第15話「ばあ、べ、きゅう?」

第十五話「ばあ、べ、きゅう?」


『技術で負けた……?』

 一同は、思わずゴウカイを見つめた。


「そうだ!アンタ方、腕相撲を単なる力任せの勝負だと思っちゃねえか?!!」

「違うんですか?」

「笑止千万!!腕相撲は、力比べに非ず!!深い思慮と技術が必要とされる、いわば戦闘力を測るリトマスペイパアァア!」

 ゴウカイは治ったばかりの手で、カルデラのようにへこんだ机をバンバンと叩いた。


「コベラ!気づかないか!俺の腕は、ねじれるように折れていただろう?!!これがどういう技か分かるか?」

「ねじれるように……」

 コベラは、自分の腕をクルクル回してみたり、右手と左手で一人腕相撲をしてみたりしながら、考えた。


「……ハッ!」

 にわかにコベラが立ち上がり、ゴウカイは豪快に笑った。


「気づいたか!」

「力点をズラしたんですね!」

「正解ッ!!!」

「え、ん?どういうことです?」

 ルーナが訊く。


「作用点をズラす、とは?」

「例えばですよ。」


 コベラは机に右肘をつき、同じようにして、その反対に左手を置いた。

一人腕相撲である。


「腕相撲って、こうやってお互いの手を押し合ってるだろ?」

 コベラが、両手を使って押し合う真似をする。


「で、どうして腕が動かないのかと言えば、力がつりあってるからだろ?お互いに一直線上の、同じ場所を押し合ってるから、動かないんだ。」


「そうだね」

 カガネが相槌を打つ。


「でももし、作用点をずらす……例えば、相手の手のひらの上半分だけに力を集中させたらどうなる?」

「なるほど。

相手の力と自分の力。

それらが作用する位置がズレて、回転運動が生まれる。

だから、ねじれるように折れ曲がる……ということか。」


「そういうこった」

 コベラが言い終わったとたん、大将はガハハハッ!と豪快に(笑)った。


「その通りだ!ようやったコベラ!」

「デへへ、ありがとうございます。

ゴウカイの大将!」

「しかしムサシさんは!!一体!!どこで!!腕相撲の極意を!!?」

 一同の視線が武蔵に集まる。


 武蔵は机の前に屹立していた。

その顔には、驚きと感心の入り混じったような表情が浮かんでいた。


「その腕相撲の極意、どこで会得した?」

 再び、ゴウカイが訊く。


「……そうじゃったのか。

作用点が変化して……。」


 武蔵は虚空を見つめたようにして、ボーっと何かを呟いていた

「ムサシさん!!!ムサシさん!!どこでその奥義を教わったのだ!!!?」

 ゴウカイが武蔵の体を揺する。


「……ぬッ? ああ、すまぬ。

なんせ、拙者自身、技をかけていたことを初めて知ったんじゃから。」


「ええ?!!!じゃあどして腕相撲の秘儀を!!?」

「何も、考えることはなかろう。

勘じゃ。」


 武蔵がそう言い放つなり、ゴウカイは目を見開いて、数歩後ろへ慄き退いた。


「無意識にあの技を……!!何ちゅうセンスだ!!!この男なら……ミヤモトムサシさんなら!!!ヤツを仕留められるかもッ!!」

 ゴウカイが、武蔵を見つめる。

そして、うおおおと雄叫びをあげながら突進してきた!

「このデカは俺達漁師の天敵!!だが、アンタならやれるかもしれねえ!!頼む!!『デカ』を仕留めてくれェエ!!」

「ウォニガ島へ案内してくれたらの」


 ♦


『宴だ~~~~~~!!!』

 船は明日、出港することとなった。


 ゴウカイの計らいで、"デカ"を仕留める記念の宴が開かれることとなり、村中から人々が集まった。


「さあ!!いっぱい食ってくれ!!」

 既に、夜の帳は下りきっている。

にもかかわらず、会場であるゴウカイ邸は煌々と明かりを灯し、村人達の喧噪が漲っている。


「まるで、祭りのようじゃの。」


 武蔵が、酒を片手に呟いた。


「ええ、ホント。

にぎやかですねえ。

アイン村を発つ前を、思い出します。」


 ルーナも、上気した面差しで言う。


「カガネはどうした?」

 武蔵が訊くと、ルーナは苦笑しながら答えた。


「ああ、ほら、あそこに。」


 ルーナが指さした方を見やると


『な~に持ってんの な~んでもってるの 飲み足りないからもってんの~』

 ゴクゴクゴク ギュ ジュボボ ボ ゴプッ!!

 観衆のコールに合わせて、カガネが鯨飲していた。


 観衆はひとつのつくえを取り囲むように並んでいて、机を挟んだカガネの向かいにはゴウカイが座っている。


「カガネさんよぉおおお、なかなか、ヒック、やるじゃねえの。」


 ゴウカイが、カガネに酌をする。


「ヒック!大将こそ、なかなかやるじゃないかあ!」

 どうやら、飲み比べ勝負らしい。


『はいイッキ!イッキ!イッキ!いっき!いっき!! はいよッ!』

 ゴクゴクゴク ビュルル!  ゴプッ!!

 村人たちの煽りに乗って、今度はゴウカイが酒を喉に流し込む。


「へへ、ヒック、、へへ」

「ム……」

 カガネはゴウカイの酒豪さに面食らっていた。


「どうしたカガネさん!もう終わりかあ?」

 ゴウカイが煽る。


「いや、まだまだ!」

 ゴクゴクゴク ドビュウウ! ゴプッ!!

 盃が空になった。


『うおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおお!!』

 観衆が沸く。


 が、カガネは盃を口につけたまま動かない。


「お、おい!カガネさん、大丈夫か?」

 村人の誰かが肩をゆすると、カガネはそのまま崩れ落ちた。


『カガネさん、ダウン!勝者はゴウカイの大将だあ!!』

「ガハハハッ!」


「しょうもないことをやっとるの。」


「あ、ロウガさん。

それに、メイちゃん!」

 武蔵とルーナの元に、ホウジョ―一家がやってきた。


「ルーナさん!こんばんは。

もちろんやってきましたよ!何を隠そう、メイちゃんはバーベキューが大好きなのですよ!」

「バーベキュー好きなんだね~。

エビ、ホタテ、マグロ、サザエ……シーフードが多いね。」


「ええ!海鮮バーベキューはアエガス村の伝統料理ですから!」

「ばあ、べ、きゅう?」

 武蔵が、メイに訊く。


「ばあべきゅうとはなんじゃ?ばあべきゅうとは。」


「バーベキューとは何か、ですか~。

そう聞かれるとなかなか難しいですね~。

例えるなら、みんなを食卓へ集めるお祖母ちゃんの手料理のようなものです。村人全員で団欒してまるで家族みたいに。

一説ではバーベキューのバーは、婆さんの婆だそうですよ!」



・・・つづく・・・

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