6

 いけない。話が呑み込めなかったので、つい6話目を終らせようとしてしまった。


 出席者から「おぉ~……」と間の抜けたどよめきが上がった。隣りに座っていたみさごは、ややギョッとした目をしていたように見えたが、割と常にそんな顔つきなので、実際どう思ったかは分からない。

 俺は我儘からこの教団を監視しておく心づもりをしていた。マガイアを含めて、一連の流れの行く末を見届けたいという願望。それはひとえに俺の感情論以上の根拠を持っていなかった。それがまさか、教団側から命令として、この女に下るとは思わなかった。同じ釣り針でも、向こうが作ったという事実こそが大きな意味合いを持つ。

 それほど、こいつらはマガイアを討伐することを重視しているのか。それが何故なのかは分からないが、このチャンスを活用しない手はない。

「望むところだ……!俺がフルーエル教会に近づくための足がかりとして、最も自然な道筋が転がり込んできやがった。」


 瞳孔の開いた目は、隈に縁取られたこの少女によく似合った。むすっ、とした少女は、あの壇上のジイサンにハイと言う他に術はない。

 イヤな事をイヤと言わない。それだけ組織性が出来上がっているのか、その組織性を許容する人々が集まっているのか。礼拝堂の壁には、誰をも捕まえる十字の紋章が、十五夜の月のような存在感で佇んでいる。会堂に集まった人々を見下ろしている。

 だが、俺には傍観して楽しんでいる余裕はないのだと言うことに気付く。話が進むにつれて、俺もまたその話に追いつかなければならない。

「魚骨ササル、安心して。私たちが目を光らせている間は、あなたには危害は加えさせないわ。よほど変な行動をとらなければ、ね。問題なのは、どれほど早く魔法使いの尻尾を掴むか。」

 え、ちょっと待ってくれ。ひょっとして、平穏な学生生活を営んでいる時間まで、こいつら着いてくるつもりじゃないだろうな。

「また襲われでもしたら大変だ。できる限りペアで行動しているべきだ。」

「……そんな、ペア?言ったら、俺は四六時中監視されてるようなもんか。」

「迷惑を承知で、お願いしたいですね。」

 コホン、と司教代理もすまし顔で言う。

「たとえば、です。後ろからずっと見張り続けるのは、不健全なことです。いくらあなたが襲われる可能性があり、それをご承認して頂いたとしても、ですね。無論、軟禁する訳にも行きません。でしょう?それならばいっそ、あなたの日中のお時間に、私たちが沿う形で、保護をしていくのが一番あなたへの影響も少ない、そう慮ってのことです。」

「俺、学生……、」

「ふん。」

 中二ヶ原みさごは生意気そうに鼻を鳴らした。

「あなたのご学友に、あなたから説明するのと、私の行動を通して説明するの、どちらが楽なのかしらね。」

 ……。

 これ、本当に編入くるか?俺はブレザーの制服に身を包んだみさごを思い浮かべてみた。細い体型、明るすぎる髪色。

 さっきの戦っている様子。思い返せば、体育で成績不振となることはまずないだろう。魔法少女……、いや奇跡少女としての力で水増しされていなければだが。俺はみさごの年齢なんて知らないが、お姉さんにも妹にも見える容姿に、学園生活で失敗している様子もみられない。この歳ともなれば、学び舎という青春謳歌劇場への参戦に、学力だけが物を言うのでもないことは分かっている。

 しかし。暗い表情かつ、塞ぎ込みがちな彼女が、友達に囲まれている様子を想像しろというのは俺には無理だ。現に俺にも友達はいないからアレだが。スクールカーストにはめ込まれたとき、不条理を黙らせるのは、多分、彼女自身が持つ調整力だ。

 だが何より、中二ヶ原みさごを象徴しているものは「火バサミ」である。面倒臭がりながら委員会活動をしている連中もいるが、彼女はそれとは対照的に、校内清掃や地域清掃でも我先にと先導するのだろう。

「それもいいな。」

 神妙な顔つきでみさごは頷いていた。……いや、いいわけないだろ!学校にマイ火バサミを持ってくる女学生がいるもんか。

「そ、その事務手続きは、そんなライトノベルみたいに上手くいかねーよ……。それに、教会の防衛はどうなるんだ。索敵を兼ねてのゴミ拾いを、アンタはしてるんだろう?」

「むむむ、事務手続きか。私は分からん。成績は多分足りてるから、試験系には何の苦労もないだろうが。」

 さらっとイヤミのようなことを言われた。俺の通っている学校は優秀でもバカでもない、真ん中くらいの学校だが、もし地域トップに通っていたらどうするんだ。

「いいえ、教会についての心配は後回しで構いませんよ。魚骨さん。

 ……何でもいいが、自分が仕留め損なったマガイアをそのままにする、などということのないように。中二ヶ原。もし学校への同行が必要であれば、教会に事務手続きを依頼してくれれば宜しい。

 だが、考えれば考えるほど、あまり現実的な策ではないようです。

 もしマガイアの攻撃対象が魚骨さんではなく、私たちだったのなら、途端に私たちが、彼の学校に迷惑をかけることになってしまいます。それは私たちの望むところではありません。

 中二ヶ原、あなたが今回のマガイアについて調べることは、二つ。魚骨さんが意識的な攻撃対象なのかどうかと、周辺の犯人像です。一定の距離を保ち、警戒に当たってみてください。その上で、校内同行が必要であれば、早急に報告を、私まで。」

 司教代理は、みさごや、他の教団員たちにまとめて言った。

 何だ?結局、学校には来ないのか?

