13-2 ハメられた?男

『餌、どこにいるんだよ! お前ら、俺が寝ている間に何やりやがった!』

 スピーカーからつばが飛びそうなシャモの大声に、餌は思わずスマホを耳から話した。


「今日は練習試合。午前七時に金沢八景かなざわはっけい駅集合。シャモさんはバックレ決めたのだとばかり」

『えっ今日は土曜だぞ。練習試合って日曜だろ』

「日曜は来週の練習試合の話です。鶴巻中亭つるまきあたりてい? 僕も三元さんげんさんも泊まっていません」

 シーサイドラインへの乗り換えに向かう足を止めたえさ

 隣を歩く仏像は、漏れ聞こえるシャモのがなり声に不可解そうに眉をひそめる。


「たしかに僕らは大山おおやまに行くシャモさんを宿前まで送りました。でも泊まってはいません。僕らは、高梨教授(二階ぞめき)に夕食をごちそうになって帰宅しました」

『だったら、この丸坊主の禿げ頭は何なんだよ』

「一夜にして頭髪までVIOったとか(笑)。何それ面白い」

 ビデオ通話に切り替わった画面には、剃り跡も青々しいシャモの丸坊主頭が。


『VIOった覚えはねえんだよ。お前ら俺の隣の部屋に泊まっただろ。鶴巻中亭二〇三号室。泊ってねえとは言わせねえ』

「本当に僕たちは泊まらずに帰りました。信じられないなら三元さんげんさんにも聞いて下さい。じゃ、これから練習試合なんで」

『ちょ、待てよ!』

「シャモが何だって?」

 わめき散らすシャモを袖にした餌に、仏像が興味深々に身を乗り出した。


「昨日シャモさんが急に大山おおやまに行くって騒ぎだして。それで僕と三元さんが呼び出されたんだよ。高梨教授(二階ぞめき)の車で鶴巻中亭つるまきあたりていとか言うボロ宿までシャモさんを送って」

「それであいつは来ていないのか……。って何だこの禿げ頭。似合わねえ」

 練習試合会場に向かう面々を見渡しながらためいきをつく仏像。その渋い表情が、次の瞬間爆笑に変わった。

 餌はダメ押しとばかりにシャモから追加で送られた写真を仏像に見せた。


「シャモさんの中では、僕らは隣部屋(二〇三号室)に泊まっていたんだって。僕らが、シャモさんの睡眠中に、こっそりシャモさんを丸坊主にしたんじゃないかって」

「『大山詣おおやままいり』の聴きすぎだろ」

 落語『大山詣り』さながらの展開に引き笑いする仏像。

「たしかに僕らが金沢八景かなざわはっけいにいるのも、『大山詣り』と丸かぶりだ。でも、寝たまま頭を丸坊主にするなんて、出来る訳ないし」

「まあシャモの事だからな。何でもありだろ」

 恨めしそうなシャモの自撮りに一しきり笑い転げると、仏像と餌はシーサイドラインの改札を抜けた。




「何でお前が大山おおやまに行ったかって。美濃屋みのや岐部きべ家の代参を頼まれたんだろ。何で当の本人が覚えていないの」

 餌に次いでシャモからの電話を受けたのは三元だ。

 多良橋たらはしの車で一足先に会場入りしていた三元さんげんは、台車にもたれながらシャモに応じた。

 

「藤崎しほり? 誰それ」

 電話口から聞こえてくる『藤崎しほり』の名。

『冗談はやめろって。しほりちゃんだよ。お百度参ひゃくどまいりだよ。白蛇姫だよ』

 全く聞き覚えのない人名だが、シャモはそんなはずがないと電話の向こうでエキサイトしている。


「白蛇の皮を財布に入れると金運アップするって、ばあちゃんが言ってたわ。とにかくもう切るぞ」

『待てって。三元も郷土史家の滝沢さんを連れて、一緒に二階にかいぞめき(高梨教授)さんの車に乗っただろ』

「乗ったよ。店に来ていた滝沢さんが秦野はだのに行くって聞いたから、大山に車を出すならちょうど良いと思って誘った」

『なあ、滝沢さんと一緒に鶴巻中亭二〇三号室に泊まったよな』

 シャモの執拗な追及に、三元は太ましい首をかしげる。


「何それ。お前が泊った変な民家の事。俺らは車越しにしか見てない。それにしたって久々のハンバーグにタルタルソースてんこ盛りのエビフライは最高だった――。って何勝手に通話を切りやがって。変な奴」

 三元はスマホを尻ポケットにしまうと、面倒臭そうに『味の芝浜』特製弁当の入った台車を押した。


※※※


「チキショーっ。ハメられたああ! 餌も三元もシラ切りやがって……。絶対後で泣かす」

 シャモは通話を切ると、鶴巻中亭つるまきあたりていを後にして大山を目指した。

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