第10話 一目惚れ、大好き

 「私にとって隣に居てほしいお方は、貴方なんです」


 シエルは感情のままにリオンに言葉をぶつけた。

 シエルにとってリオンは旅の中で最も親身になってくれた人物であり、命の恩人であり、そして心奪われた人物でもあった。


 「やだなぁ。だってボクは女の子だよ?」

 「確かにはじめは貴方のことを男の方と勘違いしていました。でもあなたに対する私の気持ちは本物ですし、一度抱いた気持ちに嘘をつきたくありません」


 シエルは堰を切った水のように自身の胸中をリオンに語った。

 他人に対する警戒心が強いキツネ族にとってここまで心惹かれる存在は二つとない。

 目に涙を浮かべながらそう語るシエルの顔を見たリオンは茶化したりせず真剣に向き合わなければならないことを悟る。


 「単刀直入に言わせていただきます。私は貴方のことが大好きです」


 シエルは素直な想いを打ち明けた。

 これまでにもリオンに好意を寄せる女の子は数いたがここまでの熱意を向けられたのはリオンにとっても初めてであった。

 リオンは気まずそうに目を逸らしながら自分のもみあげを指で弄る。


 「その……ボクのどんなところを好きになったの?」

 「剣を握った時の凛々しさ、素性がわからない私にでも手を差し伸べてくれる優しさ、嘘をつかない実直さ、貴方から感じる魅力は他にもたくさんあります」


 リオンはシエルを通じて初めて他の女の子が自分のどこに魅力を感じているのかを知ることとなった。

 これまで知り得なかった他人から自分がどう見えているのかを理解し、リオンは途端に照れ臭くなる。


 「貴方はズルいです。こんなに魅力に溢れているのに、それをまったく自覚しないで思わせぶりなことばかり……」


 リオンは自分の魅力をまったく自覚せず、思わせぶりな振る舞いを繰り返して周囲を勘違いさせる常習犯である。

 これまでにも数多くの少女たちがリオンに振り回されており、シエルもまたその内の一人である。


 「今の私は貴方のことしか考えられません。貴方がいないと気がどうにかなってしまいそうです。だからお願いです、どうか『私の王子様』でいてくれませんか……?」


 シエルは目尻に涙を溜め込みながらリオンに懇願した。

 それは実質愛の告白にも等しいものであり、シエルがその意図を持って発言していることは流石のリオンでも理解できた。


 「ボクのことをそんなに好きでいてくれているのは嬉しいし、僕もキミのことは好きだけど……でもキミの気持ちに応えていいのかな?」


 リオンはシエルの好意を肯定しつつも困惑していた。

 というのも、リオンにとっての恋は男女が番になって成り立つものだったからである。

 リオンのことを男と勘違いしていたシエルと違い、リオンは初めから互いを女同士と認識していただけに尚更であった。

 それに加え、リオンもシエルに対して好意的ではあるがそれは恋愛的なものではない。


 「どうか、どうかお側に……」


 迷うリオンにシエルが懇願を強めた。

 自分を狂わせるほどの想いが断ち切られてしまう可能性が脳裏を過り、胸が締め付けられるように痛んで目尻に溜まった涙が一筋の線になって顎の下へと流れる。


 「キミはズルいよ。そんなふうに頼まれたら断れるわけないじゃないか」


 シエルの涙を見たリオンはとうとう断れなくなってしまった。

 リオンは懐から手拭いを出し、そっとシエルの顔に当てて涙を拭う。


 「泣かないでよ。キミのそんな顔は見たくない」

 「うぅ……やっぱり貴方というお方は……」


 どこまで行っても自然体な王子様ぶりを見せるリオンにシエルの情緒はぐちゃぐちゃにされていた。

 きっと他の女の子が相手でもリオンは同じ行動を取るのだろう。

 そう考えると彼女に心奪われたのが間違いだったのではないかとすら思えてならなかった。


 「キミは綺麗で可愛くてすごい魔術が使えるけど、地図がちゃんと読めないし、どこか抜けてて危なっかしくて、とても一人にさせられないよ」


 リオンはシエルに対する感情をぶつけ返した。

 彼女にとってシエルはこれまで出会ったことのない特別な要素を持った人物ではあるが挙動がとても危なっかしく、その姿はリオンの庇護欲を掻き立てる。

 自分が目付け役を務めなければ見ていられなかった。


 

 「ちゃんとキミの恋人になってあげることはできないけど、ボクの目が届く限りはキミの王子様でいてあげる」


 リオンはシエルの肩を抱き寄せながらシエルの耳元で静かに囁いた。

 こうして二人は少しすれ違いながらも互いの想いを受け止め認め合ったのであった。

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