第6-2 失踪

 木曜日早朝。

 器用軒きようけんのシューマイを『あーん』されながら食べさせられる夢を見つつ至福の表情を浮かべていた三元さんげん

時次ときじ、シャモ君のお母さんから電話」

「あと五分だけ……。眠い……」

「シャモ君のお母さんから電話!」

 母親がゆさゆさと体をゆさぶるも、三元は赤子のようにすやーっと寝息を立てている。

「さっさと起きろ! 美濃屋みのやの若旦那(シャモ)が失踪したんだよ!」

 そのだらしない寝顔の真上で、みつるがフライパンを叩いて鋭い声を出した。

「はあああっ?! シャモが失踪?!」

 がばっと起きるも、やっぱり夢かと言いながらベッドに崩れ落ちる三元。その巨体を無理やりたたき起こすと、みつるは三元を電話まで先導した。


「こちらにはあの後来ていません。部活の朝練は特にしていませんが。スマホは部屋に置きっぱなしですか。川崎大師? おはらい? はあ、何も聞いていませんが」

 途方に暮れながら電話を切る。

「昨日だってあの子はおかしかったよ。鬼の形相で『ゆんゆん』を引っ張り出してさ」

 三元を心配げに見守っていたみつるの言葉に、三元ははっと息を呑んだ。

「お祓いや悪霊退散の祈願をするなら、どこがおすすめ」

「そりゃここいらでお祓いに悪霊退散なら、川崎大師に大山おおやま寒川さむかわ神社辺りが有名じゃないのか。それがどうしたってんだ」

「そのキーホルダーってどこで買ったの」

「これはもらいものだよ。くれた人は随分前に根の国の人(死者)になっちまった」

 三元が将棋の駒のようなキーホルダーを指さす。そこにはシャモの二の腕につけられていたような梵字ぼんじが彫られていた。


「そうそう、これは勢至菩薩せいしぼさつの字だって言われたよ。それにしたって、昨日のあんた方はずいぶん小難しい顔して『ゆんゆん』をめくっていたが、それと関係があるのかい」

「かもしれないけど」

 オカルト雑誌『ゆんゆん』の情報を元にしてシャモが動くとしたら――。

 脂肪たっぷりの三元の脳が緩慢かんまんに動く。


「分かんねえな。シャモは二の腕にばあちゃんのキーホルダーと同じようなシールを貼られて、それをとても気にしていたんだ。シャモが貼られたのは阿弥陀如来あみだにょらいの字なんだって。だからどこかに行っちゃったなら神社じゃなくて、お寺かな。シャモのお母さんが言うには、川崎大師とかお祓いとかわめいてたって」

「厄除けと悪霊退散で有名かつ、神奈川新香町かながわしんこちょう美濃屋みのやから行きやすい寺ってなると、確かに川崎大師かもしれないね。でもそんなに慌てふためいて護摩炊ごまだきに行くような事でもあったのかえ」

「何だか色々あるみたいだよ」

 お百度参り(藤崎しほり)の件を伏せるように三元は言葉を濁すと、落研用SNSを開いた。


〔シャモが失踪したらしい。お百度参りの方はどうなってる? えさの相方に聞いてみて。一緒に通学してるんだろ〕


 こちらは新子安しんこやす駅の下りホーム。エロカナこと江戸加奈えどかなの護衛を仰せつかった餌は、三元から受け取ったメッセージを加奈に見せた。

「うちら相方じゃねーし。マジ笑う」

「いや大切なのはそこじゃなく」

 小学三年生以来餌の人生に君臨する女王・エロカナこと江戸加奈。獅子舞の顔のように歯をむき出して笑う横で、餌はげんなりしながらスマホをしまう。

「かーくんが失踪って。しほりと駆け落ちしたか超おもれえし。って、えっ、リプ早っ! やっぱ変だって。しほりは既読スルーの常連だったのに。スタンプまで多用してキモイっ。こんなのしほりじゃねえよ」

「シャモさんの居場所を知っているかどうか聞いて下さいよ」

「それってかーくんがしほりと駆け落ちしてたら、本当の事言わないに決まってんじゃん」

 加奈は赤い電車に乗り込むと、小さな体を精一杯伸ばして吊革につかまりながらスマホを操作した。

「そもそも何でシャモさんを『かーくん』呼びするんですか」

「しほりがそう呼ぶからだよ」

「『かーくん』っ。似合わねえっ」

 声を忍ばせながら笑った餌は、加奈のスマホを覗き込む。

「あれ、しほり普通に学校着いたって言ってる。かーくんの事はマジで何も知らないかも。何か進展があったら連絡するわ。じゃな、くされパンダ(餌)」

 横浜駅の雑踏に紛れる加奈を置いて、赤い電車が動き出した。


※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。

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