第85話 楽しいお泊り会でした。

 僕は自慢じゃないけど、寝つきが良いし寝相も良い。

 昨日の朝、美海が心配するほど寝息も静かだ。


 それに一度寝たら朝まで起きる事はほとんどない。

 仮眠をとった時でも、しっかりと起きる事さえできる。


 けれども残念ながら夢を覚えていることはできない。

 毎日じゃなくてもいいから、せめて正月の初夢くらいは何を見たのか覚えていたいと思ったこともある。


 だけど――今は夢の話は関係がない。と言うか絶賛混乱中だ。


 昨日、夜更かしをしたから朝起きれるか心配だった。

 けれどそれは杞憂きゆうに終わった。

 クロコが起こしにくるよりも前に目が覚めたからだ。

 僕の体内時計が正確なら、あと5分もしないうちにクロコが起こし来るだろう。

 そのクロコは足元にいる気配を感じるが、動くことが出来ず確認することが出来ない。


 なぜ? どうして? なにゆえ? どうしてまた?


 もう僕の頭の中は疑問符で一杯だ。

 僕が寝ぼけた訳ではないはず。

 今だって和室にいて布団にいるからな。


 これが僕の部屋だったら、完全に僕が寝ぼけたのかもしれないけれど。

 だからどうして? となる。


 左を見れば、顔が小さくまつ毛が長い、唇もプリっとしている可愛い女の子がいて。

 右を見れば、やっぱり顔が小さくまつ毛が長い、口が半開きだけど綺麗な女の子がいて。

 あ、よだれ垂れてる。相変わらずなんだな。


 それで布団は1人ようだからシングルサイズ。

 もしかしたらセミダブルくらいあるかな?

 でも、それにしても3人が寝るには狭すぎる。

 だからか2人して僕の腕と足を抱き枕のようにして寝ている。


 危機感っっ!!


 声に感情を乗せることが出来ないが、そう叫びたくなってしまう。

 僕の腕は2人の女性特有力が伝わってくるせいで役に立たない。

 あ、駄目だ。腕を意識したら駄目だ――。


 危ないところを回避したはいいが、状況は何も変わらない。


 早くどうにかしないと。

 寝息が耳に当たってくすぐったいし、どちらか早く起きてくれないかな。

 僕の心臓がもたない。

 というか、こんな状況なのに僕は全く起きなかったのか。

 寝付きの良さが自慢だったけど、これでは欠点にもなってしまうな。

 何か夜中に災害があった時とか気付けないかもしれないし。


 そう考えたら、気付かせてくれた2人に感謝した方がいいのか?


 いや、それでも2人が起きたらお説教だな。

 不満を言われるかもしれないが、小言の1つくらい言わせてほしい。


 おっと。足元で動く気配がする。クロコが起きたのか?

