-BLAZIER-ブレイザー
先仲ルイ
ヴァンキッシュ編
episode2.2.0 再びの目覚め
あー、えっと。ご紹介預かりました。冬崎です。大事な日なので、今日は日本語で失礼します。あ、ちょっと待ってくださいね、プロジェクターの具合が……。
よし、行けそうですね。では始めます。
───魂の重さが21グラムだとかいう、信じられない発表をした医師がいました。遡ること300年以上も前の話です。
要約すると「人間が死を迎えた瞬間、正体不明な体重の減少を観測した。その減少量が21グラムである」という話なんですが、これがまあどうにも信憑性が薄くて……あー、脱線しそうですね。……オホン。
魂に質量があるというのは、聞いてみれば確かに面白い話ですよね。概念としてではなく、物質として観測可能であるという点においてです。
精神と自我を司る、生命のコアと呼べるモノを魂だとここでは定義付けましょう。
さっきの話を信じるかどうかは後にして、仮に魂とかいうスピリチュアル的なアレが実在するというのであれば……人は疑問を抱きます。
───魂はどこへ行くのか。
肉体から失われた魂の行き先は分からず、質量が消失するということも原則あり得ません。消えたように見える魂もどこかへ保存されているはず。デタラメ医師の21グラム論を信じるのであれば、魂は空気より重たいワケですから、そのままの形で転がっているのか……はたまた拡散してどこかへ溶け込んでしまっているのか。
そしてもう一方の疑問。生を受けた命に宿るはずの魂は、一体どこから来ていたんでしょうか。胎児の発育とともに自然発生するのか、ある時に母体から与えられるのか。それとも、別のどこかから───なんてね。
まあ、色々考えたところで確かめようがないワケです。なぜなら命は大切だからですね!……今この地球上で一番大切なモノ、それは皆さんの命です。人類的な目線で見れば、ですよ。
実験はムリ、しかし、解明しなければならない。我々は窮地に立たされました。もちろん人類的な窮地にです。
魂はどこへ消え、どこから来るのか。緩やかな衰退と共に謎は深まり打つ手ナシ……。
───というのがご存知の通り、あの日から苦悩してきたこれまでの我々でした。
前置きが長くなりました。
これからお話しするのは、この世の真実。
───世界の仕組みです。
-BLAZIER-ブレイザー
-第一章-
─[月との衝突まで122日]─
後頭部にジンと痛みがあった。
霞む眼をぐりぐりと瞼の裏で動かして、口の中の砂粒をジャリジャリと感じる。まだ意識がハッキリとしない。そうだな……まるで、闇の中を泳ぐような感覚。肌寒い風がひゅうと、横になった白髪を揺らす。黒いスーツジャケットを撫で去る。
スウ、ハア……。少しずつ瞼を開け、視界を馴染ませ、息を吸う。分かるのは、薄暗いどこか……荒れた地面に自分が寝っ転がっているということだけ。
段々と視界が明瞭になってハッと気付く。目の前に、何かがある。
───男の顔だ。
ソイツの顔には鼻が無かった。鼻周辺が丸ごと齧り取られたように消失している。眼は窪み、口からは血が流れ、肌は土色。そうか、死んでいるのか。
こんなに至近距離で人の死に顔を拝むことになるとは、オレもよくここまで冷静になれるもんです。これもまあ、寝起きだからしょうがないのか……?
いいや待て待て。頭が次第に追いついてきたぞ。なぜ目の前に死体が? ここは一体どこだ?というか、オレは……今何も……。
「ケホッ……お、思い出せねえ……」
そう呟いた瞬間!
「ヒュ……」
何か、空気の漏れる音が死角から聞こえた。……近くに誰か。いや───何かがいる。音に気付いた途端、その気配がハッキリ掴めてきた。急いで息を止める。耳をすませば、ピチャピチャリ。生々しくて嫌な音が耳に入り込んでくる。
こんな時、なぜだか確かめられずにはいられない。好奇心は猫を殺し、ついでにオレの肩を叩いた。ゆっくり、ゆっくり息を吸う、吐く。顎を静かに引き、音の正体を見てみようとする。既にじんわり、不吉な予感が脳裏に染み込んでいた……。
グチャ……。何かが、死体の腹を喰っている。
慌てて瞼を2度閉じた。浅黒く干からびた肌、骨と皮だけみたいなビジュアルの……長身のヒト。身体をエビのように折り曲げて、死体の肉を手で引きちぎりながらガツガツと口に運んで食べている。
「グ……」
顔を上げたソレと目が合い、ぎょっとした。生気を失ったように垂れる真っ白な髪の間、眼があるハズの場所は真ん丸の空洞になっている。大きく開いた2つの穴の奥は真っ暗で、よく見えない。オーケー、知らない人に会ったらまずは挨拶だ。ン、と小さく咳払いをする。
「コ、こんにちは……ハハ」
とりあえず話しかけてみたら、相手はそれにピクと反応した。ひび割れた肌が引っ付いて歯茎が剥き出しになった口が、大きく開いた。笑っているようにも見える、奇怪な髑髏顔だ。
「ゴグァ……ジググ……」
「あ、えっと……初めまして、オレは冬崎アカゲです」
ファーストインプレッションは完璧だ。次の言葉を考えよう。
いささか失礼な表現かもしれないが、目の前の彼は……何だかちょっと人間とは思えない。ゾンビだかミイラだか、クリーチャー的な呼び名がしっくり来る見た目をしている。とはいえ、あまり人を見た目で判断するべきじゃないよな。諦めず意思疎通を図ろう。
「えっと、最近……どうですかね、上手いことやってます?」
「ア……ァ、アァア?」
デカいカラスのような奇声を出した。うーん、人じゃないかもなあ。
しかしながら、その時冬崎アカゲは気付いていた。目の前のバケモノが出す声のパターンが、先程と違うことに。何だか知性を感じる抑揚、コミュニケーションが可能かもしれない。さながら老人に話しかけるように、ゆっくりハッキリ言ってやる。
「日本語、分かりますか?」
「オンゴゥ……アィガグァ……?」
ふむ、と考え込む。バケモノは長い首をクイクイ動かして、こちらの様子を窺っている。うーん、と唸りながらアカゲは片肘ついてゆっくり上体を起こした。
「───アンタ、言葉真似してるだけだろ」
ヒュ、と枯れて裂けた首の隙間から空気が漏れ出た。
「……ゲガ……ィ」
「?」
「ジデ……ガイ……」
「!」
してない、確かにそう聞き取れた!