「皆さん!決して、魔なるものに屈してはなりません。主の御心に適うべく、行動を選び取ることと、精神を整えることで、自分自身が唆されないようにも気をつけるように。

 聞くところによれば、今回のマガイアの行動原理は『孤独』です。取り敢えず、そう仮定して対策する価値はあるでしょう。今回のゲスト、魚骨ササルさんが見つけて下さいました。どうか、拍手!

 そして、奇跡少女のサポートを全力で取り組んでいくことの誓いとして、私たち自身に!奮起と結束の拍手!」

 礼拝堂は、高揚した拍手に満たされた。それはとても賑やかで、俺の意識を置いていくような、ぼんやりとした心地になった。

 夏の空には本物の月が高く昇っていた。まだ夏の熱を逃がしきれない猛暑の闇空には、散りばめられているはずの星々の輝きは無い。

 俺も、つい合わせて拍手をしてしまっている。結局一日でそう大きくコトは動かない。この後に、どのように事態が動くていくのかはさっぱり分からなかったのだ。

「…………。」

 マガイアとフルーエル教会、そして奇跡少女。


 不思議すぎる感覚だ。俺は敵と定めた教団の礼拝堂で、拍手を浴びながら、拍手を返している。

 明日も普通に授業日だ。教会という要素に俺の続く時間が切り取られたことは、そう大きなイベントでもなかった。俺視点でも、時間の中に好奇心のあぶくが生まれただけだった。何の変わり映えもないいつもの世界に、殺伐とした嫌悪や敵意を土産に戻っていくのだ。

 学びがなかった。俺に、この特異な共同体から学びを見出す能力がなかったとすれば、それは俺の罪である。好奇心の代償を、幻滅という形で、支払わなければならない瞬間が今ここに訪れていたのだ。

 崩れ始める悲劇は、いつだって音もしないまま静かにやってくるのだろう。やがて、俺はこの集団化された信仰と決別する。いずれこの拍手は俺の耳に届かなくなる。失われるのだ。あのカラスと違って、寂しさは感じない。

 俺には、まだ表に出していないゴチャゴチャとした目的があり、「まだ」誰の目にも触れないように、鋼鉄づくりの箱の中にしまいこんでいた。中二ヶ原みさごの態度と似ている?違う。避けているんじゃない。タイミングを探しているだけだ。


 蛾が街灯の周りを飛ぶ。蒸し暑い熱帯夜は、その湿気と共に俺たちの肩にのしかかった。トボトボと家に帰る男の俺を、少女のみさごが送る。国によっては逆だろう。家と教会が離れていないとはいえ、この国は随分と治安がいい。

 俺の敵意を彼女に打ち明けようかとも思った。遮られさえしなければ、順序立てて説明できていたさ。だが、そんなときに限って、みさごはよく話しかけてきて、潮の満ち干きのように飲まれてゆく。

「遅くなっちゃったね。」

「別に。こんなものなんじゃないか。」

「親御さん心配してない?」

「……心配、ないだろ。」

 言い捨てる、隠しきれていない感情。

 横目にみさごの曇った顔を見た俺は、どうせ親は仕事が遅く、帰ってもいないとか、家にまともに帰ってこないとか、だからいつも鍵を預かっていると強調して言った。下品な話だが、責めを背負おうとして食い下がる彼女を、頑なに拒絶するのも悪くない気分だった。

「そこまで考える必要はないよ、みさご。俺の家族のことを、お前は俺以上に知っているはずがないじゃないか。」

「……そ、そう。明日以降、登下校中の時間くらいは合わせて動くから……。周囲に事前に言っておくことがあるなら、何でも言って。説明する。

 例えば、友達だってそうだし、恋人とかはいないのか……?」

「……。」

 いないよ。

「別に、俺は迷惑とかじゃない。逆に、中二ヶ原家はどうなんだい。見たところ、あの教会に行くことに不自由はないみたいだけれど。」

 俺が振り返ると、彼女は狼狽えた。

「私は、学校には行っていないさ。中卒だ。はは。高校教育までの教科書はもう一通り頭に入れたからな。将来的には実家としての教会が、勤め先として待っている。」

「実家。」

 彼女と開いた五メートル、それだけの距離が、不意に遠く感じた。

「親はもう、いないのさ。」

 中二ヶ原みさごは、クマの濃い目元で俺を覗き込んだ。


 夏が、叫び出した。

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