 予想は正しく、足元から僕のお腹に乗り、さらに胸の上へと歩いてきた。


「ナァ~」


「おはよう、クロコ。今日もありがとう」


 返事はない。胸の上で箱座りをして、ジッと僕の顔を見ている。


「クロコ、なんとか出来ない?」


 またも返事はなく、欠伸あくびをしたら下りて和室から出て行ってしまった。

 無理な相談だったようだ。

 少しだけ怒る……というより、呆れていたような気がしたな。


 おっと。次は美海がモゾモゾと動き出した。


「美海? 起きた?」


 態勢を変えるのに、動いただけのようだ。

 今も『スー、スー』と寝息が聞こえている。

 動いたついでに離れてくれたら良かったのにな。

 これだったら、さっきの方がまだ良かった。

 離れるどころか、僕の胸を枕のようにして抱き着いているから、より密着具合が高まっている。


 枕にしては、高さがあって辛いと思うのだけど……。


 いや、そうじゃない。

 悪いがさすがに起こさせてもらおうか。


「あの、み――」


「ふふっ。おはよう、こう君」


「……おはよう、美海。いつから起きていたの?」


「こう君がクロコと話している時に目が覚めたかな」


「なら、離れて欲しいんだけど? というか、どうして2人がいるの?」


「こう君?」


「え、なに? それより早く離れて?」


「こう君、やっとドキドキしてくれたね?」


「いや、この状況でドキドキしない方がどうかしているって」


「どうして?」


「美少女に抱き着かれたら当たり前だと思うけど? あと、美海」


「ふ~ん? 美少女なら誰にでもドキドキするんだ? あと、なぁに?」


「いや、2人だからだよ。それで、美海は誰にでもこんなにくっついたりするの? いつか危険な目に合いそうで心配だよ」


「こう君の目には私ってそんなに軽い女に映って見えるんだ?」


「美海はそんな人でないって分かっているけど、これだと言われても仕方ないと思うけど?」


「じゃあ、こう君にだけって言ったら嬉しい?」


「……友達の距離感ではないと思うな?」


「答えてくれたら離れてあげるよ?」


「……嬉しくないと言ったら嘘になる。はい、離れて」


「え~、ちょっと不満。でも、たくさんドキドキしてくれたからいいかな」


「お礼を言うのも変だけど、ありがとう」


「私もちょっと恥ずかしくなってきていたし、ちょうどいいかなって。あと――」


「あと? まだ何かあるの?」


「心配なら……こう君が守ってくれてもいいんだよ?」


「僕の手に負えないことだってあるからね? むしろ、そっちの方が多いくらいだ」


「なんでも出来るお義兄さんって聞いたよ? それに、こう君は私の騎士様でしょ?」


「なんでもは出来ないよ。出来る事だけ。あと――」


「ふ~ん? あと?」


「守りたい気持ちは騎士でも他のなんだとしても変わらないけど、あんまり心配させるようなことはしないで」


「んっ、分かった。嬉しかったから、許してあげる」


「何を許されたか分からないけど、許してくれてありがとう」


「どういたしましてっ。先、顔洗ってくるね」


「美海?」


「なぁに?」


「耳、真っ赤だよ?」


「いっッ、意地悪ッ」


 可愛く舌を『ベッ』としてから和室を後にして行った。

 本当に何をしても可愛いと思えてしまう。

 それにしても、小声で話していたとはいえ美波は一向に起きる気配がない。

 僕と同じで寝付きが良すぎる事は心配だな。

 あ、アラーム止めておかないと。

 本当はまだ寝かせてあげたいけど、今日は学校だ。

 それに、幸介も迎えに来るからしっかり準備させないと。


 でも――。


 気持ちよさそうに寝ているな。

 仕方ないからあと30分だけ寝かせてあげよう。

 起こさないように、美波の手と足を解き、綺麗な髪を一撫でしてから僕も洗面所へと向かう――。


 美海はすでに歯も磨き終わっていたので、入れ替わるように洗面所に入り、手早く済ませてしまう。

 日課のトレーニングは……今日はいいかな。


 洗面所を後にして、和室にある着替えを手にして、誰もいない僕の部屋で着替えを済ませ、キッチンに行くと美海が白湯さゆを用意してくれていた。

 昨日、好きにしていいと伝えておいたからな、今日は時間も限られているしありがたい。


「こう君、お弁当どうする?」


 そう聞きながら白湯を渡してくれたので、お礼を伝えてから弁当について返事をする。

 朝ごはんの前にお弁当について聞いてきたのは、お弁当のおかずが朝ごはんになることを美海も知っているからだと思う。


「一応、3人別々のメニューにしようかと思っている」


 万が一を考えないといけないからな。

 同じ弁当だと知られたら大変なことになりそうだし。


「大変じゃない? そこまで気にしなくてもいいと思うけど?」


 僕なりの考えを伝えようとしたら、和室の襖が開いて美波が自ら起きてきた。

 本当に珍しいことだから、最初は目を疑ってしまった。


「起きた――」


「おはよう、美波。今日は偉いね?」

「美波、おはよう」


「抱っこ――」


 起きたことはいいが、その後の流れは変わらないようだ。

 目もまだほとんど開いていない。


「おっと、はい。じゃあ、洗面所行こうね」


「うん――」


「ごめん、美海。ちょっと行ってくる」


「いってらっしゃい。今日はスープじゃなくてお味噌汁? パン、もうないよね?」


「うん、そのつもりだったけど?」


 もしかして、美海が作ってくれるのかと思いながらも聞き返してみる。


「じゃあ、こう君がいいなら先にお味噌汁作っておこうか? お米は……たくさん冷凍あるし、いっか」


「ありがとう、助かるよ。美海の味噌汁楽しみだな」


 もう一度美海にお礼を言ってから、美波を洗面所に連れて行きいつものように身支度を整えさせる。

 三つ編みにしていたから寝癖を直す必要もない。

 おかげでいつもより時間を短縮出来たが、ここで美波の『特権――』が発動してしまった。


「やって――」


「髪はいつも自分でセットしてるよね? 僕がやるよりも美波の方が上手に出来るでしょ?」


「特権――?」


「……分かった。でも、その前に着替えておいで」


「うん――」


 僕が髪をセットするとなると、時間は厳しいかもしれないな。

 すぐに戻って来た美波の三つ編みを解くと、いい具合にウェーブが掛かっていてこれだけでも可愛く見える。

 美波が持つ独特の雰囲気も相まって、お嬢様にだって見えるかもしれない。


 このままでも十分では?


 と考えてしまうが、間違いなく納得してくれないだろうから、手を進めて行く。

 幸いなことに、変に跳ねているところもない。

 美波のトレードマークのハーフアップにして毛先も緩く整えたら完成だ。


「うん、思っていた以上に可愛いよ美波」


「ありがと――」


「こう君、お味噌汁出来ているけど、あとは……」


 セットまでしたから、寝癖を直すより時間が必要だった。

 だから、美海は遅いことに気になって様子を見にきてくれたのだろう。

 お味噌汁のお礼を伝えるが返事はない。

 美波に視線が釘付けになっているからか、聞こえていないのかもしれない。


「美海――」


「美波すっごく、可愛い!! 本当にお人形さんみたい!!」


「義兄さんが――」


「やっぱり。こう君がセットしてくれたんだ?」


 雲行きが怪しくなってきたな。

 まだ2人は話しているようだし、今のうちに抜け出そう。


「先に……キッチン行っているね」


 話に夢中なのか、2人からの返事はない。

 美波は髪の自慢をして、美海が『可愛い』と褒めている。

 また『バチバチ』するかと心配に思ったけど、杞憂だったみたいだ。


 キッチンに戻り、美波が飲む分の白湯を用意するためケトルのスイッチを入れておく。

 お味噌汁は、キャベツとしめじ、油揚げのお味噌汁のようだ。

 出汁を取った形跡もあるから、当たり前かもしれないが僕が作るお味噌汁よりも食欲をそそるいい香りをさせていて、ずっと美味しそうだ。匂いに刺激されてお腹だって鳴り出している。


