史上最悪の魔王、不殺の誓いを立てる
厚川夢知
第1話「伝説の勇者一行、全滅する」
「この程度か」
煙をはらうと、絶望に目を曇らせた勇者ストラムの顔が見えた。
そんな彼を見据えながら、歩み寄る。トドメを刺すために。
彼の周りには、すでに息絶えた、仲間達が倒れている。戦士のランスター、重戦士のロフター、僧侶のアイン、武闘家のレント、弓使いのミリシア、魔法使いテロミア。
いずれも、勇者ストラム同様、戦ってきた者達の中でも最高クラスの敵だった。
「聖剣を引き抜いた勇者が現れたと聞いた時は、流石に冷や汗をながしたものだが」
笑みがこぼれたのは、勇者への嘲りではなく、安堵のためだ。
「傷一つ付かなかったな。先の一撃が君の全力と見て良いんだよな、勇者ストラム?」
「……化け物めッ」
荒い息とともに、言葉を吐き出すと、剣を握り直す、ストラム。
渾身の一撃をたったいま、放ったばかりの彼は、苦しい戦いの疲労や傷も相まって、今にも力尽きそうに見えた。
だが、それでも、勇者は立ち続けている。
「まだ戦う気か、さすがは真の勇者だ」
そこで足を止め、ストラムとしばらく相対した。ストラムはもう動くこともままならないと、判断しての小休止だった。俺の方は、少しも消耗していなかったから、これは休息のためではなく、考えをまとめるための、小休止。
「提案がある、勇者ストラム。大人しく殺されてくれないか」
「なんだと?」
「わかっているんだ。きみには切り札がまだあるのだろう?」
「……ッ!」
ストラムの動揺を見て確信する。
「その聖剣には、自らの命と引き換えに持ち主の力を無限に高める効果がある。君はそれを使う気だ」
「なぜそんなことまで知っている」
「実際にそれが使われるのを、見たことがあるからだ、およそ2500年前に」
正確には、2612年と8ヶ月14日前だが、そんなに細かい表現を使う必要はないと考えた。
「四大魔王の一人、アルテロスを葬った勇者バルテロンがそれを使ったのだ」
「アルテロスはこの剣で!?」
「伝説には、そこまで残っていなかっただろう。あの力は絶大なものだった。だが、ストラムよ、きみでは俺を倒せない」
「……アルテロスを倒した技が、貴様に通じないとでも?アルテロスはお前より強かったと訊いているぞ」
ストラムがまだ剣を力強く握っているのを見て、勇者が諦めていないのを知った。
こちらとの会話に応じるのも、時間を稼ぎ、少しでも体力を回復し、自滅の切り札にパワーを与えるためだろう。
だが焦らない。
それが無駄なことと知っているからだ。だから、ゆっくりとストラムの問いに答える。
「それは事実だが、関係ない。2500年も昔のことだ。俺も成長した。今の俺なら、かつての彼をしのぐ。それにね」
一度、言葉を切った。思わせぶりに。
「勇者がアルテロスを倒せたのは、それが不意打ちだったからだ」
「なんだとッ。嘘だ。伝説では」
「伝説では、正々堂々とした決闘の末、アルテロスと相打ちになったことになっているが、事実と違う。剣において無敵とされた、アルテロスに、バルテロンは勝てないと見た。アルテロスの手元に剣がないときに、彼を襲い、聖剣の究極奥義、〈自滅の一撃〉を持って倒した」
勇者ストラム顔からは、今度こそ、すべての希望が抜け落ちるのが見えた。当然だろう。
〈自滅の一撃〉は持ち主の『現在』の力を何倍にも高めるのだ。満身創痍のストラムの力と、魔王アルテロスと直接は戦わず万全の状態で技を繰り出したバルテロンの当時の力では、違いがありすぎる。
ついに、目の前に居る魔王が余裕でいる理由がのみ込めたらしい。
「なぜ、伝説と事実がそこまで違うんだッ」
「人間の心理、というヤツじゃないか、と俺は推測しているんだがね。魔族の俺より人間の君の方が、その点を理解できるんじゃないか。魔王を倒した伝説の英雄を、残された人々は美談をもって、飾りたかった。それなら、油断している相手を暗殺した、というより、正面から正々堂々と戦いを挑み倒した、とした方が、華がある。そんなところだろう」
勇者は耐えられぬ、とばかりに膝を折った。戦いの最中にもそんなことはなかったのに。
