episode2.3.2 旅路の追跡者
───何時間か、歩いただろうか。疲労感、ヘトヘトなアカゲ。……ツキは微妙な面持ちで、一歩後ろのアカゲを不安そうに見る。足取りも少し重たく、先行きが不安になってきた。アカゲはやはり貧弱だ。歩き続け、脚はとっくに疲れ果てた。そして景色は変わり映えしない。何となく傘の外に近づいている感じはするのだが……。気分転換にぼーっと上を見上げた。上空を覆い隠すハイブエンの巨大さを改めて実感する。とうに会話も尽きてしまった。
「疲労困憊……ってカンジです」
「あー……。なんか食べる?」
「食べます」
ホラ、と何かが投げ渡され、パシ、とキャッチしたものを見ると。お馴染み、炭化人間の肉だ。……モグモグ。
「うーん……」
相変わらず微妙な味。疲れた身体になぜか染み渡ってくるから最悪だ。旅立ちとは、こんなにも救われないものなのだろうか。何も華々しくない。地味で苦しい旅の始まり。
「もう歩けねえ……」
「情けないなーお前。私は背負えないからな」
大きなリュックを背に、こちらを振り返る。
「少し……休ませて……くれ」
呆れた顔で、ツキは仕方なく頷いた。
「……まあいいか、ちょっとだけな。私もちょうど喉乾いたし」
アカゲ、嬉しい。
空気はひんやりと冷たく、手足の末端も冷えてくる。鉄筋が剥き出しになったコンクリート壁がここにも立ち並んでいる。アカゲとツキは、上手く身を隠せそうなビルの残骸に潜り込み、とりあえずは暖を取ることにした。パチパチと焚き火に当てられて、暖かい光は夜の地をぼんやり照らす。
「よっこらしょ……うお……腰痛てえ……」
「お前そんなんでこの先大丈夫か?」
炭化人間の肉を齧ってツキが言う。手の平を擦り合わせて温めながら、アカゲは息をついた。
「そう、それなんです。一見上手くいきそうな計画でもね、実際行動に移してみたらどうにも上手くいかなそうなことを、机上の空論って言うんですよ」
「うん。今それ聞いてないんだ」
水筒の蓋をキュポ、と外して水を飲むツキ。足手まといを再度自覚して、ため息をつくアカゲ。
「いやマジ、スンマセン……。このままだと追加で1日必要かも……」
「まあそう気にすんなって、貧弱キモ男に期待とかしてないからさ」
「そもそもアンタが丈夫すぎるのよ、まだ病み上がりでしょうに」
……思えば、ツキはあの重傷から復帰したばかり。目覚めて僅か1日だ。彼女はどうしてこうも元気に動けるのだろうか。ヴァンキッシュとの戦闘で負った痛々しい傷。それも今は綺麗に塞がっていた。あの戦闘は今思い返しても凄まじく……。ん? 待てよ。あるじゃないか、話のネタ。電機義眼と呼ばれる眼の正体。あの戦闘でツキが見せた力は、常軌を逸していた。それが電機義眼とかいうシロモノによって引き起こされたとヴァンキッシュは証言したのだ。しかも、このオレの声をトリガーに。しかし今まで……というか昨日か。どうにも聞く勇気が無くて、困っていた。───もしかして、今なんじゃないか?
「なあツキ」
「なに?」
「───お前のその、アレよ。右眼の話なんだけど……」
「しっ」
左の人差し指を唇の前に出すジェスチャーをして、ツキは言葉を遮った。困惑するアカゲ。やはり触れてはいけない話題だったのだろうか……。ツキはキョロキョロと周りを見渡し、こちらに座ったまま顔を近づけて、ヒソヒソと話し始める。
「(今あんまりそういう話しない方がいい)」
少し張り詰めた空気が漂う。
「(聞けアカゲ。言ってなかったんだけど、さっきからずっと後ろをつけてくるヤツがいる)」
静かに驚くアカゲ。
「(マジか。距離は)」
「(……常に300メートルぐらいを保ってる)」
「(知能があるな、人間か。けどもしヴァンキッシュのようなヤツなら、会話が聴かれていても確かにおかしくない。とりあえず下手に動かずに、今は様子見でいきましょう)」
「(……うーん、分かった。でも近づいてきたら、私が迷わず殺すから)」
2人の後をつけているという謎の人物の存在。一体何者なのだろうか? ヒソヒソを終えて、2人はさっきの間合いに戻る。まさに人間レーダーと化したツキの鋭敏な感覚。聴覚なのか何なのか、原理は分からないが頼りになった。慎重に身支度を済ませ、再度出発の準備をする。上から砂をかけて火を消しながら、アカゲは言った。
「何の話だったっけ。ああ、封印されし魔眼ごっこか。中二病、アンタそろそろ卒業した方がいいぞ」
「中二病……? なんだ中二病って」
「ミナグロ病の次にタチの悪い病ですね」
驚くツキ!
「マジか、初めて聞いた! つか大丈夫なのか私、死ぬのか?」
「ある種死ぬ人もいますね。悶え死にってヤツです」
「え、えー! どうしよう……。全然分からんけど、どうしよう……」
他愛のない会話を繰り広げる。アカゲなりの誤魔化しだ。姿の分からない、謎の追跡者に悟られないための。
「ミナグロ病よりヤバいって、どんな病気なんだ。治るのか……?」
「そう慌てる必要はないですよ。安心してください、治るから」
ほっと胸を撫で下ろすツキ。……お互いに水分補給を済ませ、荷物を背負う。
「そろそろ行くぞアカゲ」
「はいよ、今行きます」
2人は歩く。枯れた土を踏みしめながら。ザク、ザク……。空気は心なしかさっきよりも温まっただろうか。相変わらず辺りは薄暗いが、日が暮れるまではまだ時間がある。なんとも地味な旅路の1日目は、こうして半分を超えた。彼らは歩くだけだ、上界への手掛かりを見つけに。
「おいツキ、ココなんかいるぞ」
アカゲが呼び止めて、地面を指差す。
「ん、ひゃあっ!」
突如動き出した背骨のような形の虫! ツキは悲鳴を上げる。これはムカデだ。下界で初めて見かける虫にワクワクのアカゲ。振り向いて、鳥肌を立てるツキを面白がるように笑った。
「アレ、ムカデ怖いんすか。お前の好物かと思ってた」
「怖くねーし、つか誰が好物だオラ、口開けろ食わせんぞマジで」
「そもそもアンタ触れないでしょうよ、残念でしたね」
「うぐぐ……」
アレ、とアカゲが気付く。
「フデオリとか、色々カネクダキとかいるんですもんね。もしかして、虫の炭化生物なんかもいたりして……」
「あ〜〜〜あ〜〜〜」
耳を塞ぐツキ! 現実を拒否!
「ほら……でっかーい、ムカデ型の炭化生物とか……ね」
「あ〜〜〜!! あ〜〜〜!!」
「
「あ、ホラ。ムカデそっち行きましたよ」
「う、うわ!! キモい!! マジでやめろ、マジでやめろ!!」
そう、彼らはこのままひたすら歩くだけ。ただ一つ気掛かりなのは、謎の追跡者───。その正体は分からず、ただ背後に気を配りながら、進む。珍しく、アカゲも引き締まった表情をしていた。
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