「ゆっくり食べたいけどな――」


 ちょっと時間が厳しい。別々のおかずは無理かもしれない。

 計画を変更しようと考えていると、2人がキッチンへやって来た。


「こう君、私の髪もやって下さい」


「美波にも言ったけど、僕がやるより美海が自分でやったほうが上手に出来るんじゃない?」


「そういうことじゃないの。ダメ?」


「また今度だと駄目? ちょっと時間が厳しいかも」


 まだ美海が作ってくれたお味噌汁しか出来ていない。

 もう少ししたらクロコだって起きて来るしギリギリだ。


「美波がすっごく自慢してたの。こう君の一番好きな髪型はハーフアップだって」


 美波に目を向けるが『ぷいっ』と背かれてしまった。

 何度も説明したけど、ハーフアップが好きな訳ではない。


「あと、こう君。前に言ったよね?」


「えっと、ごめん。何をだっけ?」


「カレー作った時かな? どんな髪型でも似合いそうだって言ってくれたよね? 長い髪が似合いそうだって言われたのが嬉しくてね、私あれから髪を伸ばし始めたんだよ」


 よく覚えているなと感心してしまう。

 あの時のことは、調子に乗って言い過ぎたから僕もよく覚えている。

 言い過ぎたと言っても、褒めすぎたという事であって、言葉に嘘はなく全て本音だ。

 あと何だろうか。僕が言った言葉がきっかけで髪を伸ばしてくれている事実は、少し嬉しく感じるな。


 嬉しいというか何というか、男心をくすぐる様な小悪魔可愛さを感じる。


「お弁当、私も手伝うからお願い。こ……」


 変に言葉が途切れたから、首を傾げながら待っていると段々と耳が染まってきている。

 何か恥ずかしいことでも言うつもりなのか?

 ちょっと予想がつかないな。


「こ、こう君も私の可愛い姿見たい……でしょ?」


「……分かった。僕もハーフアップにセットした可愛い美海は見てみたいしね、洗面所戻ろうか」


「ありがとっ!!」


「美波は自分で白湯飲んでいてね」


「うん――」


 耳を染めてまであんな恥ずかしくなるようなことを言ったのは、きっと美波の入れ知恵か何かだろう。

 元々、早すぎるくらいの登校時間なのだ。

 少しくらい遅れたとしても、それでも他の生徒よりは圧倒的に早いのだ。


 だから仕方ない。


 僕も可愛い美海を見たい。

 僕の手でセットさせてくれるなら喜ばしいことだ。

 弁当も美海が手伝ってくれたらあっという間に出来るだろう。

 

 それに――。

 

 鏡越しに見える美海の表情は、目が柔らかく、頬も上がり、ニコニコと嬉しそうにしている。

 この笑顔を見ることが出来ただけでも得した気分だ。


 美海は美波よりも髪が短いから、少しだけ位置を調整しないといけなかったけど、上手に出来たかな。


「はい、完成です。可愛いのに大人っぽくて素敵だよ美海」


「可愛くしてくれてありがとうっ!! え~、可愛いぃ!! えへへっ、自分で言っちゃったよ」


「本当に可愛いから、いいんじゃない?」


「えへへっ、ありがとう!! こう君っ! あとで、美波と一緒に写真撮ってね!」


「喜んで。さ、準備しないと」


「うんっっ!!!!」


 今日見たこの笑顔はきっと、一生忘れないであろう。

 あの晩に見させてくれた笑顔とは違うかもしれない。


 でも――。


 僕に向けた顔はとても眩しくて、綺麗な笑顔だった。

 まるで向日葵のように。


 美海の笑顔を見るためなら、なんでも出来そうな気がする。

 それくらい素晴らしかった。思わず見惚れてしまうくらいに。


 こんな日常が、いつまでも続きますように。


 日常が続く幸せ。

 それがどれほど難しいか分かっている。


 けれども――。


 この日常を過ごすためなら僕は変われる気がする。


 最後にそんなことを考えたお泊り会となったのだ。


 特別章 -了-



【あとがき】

特別章にお付き合いいただきありがとうございます。

少しでも面白いと思ってくれた方は、作品のフォローや評価欄から「★〜★★★」を付けての応援をお願いします!!



次話の人物紹介の後から第三章です。ある意味で郡と美海の分岐点でもありますので、読んでもらえたら幸いです。

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