第4話 史上最悪の魔王、不殺の誓いを立てる-③

「不殺の誓いだと、ばかばかしい。我らエルフは、そんなものは願い下げだ」

「!?何を言い出すんです、族長ッ」

 エルフの族長がした爆弾発言に、泡を喰って、止めに入る女大司教。


「言葉通り、魔王の宣言など拒否する、といっている」

 ターリに憎悪のこもった眼差しを向けつつ、族長は繰り返した。


「エルフの族長よ、俺は嘘はつかないと言ったが、前言を撤回することはある。エルフは例外にする、と言い直してもいいんだぞ。きみの一存で、一族の未来が大きく変わるんだ」

「我らエルフは貴様に復讐を誓った。心は一つだ」

「族長、やめるんです」

 必死の声で女大司教がいさめる。


「そなたらこそ、何を考えている。五〇〇年、コヤツが封印されるから、なんだというのだ。コヤツの罪は消えん。誰かが裁かねばならん。それを、お主らは、子孫に丸投げする気か」


 人間達は、はっと息を呑んだ。全員わかっていながら、意識の外に追い出し、口に出さなかったことだ。

 そう、ターリの宣言を甘んじて受けることは、結局のところ、先延ばしにすぎない。負の財産を精算しないまま、これからの世代に、残すことになると。


 だがーー


「もう、どうすることもできません。私たちでは、ターリに勝てません」

 気丈に振る舞い、涙だけは流さなかった女大司教の目から、涙が、しずくとなってこぼれ落ちる。

どれほどあがこうと、成し遂げることが不可能なことがある。

それを認めざるを得ないことが、彼女を失望の底に叩き落としたのだ。


「勝てなくとも、誇りを失うな。死ぬ間際に悔いを残る生き方を選んで、そんな人生に価値などあるか」

 族長の決意は、固かった。


「よくわかった」


 ターリの短い応答。その直後、

「ッ!」

 族長の腕と胴体に何重にも縄が巻き付き、一瞬のうちに上半身が動かぬよう拘束した。


「エルフは例外にする。刃向かえば殺す」

 一つの部族の未来が決まったかもしれない瞬間だった。


「エルフの族長よ、きみも生かしては帰せない」

「覚悟の上だ」

 迷いはない、といった目で彼は魔王を見返した。


「つれていけ」

 扉を開け乱入してきた、山羊頭の魔物達が族長の両脇を固めた。 


「手下にやらせる気か」

 族長が体をよじって少しだけ抵抗するそぶりを見せた。


「そうだが?」

「どうせなら、貴様の手に掛かって死にたい物だ。我が息子を殺した、お前の手で」

「断る」

「なぜ。お前なら造作もなかろう」

「まだ彼らとの話が済んでない。きみの血がついたテーブルでは、彼らが話しづらいだろう。目に入らないところで死んでくれ」

「貴様というヤツは。死にゆく者の願いも、そういって穢すのか。見下げ果てた男だ、……もういい」


 クルリときびすを返すと族長は今度こそ、なんの抵抗もなく、連れて行かれた。

 扉がしまった。 

 エルフの族長は、去った。


「さあ、他にいるか。例外になりたい者は」

 人類の代表者たちは、それを沈黙で答えた。

政治家として、なんとも歯切れの悪い返事だった。


「決まりだ。優秀な魔法使い達を探しておきなさい。封印する側にも一定の能力がある魔法使いが必要だからな。封印の場所・日時は追って連絡する。それまでは」


 ターリが扉に向かって合図すると、また、別の山羊頭の魔物達が、次々と箱を担いで入室してきた。


「勇者たち一行の弔いを上げるといい」

 運ばれた箱をよく見るとそれは棺だった。


「遺体を引き渡す」

 扉を開くと、勇者一行の遺体が納められていた。


「死に化粧や飾りなんてしてなかった。それをするのは、きみらの仕事だと思ってね」

 飾りこそされてないが、目を閉じられ、手を組んでいる。


「きみたちのやり方で、今夜はゆっくりと勇者たちを弔うといい。手下の魔族たちに命令を出して、しばらく休戦とさせよう」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る