これは凄いぞ、アカゲはますます目を輝かせる! 非常に興味深い体験だ、このバケモノとぜひお友達になりたい!
「なあんだ喋れるじゃないですか〜!! 握手しましょうよ握手……ってアンタ手ぇ赤っ! やめときましょっか!」
「アアアグジュ……」
「あ、やっぱします? いいですよ! ……おわっ!」
いきなりバケモノはグイっと身を乗り出した。死体の胸を鋭利な足先で踏み潰し、アカゲの顔を覗き込んだ。ズズズ、鼻先を顔に近づけてくる。アカゲもそのぽっかり空いた眼の奥を覗いてみようとする。怪物はヒビ割れた鼻でスンスン嗅いできた。眼の奥は深く暗くて何も見えない……。
アカゲが視線を戻すと、バケモノは握手───ではなく、何やら小刻みに震えていた。長い指と爪を自分の喉に食い込ませたりしながら、必死に皮膚を掻きむしっている。
「な、なあ……アンタ、一体何だか分からないけど、やめといた方がいいと思いますよ。アトピーに効く薬でも一緒に探しましょう! ね?」
ガリガリガリガリガリガリ。
「えっと、スンマセン。聞こえてますかね……」
ガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリ。ピタ───と、止まった。
バケモノの目元が一瞬淡く光ったような気がして……。苦悶の表情を浮かべていたバケモノが一転、パカっと口を開いて。
「オイシ」
と喋る。声質はさっきと変わらないが、気持ち悪いくらい流暢な発声になって驚いた。
「え……一体、何が美味しいんで……?」
「ヒト」
───次の瞬間には大口を開けていた。
開くはずのない角度まで口が開いて、鋭い牙で、喰らいつく───。
ドガン!!
鋭く強烈な音がして、大口は横へ凄い勢いでスッ飛んでいった。音の正体は凄まじい強さの蹴り……!! 2メートルもの巨体は遠くの方に着地し、ドガラガラと地面に散らばる鉄屑の残骸を蹴散らしながら、やがて静止した。
「な、何が……」
見上げれば、少女が立っていた。右眼を隠し、隻眼の娘だ。強烈な蹴りでバケモノをぶっ飛ばしたのは、この人物だろう。フン、と高圧的な態度を醸し出すその娘は、透き通る灰色の髪をしている。ぼさついた前髪の砂埃を左手で払い、腰まで伸びた長いポニーテールを揺らしてこちらを向いた。
「ケ……ゴホッゴホッ───」
何か言いかけて咳き込んだ。
「……怪我はないか、お前」
仕切り直して少女は尋ねる。そういえばと後頭部の痛みを気にしたが、急な事態にアカゲは言葉が追い付かない。
「待ってろ」
ぶっきらぼうにそう言って、ポニーテールを風に揺らしながらバケモノの方へ歩き出す。
見れば右手には、ギラリと光る刃があった。刃渡り44センチの直角鋭利で奇妙な刀を、その手に包帯でしっかり縛っている。ジップアップの半袖に半ズボン、コーデは全身褪せた黒。
さなか遠くでバケモノは、身体を起こし骨の身震い。なんと驚きの瞬発力で、地を跳び蹴って走り出した───!! ガッシャガッシャと凄まじいスピードで駆けてくる!!
それをしっかり見据え、歩みを止めず娘は刃を構えた。刃筋をそっと身体の芯に合わせ、気怠そうにあくびする。
バケモノは馬鹿みたいな跳躍力でズバッと宙へ舞い上がる!! そのまま一直線、娘の頭を喰い殺しに牙と爪を突き立てる刹那! キン、と高い音が響きその刃は一閃───!!
スパンと斬った首がまだ宙にあるうちに、迫り来る首無し胴体を伏せて躱す。ズザッ、と死体が地面を滑り、首は虚しく転がった。……一瞬の出来事。
ゆっくり立ち上がった娘は、こちらへ歩いてくる。側へ来て一言、もう大丈夫、アカゲに声かけた。……みるみるうちに青ざめる顔。転がった首を横目で見る。
「ヒ……」
「ひ?」
アカゲは慌てて後退り、大声で叫んだ!!
「ヒ、人殺しィ───っ!! 誰か助けて人殺しですぅ!! 殺される〜〜〜!!」
「……は? え、何……?」
人助けも考えもんで、時にはしない方がいい時もある。うーん、そうだな。まさに今、そんな時だ。
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