6 親切な魔女
魔女。俺の頭に咄嗟に浮かんだ言葉。
森に住み、床ほどまである白髪を伸ばし、長杖で大釜をかき混ぜ、魔法を使って、怪しげな薬を調合する魔女。
「魔女……?そう見えますか?」
目の前の女性は、肩の少し下ほどまでではあるが、銀の髪を伸ばしている。
その上、大釜をかき混ぜられるほど長くはなさそうだが、木の杖も持っていた。
魔女を連想するのに十分な容姿ではあるし、実際に魔法も使った。
これで謎の薬でも持っていれば確定と言ってもいいかもしれない。
とは思うものの、はっきり言って思い違いというものだろう。
俺の記憶にある魔女は、平気で人を食べたりするというモノだったが、彼女が俺を食おうと言うなら、意識が無い間に済ませているはずだ。
それに、悪人ならば、わざわざ俺を助ける意味も無い。
かなりの確率で、俺は失礼な勘違いをしたと言える。
「いや、変なことを言った。その……ごめんなさい」
俺は座り直して女性に謝ろうとしたが、謝罪の言葉で少し詰まってしまった。
それでも気持ちが伝わればいいのだが。
「いえいえ、大丈夫ですよ。それにしても……魔女ですか……」
女性は、許してくれたようだ。
……いや、むしろどちらかと言えば……嬉しそう……なのか?
「あっ、すいません。食器がないと食べられないですよね。待ってて下さい。今出します」
女性がこちらに歩き出し、俺の後ろで止まって、そこにあるかばんから木製のお椀と少し大きめのスプーンを取り出す。
その後、鍋を挟んで俺の前に座ると、スープと具材をお椀によそい、よそうのに使ったスプーンもお椀に載せて、俺の足元の布の上に置いた。
俺の空腹も限界のようで、スープを見ただけで腹が鳴ってしまう。
「食べてもいいのか?」
「いえ、ちょっと待ってください。最後の仕上げに……」
女性は、そう言って太ももに付けたポーチに手をかけると……布袋を取り出し、お椀を手に持って謎の粉末を振りかけた。
「ッ!?」
「どうぞ」
女性はお椀をスプーンでかきまぜた後、笑顔で手渡してきた。
だがしかし、お椀に振りかけられた粉末ははっきり言って……怪しげな薬そのものだ。
本当に彼女を信用していいのだろうか?
本当に魔女ではないのだろうか?
そもそも魔法を使う女性なのだから、魔女には間違いないのでは?
様々な考えが頭を過ぎるが、その度に頭が痛む。
脳を働かせるためにも、食べ物は必要だ。
今逃げ出したとして、この霧の中で、運良く食料にありつけるとも思えない。
それに、はっきり言ってもう空腹は限界だ。
このまま何も口にしなければ、待っているのは飢え死にだろう。
……俺は覚悟を決めてお椀を持ち上げる。
そのままお椀を口の前に持っていき、黒いパンのようなものと、謎の粉末のかかったスープを口に運ぶ。
黒いパンは思ったよりも歯応えがあり、飲み込むまでに少し時間がかかったが、その間に、粉末のかかったスープの味が、俺の口の中に広がっていった。
「旨い……」
パンを咀嚼しきり、飲み込んだ瞬間、俺は率直な感想を声に出す。
スープを口に入れると少しの辛さと共に、旨味を感じた。
足りなかった何かが満たされる感覚。
これこそ俺の身体が必要としていたものなのだと、確信できる。
極度の空腹状態だったとは言え、ここまで美味しく感じるものなのか。
いや、ただ干し肉や野草を入れただけのスープで、こんな味を出せるわけがない。
俺がかなりの空腹状態で、疲労していたこともあるだろうが、それ以外に心当たりがあるとすれば……
「えへへ、そう言ってもらえて何よりです。自分で調合したものなので、ちょっと不安だったんですけど、ちゃんとおいしくできたみたいで」
調合、彼女は確かにそう言った。
「この粉に何かあるのか?」
「ええ、元々は獣除けの粉薬なんですけど、含まれる成分が人によってはピリ辛で美味しく感じるみたいで……私はちょっと苦手なんですけどね。他に味付けも無かったので、気に入ってもらえたなら何よりです」
やはり秘密はこの粉にあったようだ。
少しの辛みが感覚を刺激し、心なしか、意識がはっきりとしてきた気がする。
勘違いかもしれないが、もしかすると、気付けの作用もあるのかもしれない。
どちらにせよ、一つわかったことがある。
放っておくこともできた俺を助け、暖かいスープを与えてくれた。
魔法を使ったり、薬を調合したりもできるようだが、彼女は俺の記憶にあるような、恐ろしい魔女ではない。
「親切な……魔女なんだな」
「私は……ただの冒険者ですよ。えへへ……」
やはり彼女は嬉しそうだ。
ひょっとすると、俺とは魔女という言葉の認識が違うのかもしれない。
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