「皮肉なものだよ。君がこの事実を知っていれば、戦い方も変わっただろうに。そうすれば、もう少しまともに戦えたかもしれない。英雄の伝説がきみを殺したんだ」
勝利を確信した。
「なら、先の提案は何だ。もうひと思いに殺せば良かろう」
「そこだよ。きみは殺されるにしても、ただで死ぬ気はない。無駄を承知で俺に、最後の一撃を放つ気だろう?」
「当然だ。ただでは死なん」
「無抵抗で殺されてくれないか。無駄な一撃だが、万一ということもある。かすり傷でも、負わないで済むなら、それに越したことはない」
「断る」
剣を構え直すストラム。もう一刻の猶予もない。単刀直入に提案内容を述べることにする。
「諦めてくれるなら、キレイな状態で殺してあげよう」
「なんだと?」
「人間には埋葬という文化があるじゃないか。死者を生者が飾り立て、生前の思い出を語り合い、別れの挨拶をし、死後の幸福を祈る。その儀式には、できるだけキレイな遺体が必要だろう?」
「ッ、貴様!!」
「もし、きみがこの提案を受けるなら、無傷で殺してあげよう。だが、断るなら、どうなるか保証しない。俺の討伐命令を下した、王侯貴族たち、そして、君たちの勝利を信じる民衆の心を折るのに、きみたちの死体は、とても利用価値がある。殺してからゆっくり、処置を考えるとする」
きみ『たち』と、強調した。ストラムだけでない、勇者一行全員の死体が蹂躙されることを印象づける。
「まあ、顔の判別くらいは付くようにする。でないと、きみたちが、実はまだ生きている、なんて希望にすがる人間たちが出かねない。きちんと君たちの死を認識させる。彼らはどんな顔で君たちの死に顔をみるだろうね」
「……この悪魔め。穏やかな顔をして、なんてことを言いやがる」
「魔族なのだから、当然だろう」
先ほどから俺は淡々としゃべっていた。残酷な事実を告げるのに、残忍な表情は必要ない。もともと、人間をいたぶって楽しむ趣味はない。残忍さは、あくまで交渉を有利にするための脅し道具。もっとも効果的な脅しは、いかに相手が冷静で、本気で、話が通じない存在か、分からせることだ。
「ターリよ。その提案は成立しないぞ。俺が死んだら、お前が約束を守るか、誰が見届けると言うんだ」
「心配するな。俺は嘘だけはついたことがないんだ」
これは本当だ。
「まあ、信じなくてもいいが、答えを決めてもらおう。一〇秒、数える。この決断は、きみだけじゃない、仲間の死に様も決める、きちんとそれを考慮するんだよ。……いち」
一〇秒。そのわずかな間に決断しなければならない。ストラムは、血にまみれた仲間達の骸を見回した。
「二」
彼らの絆はよく知っていた。今日の決戦に備えて、配下の部下達を何度も勇者一行にぶつけ、観察したから。
「……四、……五」
彼の頭の中には、この俺の城にたどり着くまでの、仲間との冒険の日々がつぎつぎと、浮かんでは、消えているに、違いない。
「七……、八……」
ストラムの目に、一筋、涙が浮かび、こぼれ落ちた。
「九……」
俺は、彼がなんと答えるのか、見当が付いた。
「一〇秒だ。……答えを訊こう」
「断る」
訊いた刹那、魔法を発動させる。もう会話は不要だった。
ーー残す言葉はあるか?とか、
ーーならば死ね、とか、
そんな台詞は無駄だ。ストラムはここで死ぬ。死者や、死にゆく者のために、何かする習慣は、俺にはない。
風刀(ガルエストーク)
極めてシンプルな攻撃魔法。圧縮した空気を飛ばし、対象を切り裂く。
魔法でも、物理的にも防ぎづらい攻撃。これで終わりだ。
ストラムが剣を握る。
「うおおおおおおおおおお」
雄叫びを上げながら、最後のあがきを見せて、そして、ストラムは散った。
ーー暗く、苦しい時代が、終わりのみえない程、続くことがある。
すると、人々はよく、こんな言葉を口にする。
「最後は正義が勝つ」と。
自らを勇気づけるため、仲間を勇気づけるため。
正しい言葉だ。悪が永遠に栄えることはない。
だが……正義が勝つのは最後の話。
これは、『史上最悪の魔王』と呼ばれた、ターリが討伐されるまでの、永い永い、夜明け前の、物語ーー
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