うちの妹をたぶらかして、挙句の果てに結婚? 見上げた度胸ですね。俺はアンタみたいな軽薄そうで無気力な男が一番嫌いだ!」

 大概だった。

 シンバシは長髪を揺らし、一触即発。指を突きつけられたアカゲを庇うようにみなとが前に出る。

「冬ちゃんはミステリアスな男なの! 知的でハンサムで、ニヒルだろ。だからウチからプロポーズした」

 いつの間にかプロポーズされていたようだ。

「みなとの方から……? そんな、まさか」

 まさかですよね、されてないんだもの。

「ウチ、こんなに心がときめいたのは初めてだ。……この人と添い遂げるんだって、そう思った! ウチの勘が外れたことないだろ」

 アカゲは途端に怯え出す。預言者じみた目の前の少女の言葉を鵜呑みにするなら、まさしくこれは決定事項なのか……? シンバシが口籠る。やっぱり勘は外れないんだ───。

「……そうか。みなとがここまで本気に……。───冬崎アカゲさん」

「はい」

「アンタが俺の妹を生涯幸せにできるというなら……」

「いうなら」

「ぐ……認めてあげますよ───!! 2人の、結婚を───ッ!!」

「しませんからね」


「どう? ここがこの町で一番大きな農場だよ!」

 山沿いに、見渡すばかりの田畑。山で鳴くような鳥の声が聞こえて、半分影になった空からのどかな光が差す。

「おお、私の村にもあったけど、その5倍くらいデカい」

 農作業をする町民が、麦わら帽を被りながらあちこちで手を動かしている。ツキはその広さに感心した。田畑の隣には牧場もあった。

「牛さんも豚さんも鳥さんも、みんなここで大きくなるんだよ」

「牛さんって見たことないな。後で見に行きたい」

「うん! 牛乳も後で一緒に飲もうね!」

 元気いっぱいなミズホ。ギュウニュとは何だろうか。


「オレにはツキの行く末を見届ける責任があります。だからアンタを幸せにできる保証はありません」

 そう言い切った冬崎アカゲ。うぬぬぬ、とみなとが悩む。

「分かった、冬ちゃんがそこまで言うなら……。保留でいい」

 疲れ切ったような長いため息を吐き出して、みなとは机にもたれた。

「ウチなぁ、ウチより賢い人が好きなの。でもそんな奴ここにいないからさ。冬ちゃんなら、ウチと同じ目線、いや……ウチより高いところから見てくれるかもしれないって思って」

 みなとの心情を聞き、シンバシはアカゲに語った。

「コイツ、幼い頃から友達少なくて。……どうも頭の回転が早すぎるみたいなんです。自分より賢い人を知らないから、アンタみたいな人に憧れてたんでしょう」

 いくら人を見る目があるからといって、人の賢さというものを出会って15分で測れるものなのだろうか?

「そりゃ光栄ですけど……。そこまで頭良さそうに見えますかね? オレが。割とツキからは───」

「自分を見ろ、冬ちゃん。ウチの目は誤魔化せない。ウチは分かってる。冬ちゃんの実力を、ちゃんと分かってるから」

 顔を上げたみなとは、アカゲを励ますように、いや……真実を伝えるようにそう告げた。シンバシの動揺を見れば───その言葉が偽りでないと分かる。

「みなとにそこまで言わせるなんて……。アンタ一体、何者なんですか」

「いやあ、大した者じゃないですよ。ただの冬崎アカゲです」

 やっぱりこの男、見込み違いじゃない。本物だ。口をU字に、みなとが不敵に笑った。

「おーけー冬ちゃん。惚れた男に、下界の知識全部教えてやるよ」


 牛と挨拶し、ついにギュウニュの味を知ったツキは、ミズホに手を引かれ、町をぐるっと一周回ることになった。

「ここが船着場、東と西の行き来は船に乗るよ」「ここがお風呂屋さん、夜は激混みだよ」「ここが交番、統括署の認可を受けた防衛隊の人が働いてるよ」「ここが腕木通信所、アレを動かして遠くの人とお話しするよ」「ここが上界人管理所、上から来た人達の戸籍を管理したりしてるよ」

 ミズホのガイドは賑やかで、町行く人々も笑顔で2人を見た。

「おう、ミズホちゃん! 今日もお仕事かい!」

「はーいイシカワさん! 今日はツキちゃんのご案内!」

「あっ! ミズホちゃん、ウチの電球点かなくなっちゃって……」

「ごめんねえ、それ多分技術部さんとこ行けば直してくれるから!」

「今日も偉いねえ、飴ちゃん食べてくかい?」

「わあ! ありがとーっ! ケータイのメンテナンスで明日また来るからね!」

 町の住民から、だいぶ愛されているようだ。ひっきりなしに声がかかる。……ちょっと大変そうに見えるが、当の本人は喜んでいるようだった。

 多くの人がここで暮らしているのだ。草木も、動物も、生命力に満ち溢れている。語られた惨劇から48年の時を経た今、命の営みは強く光り輝いていた───。そのうち人通りの少ないところにやってきて、忙しさも少しは落ち着く。何かを思い出して、ミズホが切り出した。

「……そうだ、アサノちゃんとは知り合いだったよね。あの子も上界出身だから最初はここで登録してね、今は炊事所で研修受けてるみたい」

「アサノ……。あの母親か」

 アサノと別れたのも、もうだいぶ前に感じる。

「凄いよね……。下界に来てから2人の子を産んで、何年も隠れながら暮らしてたって」

「アイツは、いい母親だと思う」

「うん、私もそう思う」

 湿っぽい空気になったが、日差しは少し暖かい。太陽が差し込んで、昼の到来を告げていた。

「それにしても、いっぱい歩いてお腹空いちゃったね。そろそろご飯の時間だから、ダッシュで食堂に戻ろっか!」

「食堂ならすぐそこになかったか?」

 ツキが後ろの方を指さして首を傾げる。

「私達は原則、中央食堂のご飯しか食べちゃいけない決まりなんだ。ほら、日毎ひごとに人数が変わってご飯が余っちゃったら面倒でしょ?」

「なるほど。広いと大変なんだなぁ」

 ミズホは隣で準備運動。走る用意万端だ。

「よーし、じゃあ食堂まで競争だよ! ツキちゃんは10分間のハンデね!」

「おい勝たせる気ないだろ絶対……」

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