ドミネート編
episode2.3.0 復讐の結末
【───トヨねえさん。僕は病に罹ってしまいました。近く、皆を喰い殺す化物になってしまうでしょう。だから、どこか別のところへ行ってまいります。心配かけてごめんなさい、どうか探さないでください。僕は誰も食べたくないのです───】
その日、居間に置かれた手紙が、障子越しの夕日に照らされていた。
-第二章-
「この箱か?」
アカゲを見てツキが言った。ツキを見て自信満々に答える。
「ああ、アカゲギロチンだ」
「ダサ」
アカゲ、泣く。───目の前にあるのは、縦に長いロッカーのような小屋。ボロボロの端材を継ぎ合わせた簡易的な構造だが、それは確かにアカゲの努力の結晶だった。箱を目の前に、アカゲは流暢な口振りでセールストーク中だ。
「……んで、炭化人間は扉を見つけると開けて入ろうとする習性があるから、それを利用して後は待てばいいってワケよ」
「なるほど……」
そう言いながらツキは両手で持った2本の紐を交互に引っ張り合う。バシンバシンバシンバシン!! けたたましく音を上げる扉。……そう、炭化人間は目が悪い代わりに耳が良い。朝と夕、音を立てるだけで簡単に寄ってくるのだ。
「アカゲ」
「なんだ」
「面白い」
よかったな……と困惑気味に声をかけるアカゲ。ツキは、フンっ……フフ……と何かにツボっていた。……あ! 思い出したようにアカゲが言う。
「それ隠れながらやるもんですよ! こんなだだっ広い場所、炭化人間が来ちゃ……ったとしてもそっか、もう問題ないのか」
バシンバシンバシンバシン!! どうやら音に誘われやってくる怪物が……一匹。浅黒い皮膚に骨ばった身体つきのソレはこちらに気付いたようで、勢いをつけ遠くから駆け出してくる。扉の音が止んだ。ひとしきり鳴らし終わって満足したのか、ツキは自身の右手首から麻紐をグルグルと外し……いや、外れない。
「アカゲ、絡まった」
「あー今解くんで……」
「やっぱいい」
ジョギリ、と強引に麻紐を切り飛ばして自由になるツキ。にこやかだ。破壊の化身と相対し、微妙な面持ちのアカゲ。
「まあ、もう使わねーよな……そうだよな……」
そんなさなかにも。ズガッズガッ!! 地を蹴る音は向こうから響き、それに気付いたアカゲは身を構える。ズァッ!!
「なー、アカゲ」
「何すか急に。来てますよホラ」
「こういうの、なんて言うんだっけ」
こういうの? 頭を捻り考える。
「何でしょうね。───リハビリ?」
「あー、たぶん……それ!」
真正面には大口開けて猛スピードの炭化人間!! 10メートル……5メートル……1メートル!! 鋭い爪を立てて一気に飛び込んでくる───!! 瞬間……!!
ザキュン───!! ツキの振るった刃は、光の軌跡を描いて、炭化人間の頭と両手首を───同時に撥ね飛ばした!! 飛んでくるそれらを華麗に避け、力を失くした胴体を靴底で蹴って止める。後方にいたアカゲは自身を掠めた炭化人間の右手に情けない声を上げる。首無し胴体は膝から崩れ落ち、ドサリと倒れた。
「ふふん」
機嫌の良さそうなツキ。腕慣らしにはちょうど良かったみたいだ。それにしても、どうしてこうコイツら炭化人間は、脅威としての格が低いのだろう。ゾンビってもっとこう怖い感じで描かれるものだろうに、そのゾンビより遥かに強いヤツらがなんだかあんまりパッとしない。その絶対的な要因である人物は、今まさにアカゲの目の前にいた。
「そういや、身体はもう平気なんですか」
「あー。傷の治り早いんだ、私」
自慢げに言う。
「なんつーか、色々言いたいことはあるけど。まあ大丈夫そうなら……大丈夫か」
あっさり復帰したツキ、これでアカゲギロチンもお役御免ということになる。小屋にしては小さすぎて、箱にしては大きすぎるこの装置に、アカゲは静かに別れを告げた。普通の奴が炭化人間を仕留めるのがどれだけ大変か、身を持って知れた優秀な教材であった。このあえて特筆するべきでもない5日間が、下界という荒廃した地に彼が順応するための、ちょっとした足掛かりになったのかもしれない。
「アカゲ」
「何よ……」
ツキはアカゲギロチンを指差し、にっこり笑った。
「やるじゃん」
「お、やっぱり?」
露骨に嬉しそうな顔をするアカゲ。
「暇潰しの道具作る才能あるよ。今度またなんか作れ」
「あ、ハイ……」
いよいよ出発だ。目的地は、下界連合本部。住まいを失った2人が今頼れるのは、ヴァンキッシュの示す通り、そこしかなかった。人が集まる場所には、知識が集まるものだ。目指すべき吸気口の情報だってあるかもしれない。今はそれに賭けるしかなかった。
……ザク、ザク。枯れた土を踏み締める音。2人はそれぞれ荷物を担いで横並びに歩いている。ツキは、丸まれば彼女自身が入ってしまえそうなほど大きなミリタリーリュックを。アカゲは多少重量も軽くなった炭化イノシシ肉の包みと、鹿革の無骨なショルダーバッグを肩から提げている。これらの荷物が、彼らの全財産。冷たい風は過ぎ去る。
ここんとこ冷えますねだとか、寒くないすかだとか、月並みの会話を振り、アカゲは適当にあしらわれる。大丈夫なのだろうか? この先。薄闇は暗く辺りを覆い、どうにも変わり映えしない景色に、段々心がやられてきそうだ。もう少し暗ければ、明かりが欲しくなるところである。……そこでいきなり、アカゲが跳ねたように口を開いた。
「あ! そうだ」
「なんだ急に」
「気になったモノがあって……コレ───」
鹿革のショルダーバッグから、ゴソゴソと一つの電球を取り出す。ツキの家を照らしていた吊り電球である。
「あー、そういや朝なんかやってたな。勝手に持ってくんなよ、失くしそうだから」
「いやこれがね、トンでもない事に気付いちゃったんですよ!」
「なんだよ勿体ぶって」
よくぞ、という顔をしてアカゲは立ち止まる。
「コレ、今までただのLED電球だと思ってたんだが……」
電球の根本、ソケットの部分をキュイと捻ると。パ、と明かりがついた。
「……ほら!」
「何?」
もう一度、今度は逆方向に捻ると明かりは消えた……。アカゲは目を輝かせながら、ツキに訴える。
「コレ、どこから給電してるんでしょう」
「何が言いたいか、よく分からん。そういうもんじゃないの?」
「えーと……。明かりをつけるには、電気っつーエネルギーが要るんです。本来は電気を作る設備から電気を引っ張ってこなきゃいけないんですが。コレにはその経路が見当たらない」
「食べ物がないのに生きてる、みたいなこと?」
「まさにそう! いや、それいい例えだな……今度使うか……」
顎に手を当てるアカゲ。続けて話す。
「んで一度バラしてみたんですけど。このソケットに繋がってる紐も、ケーブルじゃない。切った断面見ても、ただの黒い紐なんです。それで、ソケット外した時に小さなマイクロチップが出てきて……。恐らくコレは、ワイヤレスで給電できるタイプの電球だと思うんですよね。この電子回路を核にして電力を受け取ってる感じの……。なら、どこから電力を得ているのか……。突き止める為に取り外して持ち出してきたワケなんですけど、こうして屋外に持ち出しても機能するっつーことはもしかして……。いや、詮索するのも無駄だな。ちなみにこれ、どこで手に入れたんです……ってあれ?」
振り返ってもツキはいない。どうやら先に行ってしまったようだ。電球をショルダーバッグにしまい、アカゲは駆け足気味でツキの後ろ姿を追う。
「ちょっと! 先、行かないでくださいってば!」
「お前話長い私飽きる」
「悪かったって」
呼吸を整えるアカゲ。
「……それで、オレ達は秩父方面に向かってるんだよな。2日は野宿か……?」
「たぶん」
「今思えば、もう少しあの家でゆっくりしておけばよかったなあ……。雨風が凌げるってそりゃもう偉大な……。まあ、雨も風もなかったけど」
「言われたんだろ? 場所は筒抜けだって。いつまたあんなヤツが来るかも分からない。悔しいけど、アイツの言う通り急ぐべきだ。これ以上は長く居られない」
「そりゃそうだな。真面目に歩きますか」
歩いていると色々な物が目に留まる。地面に転がる古びた鉄看板を見た。眼科か何かの看板みたいだ。文字は風化して掠れてしまっているが、頑丈そうである。これ持ってったら盾になりませんかねとアカゲは言う。重いだけだからやめときなとツキは返す。また歩き続ける。枯れた土はささやかな死の音で鳴いている。
「……なあツキ」
「なんだよ」
「本当にいいのか」
「……だから何がだよ、要領悪いな」
言葉に迷いながら、口を開いた。
「……復讐のことだ」
「ああ、それね。……あんなの嘘に決まってる。アイツが勝手に言ってるだけだろ。私は信じない」
「けど、結果徒労で終わったら、お前は……」
「───それならそれで構わない。その時はその時だ、心配すんな」
ツキが復讐を誓った人物。右眼に傷のある男は……既にこの世を去っている。それがヴァンキッシュから聞かされた話だった。それでもツキは上界に向かうという。揺らがない、強い決意を胸に。それが何だか頼もしくて、柄にもなくアカゲは感心した。良い
「復讐を終えたら、死ぬつもりなのか」
「今のところな。そしたら自由にしていいぞ。何かしたい事とかないの?」
「今は、考え中です」
彼女の語る終わり。物悲しくもドライな結末。とうに覚悟は決まっていたのだった。死で終わる旅路が、今始まる。
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